第十話【ダンジョンで必要なもの】

(何度経験しても、この感覚は飽きないな。俺の心を沸き立たせる)


 テールが目を再び開けると、視界に広がるのはうねるような岩肌に囲まれた、幅広い洞窟だった。

 テールはダンテのダンジョン以外に足を踏み入れるのは初めての経験だったが、その心は落ち着いていた。


「二人とも問題なくいるな?」

「はい!」

「ああ、大丈夫だ」


 アナスタシアとパメラが隣にいることを素早く確認し、周囲にモンスターの気配がないか気を配る。

 転送先は必ず安全、などということはなく、転送した矢先に襲われるという場合もあるからだ。


 テールはふと、数歩先の右側の壁の凹凸に違和感を覚えた。

 パッと見は他の壁と大差がないように見えるが、よく見ると周囲と色や質感が異なる。


 壁に向かって手を伸ばし、土魔法を放つ。

 異常を感じた部分の周囲の壁がせり上がり、中心を押し潰すように集まった。


 突然の出来事に、アナスタシアは目を丸くする。


「ロックビートルだな。周囲が土や岩で囲まれる場合は、視認しにくい。初心者がよく気付かずに襲われる相手だ。他にも居るだろうから、注意しろ」

「まぁ! テール様、さすがですわ。私、ちっとも気が付きませんでしたもの」

「お世辞を言うのはそこまでにしてくれ。姫様もダンジョン攻略のメンバーなんだろ? このくらいのこと自分でできるようになってくれんと、使い物にならんぞ」

「テール! 貴様、アナスタシア様に対して無礼だろうが!!」


 テールのアナスタシアへの言葉に、パメラが反発するが、アナスタシア本人がそれを手で制した。

 いつも笑顔が絶えないアナスタシアは珍しく真剣な顔つきで口を開く。


「いいえ。パメラ。テール様の言う通りですわ。ここのダンジョンの探索は人任せにはできない。幸いにも私はその可能性を授かったのですから。私自身がテール様の足枷になるようでは」

「アナスタシア様……」

「それでも、時間はかかると思いますの。それだけどうぞお許しくださいましね」


 再び笑顔に戻り、アナスタシアは最後の言葉を付け足した。

 テールはそんなアナスタシアの様子に一度だけ深く頷く。


 このダンジョンの管理者は現状アナスタシアだ。

 テールとしても最低限のことは指摘するつもりだが、余計なことを言ってダンジョン探索から外されてしまえば、元も子もないのだから。


 周囲に注意を払いながらテールはダンジョン内の探索を始めた。

 第一階層とはいえ、何も力を持たない人間を容易に殺しうるモンスターや罠などは次々と現れる。


 テールは新しいモンスターや罠をいち早く発見し、緊急性がなければ説明してから、すぐに対応が必要な場合は、事後丁寧に説明する。

 ダンジョンに詳しいと自負するアナスタシアも、机上で知る知識と実体験とでは大きく異なることを理解し、時に質問を投げかけながらよく学んでいった。


 そんな三人の目の前に、一体のモンスターが現れた。

 背丈は成人男性ほどで手には粗末な刃こぼれの酷い剣が握られている。


 その身体には肉や皮など一切なく、むき出しになった骨だけの姿でガシャガシャと動く度に音を立てながらゆっくりとこちらに近付いてくる。

 がらんどうの目の穴がテールたちを見つめる。


 途端にむき出しになった歯を打ち鳴らし始めた。

 表情などなくそもそも感情というものを持っているのかすらさだかではないが、獲物を見つけて喜んでいるようにも見えた。


「スケルトンだな。こいつの説明は……後だ!」


 テールの言い切った言葉と共に、スケルトンの立っている前の地面から、円錐形の塊が瞬時に形成される。

 その塊はスケルトンの胸部を易々と打ち砕いた。


 先ほどまで人間の形を成していた骨たちは、まるで吊り糸が切れたかのうように地面に落ち散らばる。


「いいか? 今のスケルトンはできるだけすぐに仕留めるんだ。あいつらは生半可な攻撃では再生する上に、周囲の仲間を呼び寄せる性質がある」

「胸骨の奥に光る石を破壊すればよろしいのですね?」

「ああそうだ。それさえ壊せば再生できなくなる。石自体もそれなりの強度があるから、斬撃や刺突よりも打撃の方が有効的だな」

「光魔法の浄化でもいいのですわよね? それにしても、スケルトンはとても弱いモンスターだと聞いてますわ。そのモンスターが複数現れても驚異になりそうもありませんけれど……」


 アナスタシアの疑問にテールは顔つきを崩すでもしかめるでもなく、淡々と説明を返す。


「スケルトンが相手なら姫様の言うことは最もだ。こんな奴が十体来ようが、きちんとしたパーティなら苦もないだろうさ。広い空間なら数の差ってのは少々厄介だがな」

「それでは何が問題になりますの?」

「モンスターってのはな、系統があるんだ。階層を下っていけば、スケルトンの上位種と呼ばれる奴らに出くわす。そこで重要なのは系統が同じなら性質が似るってことだ」

「あ! 知ってますわ。より戦略的な行動をするソルジャーやさらに強固なスパルトイなどですわね!!」


 アナスタシアは既に自分で先の答えに気付いたようで、両手をパチンと鳴らした。

 テールはアナスタシアの気付きに小さく微笑む。


「ああ、そうだ。上位種のスケルトンは各々武装を変え、時に軍隊のような練られた動きをする。個々の能力もここのスケルトンなどとは桁違いだ。だが覚えることは一緒。個体を見つけたら、仲間を呼ばれる前に速やかに倒す。これを知ってるのと知らないのとではとっさの判断に差が出る」

「はっきりと理解しましたわ。下層で必要な知識は低い階層からすでに始まっていますのね」

「ああ。少なくともダンジョンで無駄な知識なんてのはひとつもない。その頭にしっかりと入れていってくれ」


 テールとアナスタシアのやり取りを見ていたパメラが、ポツリと言葉を漏らす。

 アナスタシアにたしなめられてからは、極力不必要と思われる言葉は口に出さないようにしていたのだが、とうとう黙っていられなくなったらしい。


「テール。お前は元は宮廷の教師でもやっていたのか?」

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