花火大会
采目慶
花火大会
「今年の花火大会いこうよ」
もうすぐ夏休みになろうとするときに彼女がいった。
「ねえ、私、すごくかわいい浴衣着ていくから一緒にいこうよ」
彼女は嬉しそうに俺に言った。
「ああ、いいよ。俺もすげえ楽しみ」
本当に楽しみだった。
いつもは制服しか見せない彼女はどんなおしゃれをして俺の前に現れるのかと、想像するだけで胸が踊るような気分になった。
「うん」
その笑顔が本当に好きだった。
その笑顔をずっと見ていたかったんだ。
……それが今。
俺のとなりで泣いている。
ついさっき、花火大会の1時間前。
待ちあわせした駅前から会場の公園に向かう俺たちを待っていたのは、パトカーに追いかけられて暴走していたトラックだった。
目の前が真っ白になって。
とっさに彼女を抱きしめて。
気がついたときには、暗い空の真ん中に、俺と彼女だけが浮かんでいた。
「私たち、死んじゃったの?」
泣きながら、彼女が聞いてくる。
遥か下の方、街の明かりの中ほどを、点滅する赤い光が走っていくのが見えた。
多分、あれが俺たちの体を載せた救急車なんだろう。
病院に運ばれているんだろうけど、俺たちがここにいる以上、死んでいることに変わりはなさそうだ。
泣きたい気持ちもあるけれど、こうなってしまうと諦めの気持ちのほうが強い。
「多分……そうなんだろうな」
それよりも、隣で泣いている彼女のほうが心配だった。
でも、どうやって彼女をなぐさめればいいんだ。
真下に広がっている花火大会会場の公園は、そこだけ街の明かりが無くて真っ暗で、まるで地上にぽっかり開いた大きな穴のように見えた。
まわりがキラキラしている分、その穴は暗くて、深くて、吸い込まれそうで。
俺は思わず彼女の手を握っていた。
「どうしたの……?」
彼女が、涙でくしゃくしゃになった顔をあげて俺を見る。
違う、俺が見たいのは。
「大丈夫、俺も一緒だよ。絶対離さないから、大丈夫」
彼女が繋いだ手に目を落とした、その時。
ドン。
低い音とともに下から明るい光が差す。
真下の会場から打ち上がった花火が、暗い大穴を覆うかのように、明るく色とりどりに広がっていた。
ドン、ドン。
次々に咲き誇る花火たち。
そして、その周りをフレームみたいに囲んで彩る、街灯や建物たちのカラフルな光。
「キレイ……」
彼女がつぶやく。
俺も、その鮮やかな光景に見入っていた。
今置かれている状況なんか忘れてしまうような、これまでみたことのない、不思議な眺めだった。
「本当にキレイだね」
それしか言葉にならなかった。
「すごいね」
彼女も、気の利いた言葉や泣くことを忘れて、ただただ光が織りなす景色を見つめている。
赤。白。青。黄色に緑。
夜景を形作る光の粒と、広がる花火の光の粒が、ときどき重なって混じり合い、キラキラまたたく別の光になる。
不意に手を引かれて、体がふわっと横に浮いた。
肩と肩がぶつかって、いたずらそうに笑う顔が目の前に現れる。
「この景色を見てるの、私たちだけなんだね」
いつもの顔が戻ってきた彼女を、さらにぐっと引き寄せる。
「うん、特等席だね」
顔をくっつけて笑い合う。
ふと、彼女の顔がさっきよりも透明になっていることに気がついた。
自分の手を見ると、確かにさっきよりも少しずつ色が薄くなってきている。
彼女も、それに気がついたらしい。
「ひょっとして、もう行かなきゃいけない時間なのかな」
不安げに彼女が言う。
「そうかもしれない、でも」
言いながら、彼女の手を強く握る。
「せっかくだから、最後のギリギリまで一緒に見ていこうよ」
今できる精一杯の笑顔で、彼女をはげましてみた。
彼女は、少し驚いた顔をしたあとに、
「うん」
と、うれしそうに頷いて、俺の手を握り返してくれた。
その顔をまた見ることができて、俺も自然と笑顔になる。
「また打ち上がるよ」
彼女が、下を見ながら俺をうながす。
「わかってるよ」
応えながら、俺はまだ横を見ていた。
だって、俺が花火大会に来たのは。
「うわぁ」
スターマインの上下の光が重なってきらめくのを見て、彼女が歓声をあげる。
その、彼女の笑顔を見るためだったんだから。
「花火って、真上から見るとこんなにもキレイなんだね」
こちらに向けてくる満面の笑顔。
少し目の端に涙が残ってるけど、それも含めて最高の笑顔。
これがいいんだ。
このままが、いいんだ。
このままの時間が、ずっと続けばいいのに。
花火がドン、と打ち上がる。
街の明かりに囲まれて、キラキラ輝き消えていく。
彼女の笑顔も輝いて、そして一緒にきえてった。
花火大会 采目慶 @sainomekei
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