2巻発売記念ss【ある物静かな侍女の願い】

 私はローズベリー家で働く、しがないメイドである。

 子爵家の令嬢だった時もあるけれど、子どもの頃に没落して私は伯爵家に売られたのだ。

 私を捨てた一族の名はとっくに捨てた。今はただのミラだ。



 同じ下級メイドのエマも同じような境遇らしいけど、伯爵家に限っては珍しいことじゃない。

 何しろ賃金は低いし、人手が足りないから仕事量も多い。極めつけに奥様とオリビア様のいびりが横行しているから、普通の人ならさっさと逃げている。


 ローズベリー伯爵家で働いているのは代々仕えている一族か、私のような訳ありばかりだ。

 もっとも、家の格が下がるからと身の上話をするのは禁じられている。あくまでも私が観察して、勝手にそう感じただけ。


 ……まあ、僻みでそう見えているだけなのかもしれない。

 没落貴族というのを知っている奥様は、明確に自分より下の存在だと進んで私をストレスのはけ口にした。

 伯爵家の財政はあまり良くない。いつかこの暮らしができなくなるのかも、という恐れがあるのだろう。だから、没落した私に目を付けた。私を踏みにじっている間は優越感に浸れるから。



「迷惑な話」

 


 生き残るためには、誇りを捨てなきゃいけない時もある。

 没落貴族で、伯爵家のメイドをクビにされた女が一人で生きるのは難しい。だから私はじっと絶えた。



 ――アマリアお嬢様に助けられた、その時まで。



 母親を見習って、オリビアはよく私をなじった。

 彼女の酷薄さは、ときに私を絶望へと追いやった。


 その日、奥様の機嫌が特に悪いことは覚えている。

 オリビア様が何かしでかしたそうで、支払った賠償金がかなりの額だったそうだ。憂さ晴らしの相手に選ばれてしまった私は、奥様の部屋で鞭打ちにひたすら耐えるしかなかった。


 痛みで意識が飛びかけた時、アマリア様が奥様の部屋にやってきた。

 何かの報告だったみたいだけど、私の姿を見た瞬間、血相を変えて間に割って入ったのだ。



(私より、六つも下の子供なのに……アマリア様だって、奥様にぶたれても可笑しくないのに)



 その優しさと勇気に、私は深く感動した。


 アマリア様は賢いお方だ。

 そして貴族らしくなく、誰にでも平等に優しさを示す。その優しさは、時に彼女自身を犠牲にすることも厭わない。


 そんなアマリア様だからこそ、私はもう一度頑張ろうと思えたのだ。

 彼女の傍で働けることは私にとって、新たな誇りである。



 アマリア様を見守り、支えること。それが今の私の役割だ。

 彼女の優しさが、この冷たい世界で損なわれないことを心から願っている。


 私は彼女の忠実な侍女として、共に歩むことを誓う。


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