夏限定メロンソーダ

高黄森哉

CM

 しゅわー、すこん!


「夏限定メロンソーダ」


 小娘が弾けるように叫ぶ。


 シュワワ。その娘は実はラムネの湾曲に映る景色であった。嘘だラムネじゃない、それはメロンソーダ。その娘はアイドルで、CMに呼ばれて、今は撮影なの。どんどん引いて引いて引いて、引きの画面にはラムネだけになる、のを見ていると、もう夏も終わるよなぁ、と感じます今日この頃です。そうだ、スイカ喰おう。ああ、清涼感と共に夏を感じます。CMに出られるなんて幸せ。その幸せな顔より、水着に視線が釘付けになった少年。それは、そうなることを狙った演出でもあったから、この家でスイカを食べながらCMを見る少年の行為は正常であると、医者は少年の親に保証してあげた。それが九時丁度のことであった。アイドルはラムネビンを鷲づかみにして走りだす。とても正常な僕は、スイカを口いっぱいに含みながら、なんとなく呟いてみた。注釈、ラムネの中に入ってるのは、メロンソーダ。それはこうだ。


「あっ、走り出したぞ」


 俺は砂だ。砂として見える景色は、天まで遠く、すばらしく空の水色。例のアイドルが踏みしめると、身体がばらばらに分解されて ……ワ…ワワ…ワ…ワ…。いやーね、砂がくっつくと、洗う時たいへんじゃないの。うーむ、砂を擬人化してみると、どうもおかしいからここは削っておこっと。少年の視線の先は、アイドルの揺れるスイカに固定されている。眼球も固定すると、まるでヘッドバンギングみたいじゃん。上下する口の中は、ピンク色で、種だけが舌という滑らかな筋肉に、こそぎ取られる。スイカ、スイカ。スイカは果物。嘘だ、スイカは野菜。


 そのピンク、筋肉色じゃん。いや、似てないじゃん、と書いていて思うから、ここの部分は削っておこっか。ショッキングピンクの、きめの細かい表面で、発砲スチロールから、さっきスイカを持ち上げた記憶が海馬から引き上げられるよ。


 走った先の崖。スイカ色のカニ、カニ、カニ。その昔、投身自殺があったそうよ。アイドルは父親を思い出す。俺は二年前、ここである親子が噂していたのを思い出した。叙述は不完全で、信仰は詐欺。甘いのはスイカ。赤いはスイカ、カニは赤い。ならばカニはスイカ。嘘だ、スイカはスイカ。


 視線は固定されたままでスイカを追うために首を振ると、頚椎を骨折してしまいました。病院で両親が呆れてしまうのを少年は見ていて、恥ずかしいなぁ、どうしてこんなことになったのだろう、あんなCM流すなよなー。『年頃の子供ならば仕方がありませんよ。ええ、まぁまぁ、許してやりなさいな』、医者が説得すると、時刻は九時一分。そんな危険なんぞ、CMの企画者、発明者、露知らず。ただいまの時刻は九時二分。


 あっ、女の人飛んだ、お父さん。遠くの少女が、指を指す。その指から線を引いてみると、本当は大きくそれている。実際は、その先にはカモメが飛んでいた。カモメは英語でガルといったかな、あとで、調べとこっと。付け加えると、カモメこそが、イカロスの生まれ変わりであるんだよっと。嘘だ、カモメはカモメ。


 飛んで少しして、水面が見えてきた。ここで人が死んだらしい。今は亡き、お父さんが教えてくれた。お父さん、お父さんは、人殺し。私は、アイドルになりました。見てますか。実はあのカモメこそ、転生した父親なのです。嘘だ、カモメはカモメ。


 骸骨の滑らかな表面は、海底深くに放置されているから、飛び込んだ小娘には見えぬまい。借金の返済のため、詐欺で稼いだお金。アイツさえいなければ。アイツさえいなければ。全て、アイツのせい。……………… 嘘だ、俺のせい。あいつの父親に突き落とされる。


 その投身した娘の人型にまとわりつく発泡が、パソコンで合成されて、ラムネの気泡となるのである。嘘だ、それはメロンソーダ。泡に抱かれる小娘の離れたところでのカットは、ラムネビンの曲面に映し出される反射に馴染み、しゅわー、すこん。嘘だ、それはラムネじゃない、ラムネビンにも入ってない、なぜならそれは、


「夏限定メロンソーダ」


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夏限定メロンソーダ 高黄森哉 @kamikawa2001

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