満月の晩に攫いに来たのは、骨頭の空賊でした。
石動なつめ
満月の晩に攫いに来たのは、骨頭の空賊でした。
あれは綺麗な満月の夜のことだった。
とある貴族の末の娘アリア・メルクーアは、十六歳の誕生日に骨頭の空賊に出会った。
鹿なのか牛なのか分からないが、骨の頭に角が生えた空賊だ。
確かそういう頭をした種族がこの世界のどこかにいると、アリアは昔、本で読んだことがあった。もっとも実際に見たのは初めてだが。
「ごきげんよう、
ジュエルと名乗った骨頭の空賊は、屋敷の三階にあるアリアの部屋の窓から入ってくると、手を差し出してそう言った。
アリアは目を瞬いた。何だか物語のような出来事だったからだ。
小さな頃から本が好きで、父の書斎に忍び込んでは色んな本を読んだ。ジャンルは様々、内容の難しさも様々。読むのが大変な本もあったけれど、それでもアリアは楽しかった。
その中で、とりわけ大好きだったのが物語の本だ。
竜退治に出かける女の子の話、悪者をやっつける王子様の話。どれもアリアをワクワクさせてくれた。
ならば、今のこの状況はどうか。まさにそんな物語の中のようではないか。
アリアは何だか興奮してきて、両手を合わせる。
「かしこまりましたわ!」
そして満面の笑顔で、二つ返事でそう答えた。
すると目を丸くした――骨の顔が動くというのは不思議な感覚だが――のがジュエルだ。
「そのような笑顔で承諾されると、少々困ってしまうのだが」
「お付き合いをと仰ったのはあなたですわ」
「確かに言ったがね……。ううむ、私が言うのも何だが、キミはもう少し、警戒心を持った方が良い」
真面目な声でそう言われ、アリアは頬に手を当てる。
「あら。だって、おかしなことをしようとするなら、前もって声なんてかけないでしょう?」
そう言うとジュエルは本当に困った様子で、
「キミがどういう教育を受けているのか心配になって来たよ」
と言った。
初対面の、恐らく悪党であろうジュエルにそんな心配をされて、アリアはおかしくなって笑う。
「もちろん、受けておりますわ! ……でも、しばらく前に家庭教師の先生もお辞めになってしまいましたけれど」
「それは……その、言い難いが、家族から法に触れるようなことをされているのかね?」
「いいえ、違いますわ! わたくしの家、今はとても貧乏なので。家庭教師の先生に払うお金が厳しくなってしまったんですの」
アリアがそう答えると、ジュエルはぎょっとして、
「貴族がかね!?」
「実は兄弟が色々とやらかしてしまいまして……」
「色々?」
「人様の婚約者に横恋慕して、法に触れることをして。その結果、結構な額の賠償金を支払うことになってしまったんですの」
「うわぁ」
今まで紳士然としていたジュエルだったが、アリアの言葉に呆れた様子でそう呟いた。
実際に彼の反応はアリアにとっては見慣れた反応だった。兄弟の起こした騒動を見ていた第三者の反応が、それだった。
「それで貧乏に、か」
「ええ。だからこの屋敷も来月には売りに出されますし、わたくしも嫁ぎ先が決まっておりますの」
「…………え?」
ジュエルは心底驚いたようにそう声を漏らした。
驚かれることだろうか。だってアリアも十六歳だ、この国の法律では、もう婚姻が可能な歳である。まぁあくまで法的に可能なだけであって、大体は二十歳前後で結婚する男女が多いのだが。
アリアの場合は賠償金を支払うために作った借金の関係だ。借金のカタに、とは言葉が悪いが、借金の肩代わりを申し出てくれた相手が、条件としてアリアを娶りたいと言ったのである。
歳はアリアより九つ上だ。面識だってない。なのに何故かと調べたら、どうも『かわいそうなアリアに手を差し伸べることで、周囲に好印象を与えたい』という理由らしい。
「もっとも、借金を返せなければ、ですけれどね。でも、金額が金額ですので、無理だと思いますし」
「…………そう、か」
「あ、でも、ええ! 返済期日は来月なんですの。売りに出されるまではこの屋敷にいて良いと言われておりますし。なら最後の一カ月だけ、ほんの少しだけ、やりたいことをやっておきたいんですの」
「やりたいこと? 私はキミを攫いに来たのだが」
「……実はですね、ジュエル様」
アリアは人差し指を立てて、内緒話をするように声を潜め、
「わたくし、こういうシチュエーションに、ちょっと憧れておりましたの!」
なんて言った。するとジュエルはぽかんとした後で、
「……ふ、はははは! そうか! それは良い! では、
笑ってアリアの手を握ると、そのままふわりと抱き上げて、外へ飛び出した。
◇
ジュエルの言う空の旅――――飛空艇ヒンメル号はとても快適だった。
家に今回の件と、一か月後には必ず戻ると約束する手紙を書いたあと、アリアはジュエルに案内されてヒンメル号を見て回った。
洒落た内装に、美味しいご飯。何よりも窓から見えるどこまでも続く空が、アリアの胸を躍らせる。
こんなに綺麗で広い世界があったなんて。アリアは嬉しくて、新しい発見がある度にジュエルに報告していた。
ジュエルもやたらと元気なアリアに最初は少し戸惑っているようだったが、直ぐに慣れたらしく。
話を聞きながら「そうかね。ところでお茶はいかがかな?」など、自然な流れでティータイムに誘うようになっていた。
今日もまた甘いミルクティーを飲みながら、アリアはジュエルとお茶をしている。
(……そう言えば。どうしてジュエル様はわたくしを攫ったのかしら?)
あいにくとメルクーア家には、盗みたくなるような家宝や高価な調度品は置いていない。
兄弟が色々とやらかした末に貧乏にはなったが、それ以前に突出するものは特にないのだ。
あるとしたら金銭、つまり身代金目的だろうが――――どのみち出会った時に借金があるとは話している。連れて来て貰ったのはアリアの希望だが、どう考えてもアリアを攫ったところでジュエルにメリットはない。むしろただの不良債権である。
そう考えたら少し心配になって、
「あの、ジュエル様はどうして、わたくしを攫いに来たんですの?」
と、思ったことをそのまま聞いてみた。
するとジュエルは持っていたティーカップを一度テーブルに置く。
「実は……」
「はい」
「街に降りた時だね。たまたま占いなんてものをやっている女性がいて」
「占い」
「まぁたまには良いだろうと占って貰ったら、攫った相手と恋に落ちる予感、などという結果がだね」
「…………」
思った以上にどうしようもない理由だった。とんでもない変質者である。
あんまりな理由過ぎてアリアは絶句した後で、だんだんおかしくなってきて。くすくすと、声を出して笑う。ジュエルもつられて笑いだす。
「フフ。おかしいだろう? ドラマチックな理由でなくて申し訳ないね」
「いいえ、うふふ。でも、そんな理由で恋には落ちませんわ」
「だろう? 一応やってみたが、断ると思ったのに、キミときたら」
ジュエルは大げさに肩をすくめて見せるジュエル。アリアは「だって」と少し口を尖らせた。
「だって、憧れのシチュエーションだったんですもの。……でも、恋には落ちていませんけれど、その相手に、わたくしを選んで下さったなら光栄ですわ」
「たまたま開いた窓から、空を見上げたキミが見えたものでね。月の妖精かと思ったよ」
「まぁお上手!」
アリアの容姿は平凡寄りだし、愛嬌があるとは言われたことはあるが、美女だ何だと評価されたことはない。
まして月の妖精だなんて洒落た誉め言葉を貰えるとは思わなかった。
お世辞だろうということはアリアも分かるが、嬉しい言葉は素直に受け取っておくものだ。
「それを言うなら、ジュエル様だってそうですわ」
「私が何だって?」
「背中に満月を背負っていらっしゃったでしょう? まるで物語にいるような、素敵な怪盗さんみたいでしたわ!」
「……何だって?」
一度目とは違うニュアンスで、ジュエルはそう言った。
何だかとても驚いた声色だ。何か変なことを言ってしまっただろうか。
そう思っているとジュエルは、
「私が素敵……?」
と信じられないと言った様子で呟いた。
「こんな顔をしている私が素敵とは、キミはずいぶん、その、変わった趣味をしている」
「あら」
そんな事か、とアリアは笑う。
「ジュエル様は、ご自分の容姿を少々、過小評価していると思いますわ」
「私は骨の頭をしているが」
「生き物だって骨に肉が張り付いているだけじゃありませんか。とても凛々しい骨格だと思いますわよ?」
「…………キミは」
そこまで言って、ジュエルは片手で顔を覆う。
それからくつくつ笑い出し、
「…………本当に、変わっている」
なんて、先ほどよりも柔らかい声で、ジュエルはそう言った。
◇
「ところで
アリアがヒンメル号にやって来て二週間が過ぎた頃。ジュエルがそんなことを聞いて来た。
まぁ予定なんてない。ほぼ毎日思いついた事をしているだけだ。
たまにあっても、ヒンメル号の人達に誘われて古い遺跡を冒険したり、ジュエルと街に下りて――ちょっと表を歩けない人達がうろつく場所で――買い物をしたりとそのくらいだ。
「いいえ、ありませんわ」
アリアがそう答えると、ジュエルは「良かった」と言う。
何が良かったのだろうか。アリアが首を傾げていると、
「では、私と少々、デートでも如何です?」
なんて言い出した。ジュエルにしては珍しく、声は幾分、緊張しているようだ。
それにしても、デート。彼は今、デートと言っただろうか。アリアは目を瞬く。
それからパッと笑って手を合わせ、
「行きたいです!」
と即答した。するとジュエルはホッとしたように笑う。
骨の顔が動くなんて、この二週間でもうすっかり慣れたが、その顔は笑うと少し優しく見える。
「でも、急にどうしたんですの?」
「ああ、いや、その。……実は、占いが、だね」
「占い」
「ああ。……その、デートに誘うと、私の大事な人に良いことがあると、聞いてね」
ごにょごにょと、ジュエルはそんなことを言う。
なるほど、とアリアは思った。占いは、あくまで占いだ。だけど良い結果を伝えられれば、やってみたくなるのも頷ける。
でも少しだけ、大事な人がいるジュエルが、ジュエルに大事に想われている人が、羨ましいなぁとアリアは思った。
「うふふ! それは素敵ですわね! ええ、わたくし、ぜひデートしたいですわ!」
「そ、そうか!」
アリアが快諾するとジュエルは嬉しそうな声を出す。
だが。
「ジュエル様の大事な人のためですもの!」
とアリアが答えると、とたんにジュエルは黙ってしまった。
あれ、とアリアは思う。何か変なことを言ってしまっただろうか。
「あ、あの、ジュエル様? どうなさいましたの?」
「ああ、いや……うん。少々、言葉が足りなかったのに今気が付いただけだよ」
明らかにガッカリした様子で、ジュエルは肩を落としてそう言う。
どうしよう、何だかとても落ち込ませてしまった気がする。
あわあわとアリアが焦っているとジュエルは、
「まぁ、まだこれからだ」
などと気を取り直した様子で言った。
「では、準備ができ次第、行こうか、
いつぞやと同じように手を差し出され、アリアはにこりと笑った。
そうしてジュエルがデートに誘ってくれた場所は、金色の花が咲く花畑だった。
夕焼けに、花弁が照らされてきらきらと輝いている。
「わあ! 綺麗……!」
ジュエルにエスコートされ、足を踏みいれたとたんに見えた光景に、アリアは目を輝かせた。
まるで花畑が光に満ちているみたい。
「ジュエル様! ジュエル様! すごいですわ!」
「ああ……フフ。気に入って貰えて良かったよ」
喜ぶアリアを見て、ジュエルは楽しそうに笑う。
「この花は月の調べという花だ。月の色に似ているから、その名がついたそうだよ。この花が放つ光には妖精の力が宿っていて、ごく稀にとても美しい宝石を生み出すと言われている」
珍しいだろう、と自慢げなジュエルにアリアは微笑む。
「月の調べ……うふふ。本当に音楽が聞こえてきそうな、ロマンチックなお名前ですわね」
アリアがそう言うと、ジュエルは「ふむ」と呟いた。
「音楽か」
「ええ。だって、ほら。月の調べ、でしょう?」
「そうだな。フフ……キミのその考え方がロマンチックだと私は思うよ」
ジュエルは慈しむような眼差しを向ける。
それから「コホン」と咳を一つ。
そしてアリアに向かって恭しく手を差し出して、
「では私めと、一曲、踊って頂けますか?」
音楽はないけれどね、とジュエルは片目を瞑って言う。
おどけた調子の彼の言葉にアリアは小さく噴き出すと、
「ええ、喜んで!」
とその手を取った。
そのままアリアはジュエルにリードされる形で踊り出す。
ダンス自体は習っていたからアリアも一通りは踊れる。
ジュエルもまた上手だった。習ったのか、それとも経験だろうか。経緯や理由はともかくとして、とても踊りやすく感じた。
月の調べが、風に揺れている。
この場に音楽はない。けれど、まるで音楽が聞こえているかのように。
光に包まれた花畑で、陽が落ちるまで二人はお互いに微笑み合いながら、ダンスを踊っていた。
◇
楽しい時間はあっという間に過ぎた。そろそろ約束の一カ月だ。
あの時と同じ綺麗な月が空に輝いている。
アリアはヒンメル号の甲板で、それを見上げていた。
(……本当に、楽しい時間だった)
難しいことも、周囲のことも考えず、ただあるがままを過ごすだけの時間。
貴族として生きていた間、こんなに長い時間ずっと、そう過ごせたことはなかった。
その時間を与えてくれたジュエルにも、一緒に過ごしてくれたヒンメル号の人達にも、感謝の気持ちしかない。
家に帰ったらアリアはメルクーア家の貴族に戻る。
借金の肩代わりをしてくれると申し出てくれた相手に嫁ぐことになる。
それ自体に不満はない。相手にどんな思惑があるにせよ、家を、家族を助けてくれるとその人は言ってくれたのだ。
例えアリアのことを好きでなくとも、ただ己の利益のためだけであろうとも、それは貴族同士の婚姻としては当たり前のことだ。
(――――でも)
ジュエルがこの間、デートの前に言っていた言葉が蘇る。
『ああ。……その、デートに誘うと、私の大事な人に良いことがあると、聞いてね』
大事な人とジュエルは言った。
その時は少しだけ羨ましかった。けれど、時間が経つにつれて、とても羨ましいに変わっていた。
ジュエルに想われるその人が。大事だと想えるジュエルのその感情が。
とても、とても、羨ましかった。
「……誰か、わたくしのこと、好きになってくれないかな」
思わず、ぽつり、と言葉が漏れた。
誰か、なんて曖昧な言い方になってしまったが、アリアにだって理想はある。
ちゃんと話をしてくれて、同じ目線で考えてくれて、出来れば――――出来れば、アリアを好きになってくれる人が良い。
例えば、そう。ジュエルみたいな人だったら、とても嬉しい。
(……だめね。わたくし、欲張りになってしまったわ)
楽しくて、楽しくて。もっと、と望んでしまう自分が出来てしまった。
だからアリアはふるふると頭を振って、その考えを追い出す。
そうしていると、カタン、と音がした。
反射的にそちらに顔を向ければ、ジュエルの姿があった。
「ジュエル様?」
アリアが呼び掛けると、ジュエルは無言で、カツカツと靴音を響かせてアリアに近づいてきた。
そしてアリアの前まで来ると、ジュエルは腕を組んで見下ろす。
何だか複雑な表情をしている。
「そこは……出来れば『誰か』ではなく、名前を入れるべきだね、
どうやらアリアの呟きが聞こえてしまっていたようだ。
「まあ。でも、まだ、入れるお名前がありませんの」
アリアが口に手をあててそう言うと、ジュエルは「ふむ」と顎に手をあてた。
「ふむ。では…………ならば。私の名前をお貸ししよう」
「ジュエル様の?」
「ああ。それに今なら――――そうだな、とんでもなく高く売れる宝石もつけてあげよう! ちょうど良いものが手に入ったのでね!」
どうだ、お得だろうと言わんばかりのジュエルに、アリアは目を丸くした。
「それは明らかに天秤がおかしいことになりますので、ちょっと……」
「うっ……ま、まぁ、確かに私では相応しくはないかもしれないが……」
「いえ。宝石の方ですわ! それに、ジュエル様には大事な人がいらっしゃるでしょう? それなのにお名前をお借りするなんて、失礼なことはできませんわ」
アリアがそう言うとジュエルは組んでいた腕を解いて、困ったように視線をさ迷わせる。
小さく「まだ、そこの誤解が解けていなかったか……」とも呟いていた。
「
「まぁ! ではわたくし、お会いしていたんですのね!」
ヒンメル号に乗っているのは男性ばかりだが、アリアは恋する相手に性別は関係ないと思っている。
好きになった相手の性別が、たまたま男性であったり、女性であったりするだけだ。個人と性別は別の話である。
「帰るまでに、良かったら教えてくださいな」
なんてアリアが微笑んでいると、ジュエルは言葉に詰まり。
それから少し唸った後で、
「……ああ、いや。……すまない、この言い方は情けなかったな」
と言って、アリアの前に跪いた。
それから深呼吸し、覚悟を決めた様子でアリアを見上げる。
「アリア」
ジュエルはアリアの名前を呼んだ。
◇
ジュエルがアリアを名前で呼ぶことは滅多になかった。
いつもは
そのことにアリアは少しだけ驚いて「はい」と答える。
「……キミを攫い行った理由を、占いの結果だと話したことがあったね」
「はい」
「私は生まれた時から、こんな頭をしていてね。家族と暮らしているだけなら良いが、一歩外へ出れば化け物と罵られた。だから両親が死んで一人になって街へ出ても、まともな職にもつけなくて。物珍しさに売られかけたりもしたね。そうして気が付いたら、こうして空賊なんてものになっていた」
ジュエルの口から、彼の境遇が少しだけ語られる。
苦い感情もあるだろう。だが彼の声はしっかりとしたものだった。
「顔も、今の状態も。……まぁ、もちろんね。悪いとは思っていないよ。むしろ良いものだ。だけど両親のように、誰かと結婚して家庭を築くなんてことは無理だと、諦めていた」
その時にたまたま占い師と出会ったのだそうだ。
ほんの気まぐれに占ってもらった結果が『攫った相手と恋に落ちる』というものだ。
「馬鹿げていると思った。ありえないと思った。でも、一度だけ、どうしても試してみたくて。……だからキミを攫いに行ったんだ」
「うふふ。光栄でしたわ!」
「ああ。――――そう言ってくれて、笑いかけてくれて、どんなに嬉しかったか」
ジュエルはふっと表情を和らげる。
骨の顔の、瞳の見えない暗闇から、優しい眼差しを感じた。
「……アリア。キミが私と、この船で過ごしてくれたら、嬉しい。キミが私と、一緒に町を歩いてくれたら、嬉しい。それで、キミが私を好きになってくれたら、とても嬉しい」
そこまで言うとジュエルは息を吸って、
「私はキミが好きだ」
と、告げた。アリアは大きく目を見開いた。
それから少しして言葉を理解して、かあっと顔が熱くなる。
「あ、あの、ジュエル様! 好きって、あの」
「キミに恋をしているという意味だ」
「で、でも! 大事な方が船にいらっしゃるんでしょう!?」
「キミのことだよ。まったく伝わっていなかったがね」
あわあわと、アリアは動揺しながら両手で口を覆う。
どうしよう、どうしよう。その感情でいっぱいいっぱいになりながらアリアは、
「で、でも、あの、わたくし、嫁ぎ先が……」
と言うと、ジュエルは胸ポケットから何かを取り出した。
大粒の、金色の光を宿したかのような宝石だ。ジュエルとデートをした花畑に咲いていた、夕焼けに照らされた花の輝きに似ている。
「先ほど言っただろう? とんでもなく高く売れる宝石が手に入ったって。これを売れば、キミの家の借金を返せるくらいの額になる。……もっともこれは、自分が売られそうになった時に知ったものだがね」
嫌な記憶だったが、何ごとも無駄な経験などないのだとジュエルは言う。
「……白状すると、あの花畑に行ったのは、これを手に入れるためもあってね」
そう言えば、確かにジュエルは確かに『この花が放つ光には妖精の力が宿っていて、ごく稀にとても美しい宝石を生み出すと言われている』とも言っていた。
ジュエルとのダンスが楽しくて、アリアはすっかり忘れていたが。
「もちろんキミとデートしたかったのは本当だ。……女性に対して、こんな気持ちを抱いたのは初めてだから、何もかもがへたくそだったがね」
そう言ってジュエルは肩をすくめて見せる。
それから再びアリアを見上げ、
「この宝石で作った金で借金を返して、キミの自由な時間を取り戻したい。その上で――――その時間を、もう一カ月でも構わないから、私にくれないだろうか」
「時間を?」
「ああ。その間に、私の出来る限りで、キミに好きになって貰えるように努力する。だからどうか、これを受け取って欲しい」
懇願するようにジュエルは言う。
たった一カ月ではあるが、アリアはジュエルがどんな人なのか知っている。全てではないけれど、彼が紳士的で、優しいことを知っている。
だから。
アリアはぎゅっと手を握った。
「……宝石の、お金は必ず返します。時間はかかりますが、必ず、お返しします」
「…………」
「だから、ジュエル様。わたくしに――――わたくしと! その時間を一緒に過ごして頂けませんか?」
「え」
断られると思っていたのか、ジュエルは驚いて顔を上げる。
「働きます。稼ぎます。そしてその間に、わたくし、あなたにもっと好きになって貰えるように、努力したいんですの!」
アリアがそう言うと、ジュエルは弾かれたように立ち上がった。
「ほ、本当に? 良いのかね!?」
「そ、それはわたくしの台詞だと思いますの!」
「いや、だが……ああ、うそだろう……まさか、本当になるなんて……」
感極まったようにジュエルは繰り返しながら、アリアの手を取る
そして、
「キミが好きだ。大好きだ。―――――愛している」
心からの声で、そう言ったのだった。
満月の晩に攫いに来たのは、骨頭の空賊でした。 石動なつめ @natsume_isurugi
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