4
例えばわざと暴発させてレイの手首を代償に命を助ける、わざと弾道をずらして脳を貫通しないように調節する、そもそも弾が出ないよう無言を貫くなど、生命に支障が出ない方法は取れた。俺はどれも選ばず、引き金を引かせた。弾は最短距離で生命を奪い、レイは痛みを感じるか感じないか、その狭間で息絶えただろう。体が力を失って揺らぎ、後ろ向きに倒れてゆく姿を、俺もまた横倒しになりながら見つめた。レイは泉の手前で倒れた。後頭部から緩やかに流れ出る血液は泉の水面を舞うように這った。静かに、音もなく溶けていく血液を、俺はずっと見つめた。
森は相変わらず深い。また、静寂が訪れた。レイに驚き去った小動物が戻ってきて、血液の混じった泉の水を飲んだ。レイのそばで駆け回り遊んだあと、森の奥へと消えていった。泉は森の生命そのものであるようだった。獣は定期的に訪れて、大小様々だった。草食も肉食も頭を垂れて、血液ごと水を飲んだ。喉が潤えばこちらを見もせず立ち去った。
俺もレイも動物達の目を引くことはなく、捨て置かれた。レイはそのうち緩やかに腐敗したが、骨は残った。どろりと溶けた肉や内臓は土に染み込み、森になった。動物達も滞りなく泉にやってきて、水を飲み、レイを分割して運び続けた。レイの気配が森中に満ちていた。俺は話し掛ける。レイ、今はどんな気分でいるんだ。或いは木々が、或いは動物が、或いは虫が、お前をどう残しているんだ。白骨は沈黙している。けれど俺のそばに生えた名も知らぬ雑草が、寄り添うように倒れてくる。アーレント。一緒にいてくれてありがとう。そう囁き、長い年月をかけてじわじわと、俺に巻きついて行く。それはレイに抱きしめられる心地と寸分違わなかった。レイは語る。静かで深い森の中に人間はおらず、獣達や虫達はそれぞれ規律を持って暮らしている。おれはそれを見ているよ。アーレント、お前の隣にいながらも、この森でおれはまだあるんだ。それ自体は嬉しいかどうかまだわからないけれど、アーレントがいるから、大丈夫だよ。
銃身を撫でる葉先は優しかった。おかえりレイ、これからもずっと、お前のそばに居続けるよ。動けないからじゃなくて、そうしたいから、するんだ。愛してるよ、俺の友達。俺の唯一無二の人。声をかけると木々が細やかに揺れた。はらはらと落ちてきた葉のひとつひとつが柔らかく俺の上に降り積もった。
銃であり鉄である俺はレイのように吸収されはしなかったが、溶けずに残ったお陰でようやく新しい生活を手に入れた。空を走る美しい緑の枝葉、その合間に浮かぶ青空にもう、戦闘機は飛んでいない。
俺はレイと終結を見守りながら、森の一番深い場所で旅をしている。
Black Forest Stranger 草森ゆき @kusakuitai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます