第246話 生まれ変わりがキミであるという設定

 謎すぎる家系図捏造問題はさておき。

 翌日、ぼくらは再びサクラギ家の馬車に揺られて出発した。


 今回の旅のメンバーは、ユズリハさんは当然としてスズハにカナデ、そしてうにゅ子。

 最近よく一緒だったツバキは一緒じゃない。まあ秘祭だしね。

 そこまではいいとして。


「お前とこうして一緒に旅をするのは初めてだな」

「は、はい……」


 ぼくの正面で大貴族オーラを放ちまくっているのは、サクラギ家当主のアーサーさん。

 考えてみれば当然で。

 いまや影の宰相とまで呼ばれ、女王以外で国内貴族ぶっちぎり首位のサクラギ公爵は、当然ながらギリギリまで新王城で仕事をこなし。

 その結果、ユズリハさんと同じ日程で帰郷することになったわけだ。


 いやでもほんと威圧感が凄い。

 初対面の頃より少しは慣れたと思うけれど、ここは馬車の中。

 つまりは狭い密閉空間なわけで、ぼくの正面にはサクラギ公爵が鎮座している。

 これはもう、一日中威圧され続けているのと変わらないのでは……?


「そう言えば、お前にはキチンと礼を言っていなかったな」

「……えっと、なんのことでしょう?」

「お前がユズリハの成人の儀式に参加することの礼だ」

「いえ、とんでもない」


 なにしろユズリハさんには、いつもお世話になってるし。

 ……いや、本当にいつもいつもお世話になってるよね?

 ていうかユズリハさん、本当にぼくの城にずっと入り浸ってるよね?

 ユズリハさん公爵家次期当主なんだよね?

 いちおうぼくって、年頃の異性なんだけど?

 妙な噂とか大丈夫?


 それでいいのかユズリハさん、なんて思うことはたまにあるんだけど、さすがにぼくが口を出せることでもないので黙っている。

 なぜか公爵も公認しているみたいだし。


「ぼくの方こそ、ユズリハさんの成人を間近で祝福できることに大変感謝していますよ。……でも良かったんですか?」

「なにがだ?」

「ぼくはまだしも、スズハたちも一緒に連れてきていただいて……」


 さすがにみんな一緒だと公爵を乗せる馬車としては手狭になる。

 そのためこの馬車にはぼくと公爵、ユズリハさんの三人が割り当てられ、スズハたちは別の馬車が割り当てられていた。

 今ごろみんな、公爵家の美味しいお菓子でも食い散らかしていることだろう。多分。


 ぼくの疑問に答えたのはユズリハさんだった。


「まったく何も問題ないぞ、キミ」

「そうなんですか?」

「考えてもみろ。まずスズハくんはキミの妹なわけで、つまりキミがサクラギ一族ならばスズハくんもサクラギ家の人間だ。ここまではいいな?」

「はい」


 まあぼくはサクラギ一族じゃないんだけどね。捏造された身分なので。


「カナデはキミのメイドだ。儀式本番には参加させずとも、メイドを連れてくるなという貴族などいないよ」

「なるほどです。するとうにゅ子も?」

「まあ、うにゅ子もメイド見習いと言えなくもないが、それ以前にハイエルフだからな。うにゅ子が崇めたてまつられることはあっても、邪険にされるなど考えられん」

「へええ」


 さすがは生まれながらの特権階級種族、エルフ族。

 その威光には、頭の硬い貴族たちですら平伏するらしい。


「──とまあ、そんなことはさておきだ」


 ユズリハさんが取り出したのは、ぼくのニセ家系図が書かれた例の本。


「この道中では、キミに少々勉強をしてもらう」

「……はい?」

「キミもサクラギ公爵家の一族になったわけだし、サクラギ家の歴史を何も知らないでは困るだろう。なので少なくとも、キミのご先祖様の有名どころだけでも学んでおこうか。心配するな、時間はサクラギ領につくまでたっぷりある」

「それってウソのご先祖様ですよねえ!?」

「貴族のことわざで『ウソも権力さえあれば真実になる』というのがあってだな」

「最悪だ!?」

「つまりサクラギ本家が捏造し、女王のトーコが黙認したこの家系図は、パリンパリンの真実とゆうわけだから安心するといい」

「安心できる要素がどこにも存在しない!?」


 というわけで。

 ぼくは思いもよらず、サクラギ家の歴史を学ぶことになったのだった。


 ****


 サクラギ家歴代当主で有名な人物は初代を除くと、天下の大泥棒の異名を持つ三代目、暴れん坊公爵と呼ばれた八代目、そして十四代目。

 とくに十四代目は騎士団長として戦場を駆け回り連戦連勝、ほとんど滅亡寸前だったドロッセルマイエル王国を完全に立て直した傑物で、剣豪、剣聖、剣帝、最強の剣などの異名をほしいままとし、公爵家のみならず王国の中興の祖とも呼ばれた。

 その剣は華麗にして苛烈、どんな敵も剣筋に見惚れるうちに死ぬというエピソードまで残っているほど。


 しかしこの十四代目、実績の偉大さに反比例して素性があまりに謎に包まれていて。

 なにしろ肖像画が一枚も現存せず、それどころか正確な本名すら不明なのだ。


 ──その理由は諸説紛々だが、一つ有名な仮説がある。

 それは十四代目の正体が、エルフ最後の生き残りだ、というもの。

 もっと言えば、初代公爵と結婚したエルフが産んだ最後の娘というものだ。

 そしてその事実を隠すために、肖像画も名前も残っていないのだと。

 十四代目が生涯独身で子供を設けず、十七代目が十五代目の腹違いの息子だったのも、そのためではないのかと。


 この仮説、サクラギ一族外では与太話の域を出ない。

 なにしろ証拠がまるでないから当然である。

 けれど、サクラギ一族では絶大な人気を誇っていた。もはや定説だと言っていい。

 その理由としては、自分とこのご先祖様が最後のエルフザ・ラストエルフだなんて格好良すぎる、という身も蓋もない理由以外もいちおう存在して。

 十四代目の容姿に触れた証言に、こんなものが残っているのだ。


 何年経とうが、まるで時が止まったかのように、十四代目は若々しいままで。

 その剣筋と同じように、可憐な少女のようであったと──


 ****


「──というわけで、わたしとしては十四代目の生まれ変わりがキミであるという設定で行こうと思っているんだがどうだろう!」

「いやいやいや!? だってその説だとエルフでしかも女性ですよね!? ぼくは人間の男でまるきり正反対じゃないですか!」

「大丈夫だ! 頑張ればいける! なんならキミとうにゅ子が魂の双子ということにして誤魔化してもいいし!」

「誤魔化されるわけありませんよねえ!?」

「いやイケる! きっとイケる! なんならイタコみたいな口パクでもよし!」

「今すぐ全世界のイタコさんに謝ってください!」


 ちなみにイタコとは東の異大陸にいると噂の、死者の霊を呼び出す巫女さんである。


 ──その後、激しい攻防が繰り広げられた結果。

 ぼくが裏声でエルフ少女の声真似をする痴態は、ギリギリ回避されたのだった。

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