第十一話【法具】

「何だ急に。そんな上等な職業につけるわけないだろ?」

「いや、私が言うのもなんだが、お前のアナスタシア様への様々な指導が、あまりにも的確かつ知識が豊富だったからな。さっきのスケルトンだってそうだ。私が第三階層まで行く間、そんなことを教えてくれた人物など会ったことがない」

「ん? ああ。まだ第三くらいまでなら、ゴリ押しでどうにでもできるからな。だがもっと下は違う。一瞬の油断が即命取りになりうる。必要なのは知識だけじゃないぞ? 仲間の連携や意思疎通なんかも重要だ。これに関しては……俺ももう少し何とかしたいところではあったんだがな……」


 テールは最後独り言のように呟く。

 パメラは不思議に思い、さらに説明を求めた。


「前のパーティに不満でもあったのか? 【黄金の鷲】といえば私でさえ知ってる有名なパーティだ。それにアナスタシア様に聞いたが、リーダーはお前と同郷だったのだろう? 連携や意思疎通もお手の物だと思っていたんだが」

「ああ。ランドだな。あいつと同郷だってのはその通り。他にターニャってのが初期メンバーだった。ただ、あいつらはとにかく自分が前に出てモンスターをなぎ倒すことしか頭になくてな。もう一人、今とは別のメンバーと俺が、二人の動きに合わせて四苦八苦するって感じだったな」

「なるほどな。つまりそのランドとターニャってやつもきちんと連携なりを意識できていれば、より高みへ登れたってわけか。末恐ろしい話だな」

「残念ながらもう無理な話だけどな。そのもう一人ってのが抜けて、代わりに入ったイリスって女も、ダンジョンを舐めてた節があるしな。まぁ俺たちの責任がゼロってわけでもないんだが……」


 イリスは【黄金の鷲】がかなり階層を進めてから新たに加入したメンバーで、加入時の最高到達深度は第一階層だった。

 才能ギフトの中でも有用な光魔法を授能し、さらに水魔法も使える二重才能ダブルギフト


 多くのパーティから引く手数多だったが、イリスが決めたのは、募集の意思を伝えていなかった【黄金の鷲】だった。

 イリスは自ら【黄金の鷲】に売り込み、経験者を探していた彼らはあっさりと加入を承諾した。


 テールたち三人の深度に到達できるように、イリスのためのダンジョン攻略が始まった。

 すでに先の階層へ進み才能の強化も十分な三人に守られる形で、イリスはパーティの回復役という役目も後押しして、苦も無く瞬く間に最高到達深度を上げていった。


 常に守られる立場にいたイリスは、経験を積んだ探索者ならば必ず持っている、身の危険という概念をダンジョンのどこかに置き去りにしてしまったのだ。

 そして、そのイリスを最も危険から遠ざけていたのが、皮肉にも彼女が馬鹿にして追い出したテールだったのだが、本人も他の二人も気づかずにいた。


「くだらない話をしてしまったな。ところで、ダンジョンコアがある場所はまだまだかかるのか?」

「ん? ああ。そろそろのはずだ。前に降りたときに見覚えのある道に入ったからな」

「ダンジョンは最初に飛ばされる場所はばらばらだが、形は変えないってのが常識だ。そこからの帰り道も記録は取ってあるんだろう?」

「大丈夫だ。ダンジョンコアへはこの先を右、出口へ向かうには逆に左に向かう。その先の道もきちんとここに」


 パメラは懐からダンジョンの地図が書かれた羊皮紙を取り出しテールに見せた。

 そこには丁寧にダンジョンコアへ続く道と出口への道、そしてこれまで三人が歩いた道が書かれていた。


「これはパメラが書いたのか? すごいな。熟練したマッパーとそん色ない出来だぞ」

「あ、いや……これは、私が書いたわけじゃないんだ」

「それは王家に献上された法具アーティファクトですね」


 横からアナスタシアが言葉を挟む。

 法具アーティファクト。ダンジョンで稀に得ることができる様々な機能を有する道具の総称だ。


 深度が深いほど効果が優れたものが多いとされているが、中には用途や効果が不明なものも多く、また獲得したパーティたちも秘匿することがあり実態は明確になっていない。

 しかし一攫千金を夢見る探索者たちのあこがれの的であることは間違いない。


 パメラは羊皮紙を指さし、テールに説明する。


「自動で自分が行ったことのある周囲の地形を記録してくれるんだ。ここはまだ通ったことがないが、壁が薄いんだろう。空間があるのがわかる」

「それはすごいな。よく手に入れたやつは手放す気持ちになったもんだ」


 テールの言葉に、再びアナスタシアがこの法具アーティファクトの由来を説明した。


「この法具アーティファクトを手に入れたのは、低層でモンスターを狩ってはその素材を売って生活していたパーティだったそうです。未知の階層へ向かう意思のない本人たちには無用の長物。王家と懇意の商店に売り、それで得た資金を元に探究者は廃業したのだとか」

「ああ。なるほどな。ダンテのダンジョンの低層なら格安で正確な地図も手に入る。それに探索者といっても皆が皆、俺みたいに下層を目指すわけじゃない。いくらで売ったかは知らないが、それでも常に危険と隣り合わせの探索者を辞めるには十分な金だったろうぜ」

「そのようですね。そして手に入れた商店の主は、他の探究者に売るよりも王家に献上し、機嫌を取ることにしたようです」

「それを姫様が手に入れたってわけか。まぁ、由来はどうだっていい。地図作成については俺もできなくはないが、それがあるなら他のことに集中できる。特にこのダンジョンは他の誰かが書いた地図を手に入れるってことも不可能だからな。無くすんじゃないぞ」


 パメラは強くうなずくと、進むべき道を確認した後、羊皮紙を丁寧に懐にしまった。

 そして、誘導するように先頭を歩き始める。


「ここを右に曲がれば後は一本道だ。モンスターが隠れられるような場所もない。さぁ、行こう!」


 パメラはこのダンジョンに以前にも来たことがあり、この先に危険がないと信じ切っていた。

 また、自身はすでに第三階層までの経験を持っていたことから、不意打ちを食らわぬ限り、どんなモンスターが来ようと問題ないとも思っていた。


 しかし慢心は油断を生む。

 ダンジョンに確実な安全などない。


 モンスターも危険な存在ではあるが、ダンジョンにはもう一つ危険なものがある。

 パメラが右へと足を進めた瞬間、足元でカチリと小さく、しかしはっきりと音がした。

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地味で不要だとパーティから追放された土魔法使い、王女に拾われ辺境領主となる〜領地が広がると深くなるダンジョンで開拓&探索に精を出す~ 黄舞@9/5新作発売 @koubu

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