第247話 お嬢様の婚約者だというウソ情報を流しましたので
快適すぎる公爵家馬車の旅も終わり、サクラギ公爵家本邸に到着した。
公爵邸の正面玄関。
ゆったりと馬車が止まると、家宰のセバスチャンさんがキャビンの扉を開けて。
「使用人一同、首を長くしてお待ちしておりました。──おかえりなさいませ、辺境伯」
「いやいや!? そこは、まずは公爵からじゃないですか!? ぼく辺境伯ですよ!」
「いえ、間違いではございません。辺境伯がサクラギ家の御親族であられたという情報は現在、一族の皆々様を狂喜乱舞の渦に叩き込んでおります。ならばご帰還と申し上げてもなんら齟齬はございませぬ」
「ありますよ!? それにそもそも、挨拶とか偉い人から順番ですし!」
「これは異な事を。このキャビン内で最も重要な人物は、間違いなく辺境伯ですな」
「くっ……!」
いろいろツッコミを入れたいけれども、白髪オールバックのチョビ髭紳士に威風堂々と断言されると、ぼくみたいな若造では反論できない風格がある。
くそう。
言ってることは滅茶苦茶なハズなのにっ……!
こんなんでいいんですかお宅の家宰さん、と目線で公爵に訴えてみるも。
「いいから早く降りろ。お前が降りなければ話が進まん」
「キミ、諦めてくれ。これがいつものセバスチャンなんだ。むしろ主人だからなどという理由だけで父様を優先したら、ニセモノ疑惑が浮上していただろうな」
「えええ……」
意味は全然分からないけど、これもまた公爵家一流の客へのもてなしなのか……?
そう首を捻りつつ、馬車を降りるぼくなのだった。
****
もはや王族用かと見紛うばかりの豪華な客室に案内されて、ぼくがベッドクッションのフカフカ度合いを堪能していると。
メイドさんがやって来て、コーヒールームに連れて行かれた。
公爵家のコーヒールームは、そんじょそこらのコーヒールームとは格が違う。
なにしろ初代サクラギ公爵が愛した部屋を、金と権力に物を言わせて無理矢理移築し、現在まで完璧に維持しているとのこと。
こういう古い建物を新築同様に維持するのって、そうは見えなくても新しく建てるよりずっとお金がかかるんだよね。
サクラギ公爵領は豊穣な、雨の多い土地だからなおさら。
「──さて、全員集まったようだな」
ぼくが最後だったようで、席に座るなりユズリハさんが話し始めた。
集まったメンバーはぼくとユズリハさん、それに公爵と家宰さんの合計四人。
「ユズリハさん、なにか問題が?」
「そうじゃない。明日以降の予定について、打ち合わせをしたいと思ってな」
「それならスズハたちも呼んできましょうか?」
そう聞くと、ユズリハさんがあっさり否定して。
「その必要ないさ。というかスズハくんたちは、好きに過ごしてもらって構わないんだ。連日連夜開催されるパーティーに出席して好きなだけ食べたければそれでもいいし、逆に部屋でぐーすか寝ていてもいい。キミの妹君や伝説のエルフを、一目見たいという連中も多いだろうが、その辺りはどうにでもなる」
「ははあ」
となればぼくは部屋に引きこもっていられそうだ、と内心ホッとしていると。
「だがキミのスケジュールはパンパンに詰まっている」
「なぜですッッ!?」
「……いや、どうしてその流れで、自分もヒマだと思ったんだ……?」
なぜか呆れ顔のユズリハさんに変わって、家宰さんが予定表を読み上げる。
「まずは三日後ですが──辺境伯には、168名と決闘していただきます」
「はあっ!?」
なにそれ怖い。
どうして突然、百人を優に超える相手と殺し合いをしなくちゃならんのか。
「意味がさっぱり分からないんですが……?」
「そちらの理由は簡潔かつ明瞭です」
「というと?」
「今までのアピールの有無にかかわらず、お嬢様を嫁にしたいと恋い焦がれていた若者が一族中にそれだけいたということですな」
「いや、ユズリハさんが人気なのは当然ですけど、それとこれと何の関係が……?」
ぼくが眉間に皺を寄せていると、家宰さんがコホンと咳払いして一言。
「わたくしめが一族中に、辺境伯がお嬢様の婚約者だというウソ情報を流しましたので」
「なんてことしてくれたんですか!?」
それじゃぼくが恨まれるのも当然である。
なにしろ、ぽっと出の平民辺境伯が一族中みんなに愛されるヒロインを奪っていったも同然なのだから。
この爆弾発言はユズリハさんも知らなかったようで、暫くの間呆然としていたけれど。
やがて正気を取り戻して、凄い勢いで家宰さんを怒鳴りつけた。
「セバスチャン! ──お前、なんて素晴らしいことをしてくれたんだっ!!」
「いやいやいや!? 言葉選び間違ってますよユズリハさん!?」
「むっ……セバスチャン、お前はなんて困ったことをしたんだ! 許さん!」
「大変申し訳ございません。ですがお嬢様、これも理由あってのこと」
「よし許す!」
「許すのが早すぎませんかねえ!?」
──それから家宰さんの説明によると。
サクラギ家十四代当主の隠し子として一族の地位を無理矢理でっち上げたぼくだけど、一部には本物かと訝しむ声もあるそうだ。
家系図は捏造だから、まさしくビンゴなんだけど。
そんな疑惑の声が大きくなることを懸念した家宰さんは、こう考えた。
木を隠すなら森の中。
ウソを隠すなら、より大きなウソをぶっつけて、小さなウソを見えなくすればいい。
つまりどうするか。
サクラギ家に舞い降りた大天使ことユズリハさんが、ぼくと婚約したというウソ情報を流せばいい……ってコト!?
「──現在、サクラギ一族の青年たちは阿鼻叫喚の地獄絵図と化しております。なにしろお嬢様に懸想しておらぬ者など、ただの一人もおりませんからな」
「その結果ぼくが、もの凄い数の決闘を申し込まれてるんですが!?」
「決闘は貴族の嗜みとも申します。ご挨拶のようなものと受け止めていただきたく」
「そんな命懸けの挨拶なんて受けたくなかった!」
どうやって逃げ出せばいいんだと頭を抱えていると。
それまで黙っていた公爵が、やれやれという表情で口を開いた。
「相変わらず、お前はちと考えすぎだ」
「そうですかねえ!?」
「そうたいしたことではない。貴族の若造などという連中は大抵プライドが高い、だから何かを諦めるときにはケジメを欲しがるのだ。今回はそれが決闘だったにすぎん」
「でも命懸けですよね!?」
「だからそれを考えすぎというのだ。必要なのは形式、ならば勝敗がつけばそれでいい。いわば決闘とは名ばかり、訓練試合と変わらん……少なくともお前にとってはな……」
「な、なるほど……!」
最後の方は小声でよく聞こえなかったけれど。
とりあえず、決闘が訓練みたいなものだということは分かった。
「でも168人というのは、さすがに多すぎるような……」
「ならば現当主のワシの権限で、連中を一纏めにしてやろう」
「へっ?」
「みなで一斉に戦わせれば、お前の手間もはぶけるだろう?」
「たしかに……!」
上手くいけば、五人とか十人くらいと戦えばそれで済むんじゃなかろうか。
そういうのって、強い人間が集中砲火を浴びるのがセオリーだからね。
そうして残った疲労困憊の相手と、ちまちま戦えばそれでよし。
完璧な作戦じゃなかろーか。
「それなら三日後は、ギリギリ何とかなりそうですね!」
ぼくの言葉に、家宰さんが穏やかな笑みで頷くと。
「ちなみにその後は、連日パーティーが詰まっておりますので必ずご出席ください」
「どうして!?」
ぼくもスズハやうにゅ子のように、自由出席にしていただきたいと主張したものの。
「駄目に決まっとるだろう」
「ぎゃふん」
公爵の一言で、あっさり却下されたのだった。
妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。 ラマンおいどん @laman_oidon
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