終話 罪と決意と旅立ちと

 戴冠式を狙った賊共の襲撃を退け、早一月が経過した。

 首謀者であるエスメルダは捕らえられ、今は獄中の身……と本来であればそうであるはずなのだが、退位を先延ばしにされた皇王の慈悲により、国外追放という沙汰が下された。


 が、それは6年前、禁を犯した皇王家守護役見習いに下された期限付きのものでは無く、文字通りの永久追放。国の外へと繋がる街道を、僅かの供を連れ確かな足取りで歩む淡い緑髪の女は、しかし晴れやかな心持ちだった。


 自身が犯した罪は決して許されぬもの。しかし、この国の呪術師達は皇王家の始祖達によって国を追われたのだ。

 その復讐を果たさんが為、この身は魔に飲まれ、あわや殿下と皇王の命を奪うところだった。

 だが、受け継いだ怨讐という名の呪いをその身に刻まれた苦しみは、こうでもしなければ吐き出すことすらも叶わなかった。


 それだけの仕打ちに対する報復を望むことは、果たして間違っていたのだろうか。

 己の業を省みる最中、関係を終わらせはずの使い魔の声が背後から聞こえた。


「————往くのだな主よ」

「……律儀ね。見送りなど望んではいなかったのに」

 

 咎人は後ろを振り返る。見慣れた黒と紺碧色の髪の少女がふわりと地に降り立った。

 主と使い魔という関係だったとはいえ、マリンカにとってエスメルダはあの禁域から解放してくれた恩人には代わりない。

 が、何処に行き着くとも知れぬ終わり無き旅路を始めた者に、掛ける言葉も見つからない。

 俯いたまま目も合わせようともしないかっての使い魔に、エスメルダは腰を屈めて瞳を覗き込んだ。


「貴女はもう自由のはずよ、マリンカ。私に付き従おうなんて考えないで」

「じゃが、このままでは主が不憫じゃ。犯した誤ちは確かに許されることではなかろう。けれど————」

「それ以上は言わないで頂戴。決意が揺らぎそうだから」

「あ……主」

「全く、年上振ってても中身はお子様なのだから。それで貴女の新しい主をお守り出来るの?」


 幼子をあやすように優しく涙を零すマリンカの頭を撫でる淡い緑髪の女。

 歳の離れた姉妹のようなかっての主従は、時が許す限り最後の別れを名残惜しんだ。



 


 「よし、と。これで旅の準備は出来たかな」


 ロウファン家の邸宅。久方ぶりに帰宅が叶ったガーネットは自室で荷造りを終えていた。

 離宮襲撃時に相対した蛇咬の男に不覚を取り、マリンカが駆けつけなければあわや命を落としていたことを今も気に咎めていた。

 功夫を修めて確かに自分は強くなった。

 しかし、己の識る世界とはまだまだ小さく、まだ見ぬ驚異に備える為に武者修行の旅に出ることを決めた。目的地は桜蘭より遥か東、大陸最古の歴史を誇る大国清栄シンエイ


 東方武術の達人達が集う地で今一度、自らの功夫を見直そうと決めたことだった。


「ガーネット。マリンカちゃんが迎えに来たわよ」

「分かった。今行くよ、母さん」


 母リーシェンから迎えが来たことを知らされたガーネットは、筒状のバッグを背に背負い部屋を後にする。玄関に赴けば、旅への同行を自ら願い出た側付きの少女の旅装が目に止まった。


「おまたせ、マリンカ。それじゃ行こうか」

「承知。それでは奥方様、行って参ります」

「二人共、道中気を付けて。しっかりやるのよガーネット!」


 邸宅の門の下で母に見送られ、二人の主従は駅舎に向った。

 清栄までは汽車を乗り継いで二週間ほどかかる長旅だ。事前に購入していた切符を駅員に提示し、駅舎の中で汽車を待つ。ふと、いつもと様子の違う側付きが気になり、ガーネットは徐に切り出した。


「そういえば、エスメルダ様のお見送りは済んだの?」

「はい。もうお会い出来ないのが、寂しくはございますが」

「マリンカ……。生きてさえいれば、またいつか再会することだってあると思うよ」

「そう……だといいですね」

 

 湿っぽくなってしまった場の空気をどうしようかと、ガーネットがマリンカを励まそうとした時。気障な声音が割り込んだ。


「ガーネットの言う通りだよマリンカ。……僕も彼女からの思いを無下にしてしまった罪をいつか償わなくてはね」

「え……テュルキス!? ————殿下、何故ここに」


 いつの間にか向かいのベンチに座っていたのは、王城に居るはずのテュルキス殿下だった。

 その服装はいつぞや汽車で見かけたような旅姿。足元にはこれまた旅仕様のトランクと、どう考えても二人に同行するつもりだと一目で分かる。


「何故って、君たち二人だけでは心配だからだよ。————本当は父からもっと世界を識るようにと、暇を出されたからなんだけどね」

「そうだったんですか……。じゃなくて、どうしてあたしが修行の旅に出ることを? ————まさか」

「……すまぬ、主よ。殿下にせがまれて、つい口を滑らしてしもうた」


 芝居がかった口調のマリンカがガーネットにだけ聞こえるようにそう呟いた。

 あわわわ……と声にならない呻き声を上げるガーネットを、テュルキスがそっと抱きしめた。

 

「で……殿下?」

「今は殿下じゃないからテュルキスで構わないよ」

「そんな……恐れ多い……です」

「やれやれ強情だね。まっ、そういうところに惹かれた僕も人のことは言えないかな。————もう、離さないさピンインザクロ

「その名は……」

「これから大陸の果て清栄に向うのだろう? なら別におかしな名では無いさ。ガーネットも素敵だけど僕はこの名前こそ君にぴったりだと思う」

「————テュルキス様」


 二人の世界に入ってしまった主の頬が羞恥では無い赤に染まり、芽生えていく感情の名を悟ったマリンカはすました表情の裏で、こう思っていた。


(やっと……収まるべきものが、元の鞘に戻ったかの。にしても主よ、気付いてはおらんかも知れんが、それは恋にときめく女の顔、じゃぞ)

 

 放っておけばいつまでもそうしていそうな二人を促し、汽車に乗り込む。

 何処までも真っ直ぐに伸びる線路。それは二人と側付きの少女の道行きを示し、行き着く終着駅……未来を暗示させるようでもあった。


〈了〉

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呪いで性別が反転した守護役、正体を隠して幼馴染の殿下をお守りする。 大宮 葉月 @hatiue

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