刀にまつわる小咄

無銘

第1話

今回の登場人物は、

若き武人、日野博吉(ひのひろよし)と

友人で神主の、葦原曜言(あしはらようげん)の二人。


―――――――――――――――


時は江戸時代中期の元禄12年(西暦1700年)。

下級武士である博吉は、ある「お土産」を持って、友人である曜言の元を訪れていた。


「おう曜言。ちょっとこの刀をみてくれないか。」


そういいながら博吉が差し出したのは、一振りの打刀。

そこそこ手が行き届いていて、一見綺麗な風にみえる。


「・・・また何か厄介事でも?」


この古い友人がこうやって神社にフっと訪れるときは、決まってなにか面倒なことが発生した時だ。

ノリ気のしないまま刀を受け取ると、曜言は刀を水平にし、刃を上向きに立てながら、スーッと刀身を抜いた。

・・・。

直刃文(すぐはもん)のそこそこ悪くない代物にみえる。

一通り見終えると、曜言は静かに刀を鞘に戻した。


ふと何気なく『拵え』(刀の外装。柄や鞘を含む)をみると、一か所だけ綺麗な光沢のある金具が使われており、それだけが少し気にかかった。

しかしそれについては何も言わず、刀を博吉の方へ手渡した。


「どうだ?」


博吉はやや身を乗り出して曜言の返答を待つ。

それに対し、曜言はさらりと言った。


「悪くないね。地鉄も悪くないし、砥ぎもいい。」


それを聞いた博吉は、少し拍子抜けしたように後ろに下がって、ゆっくりと腰を落とした。


「うーむ。」


相変わらずまどろっこしい男だ。

実直なのは良いことなのだが、いつも話の前振りが長い。

しかたなく、曜言は自分から尋ねた。


「この刀がどうかしたのか。」


その言葉を待ってましたとばかりに身を乗り出してくる博吉。


「おう!聞いてくれ!」


博吉がこの刀と出会ったのは先週のことだった。

弘法さん(毎月1回、京都の東寺で行われている蚤の市)にて、1人の露天商から破格の値段で譲り受けたそうだ。平安末期に造られた太刀を磨り上げて、打刀に直したものだといわれたらしい。


※磨り上げ

すりあげ。切っ先とは逆の方向(茎の部分)を切って短くすること


なるほど刀身はそのようにみえなくもない。

仮に精巧にできた贋作だとしても、その値段なら決して損ではない。

博吉は大喜びしてその刀を抱いて帰り、自室の刀掛に置いておいた。


その日から・・・。夜な夜な妙な夢をみるという。


博吉曰く、首のない龍?のような妖怪が夜な夜な自分の周りを這いずりまわっているのだそうだ。

黙って話を聞いていた曜言に対し、話を終えた博吉はまたもずいずいと迫りつつ問いかけてくる。

ほっといたらぶつかるのではないかと思うほどの圧力を感じ、曜言はゆっくりと口を開いた。


「……どこぞの水神でも斬った忌み刀なのかもしれん。」

「かーっ。やっぱりか!道理で安いはずだな!」


たぶん違う。

曜言は納得したように膝を打って興奮している博吉を横目で見つつ、別のことを考えていた。


しかし、それは表には出さず、静かに言った。


「たしか左京の古い武家屋敷に最近鯉が死んだという池があったはずだ。その家を探して、供養してはどうだろう。」


それを聞いた博吉。


「なるほどな!よし、さっそく行ってくる!!」


勢いよく立ちあがり、持つべきものは友達だぜ!

とかなんとか言いながら、鳥居の向こうへ消えていった。


さて。

曜言はゆっくりと立ち上がると、身支度を始めた。

思い当たることがある。

あれは清水の二年坂の金物屋だったか。


こんな昼間から人の多い門前町に行くなど気が進まないが、博吉のことを放っておくわけにもいかない。

曜言はのんびりと歩き始めた。


夕刻――。


「おいーー!曜言んん!」


だいたい予想通りの勢いで帰ってきたな。


「おかえり、博吉。」


手にはまだあの刀を握り締めている。

そしてどれだけの武家屋敷を回ったのかは分からないが全身埃まみれで、肩で息をしている。


「庭に池があって、鯉が死んだ屋敷なんて・・・(ゼェゼェ)いっぱいありすぎてどの家なのか分からんぞ!!」


だろうな・・・。


「そうか。それは確かに僕が浅慮だったな。でもな、ちょいこれをみてくれ。」


そういって曜言が懐から取り出したのは、ひとつの金属の細工物。


「これは縁金か。」


曜言が差し出した物をむんずとつかみ、すぐに呟く博吉。

そういうところはさすがに武士といったところか。


『縁頭(ふちがね)』とは、柄の端にあって切っ先側の鍔に当たっている金具のことを言う。


「さっき用事を思い出して、清水の前で発見した。」


曜言がそういうのを聞いているのかいないのか。

真顔で金具をいじりながら、博吉は、はっと気づいたように自分の刀と見比べた。


「これは、この刀の縁か!」

「ご明察。」


そう言うや否や、博吉は社務所に上がり込み、刀の目釘を外し始めた。

そしてカチャカチャと柄を分解し始める。


「拵えは刀にとって必須だ。そして刀身を守る大事なもの。刀と言えばつい刀身に目がいきがちだが、実際には拵えの方が価値の高いものも多くある。たとえばこの刀にも付いている金具たち。鍔(つば)、鞘についている鐺(こじり)、柄の先にある縁、そして縁頭(ふちがしら)。これらはただあればいいというものじゃないことは、武士である君にとっては当たり前のことだろう。」


「もちろんだ!」


そう言いながら、博吉は刀についていた、不自然に新しい金具を取り外し曜言から受け取った古い金具を取り付けた。


「金具は普通、全部そろえて、何かの意味を込めて造られる。たとえばこの刀のように、鐺は雲、縁には雨、鍔に風。そして縁の両端に龍の彫りがなされているように。」


満足げに話を続ける曜言の前で、本来の姿を取り戻した刀がまるで息を吹き返したかのように震え始める。


「金具に込める想いは人それぞれだが、刀には一振りずつ製作者や所有者のこだわりが詰まっているというわけだ。」


曜言はそこまで話したところですっと立ち上がり、社務所のそとに出た。


「なるほど!この刀は縁頭を欠いてたせいで、それを求めて夜な夜な俺に訴えかけてたんだな!」


意気揚々と話しつつ、立ち上がる博吉に対し曜言はやや申し訳なさそうに声をかけた。


「それでな、博吉。その刀なんだが・・・」

「な、何奴!」


突如博吉が刀を地面に置いて、飛び退った。何やら刀がカタカタと動き始め、あたりには異様な霧が立ち込め始める。


「じつは、去る寺院に奉納されていた呪われた刀でな。盗まれていたのを探してほしいという依頼があったんだ。」

「……言いたいこといっぱいあるけど、今はそれどころじゃないな!」


博吉がそう叫ぶのと、霧の中から現れた黒い竜が暴れ始めたのはほとんど同時だった。

すぐに腰に差していたもう一振りの脇差を抜いて応戦する博吉。


「先に仕事始めてくれてすまないね。僕も手伝うよ。」


――。

その後、ひとまず鎮まった刀は、曜言によって封印を施されて盗み出されていた元の寺院に戻ることになった。


「おれの刀代は・・・。」

「すまない。お礼はいただいたんだが、二年坂の金物屋に縁頭のお代を払ったらなくなってしまった。」

「そうか・・・。」

「まあ、今日からは安眠できるし、よかったじゃないか。仕方ないから、今日は一杯おごるよ。」

「一杯って言っても、俺は飲めないからなあ。」


テンションの下がったまま、呻く博吉に対し曜言はにやりとわらいつつ言った。


「もちろんそれは知ってるさ。一杯ていうても蕎麦一杯さ。」

「だよな!じゃあそれで勘弁するわ!って値段見あわなくない?」


・・・本当は刀代の数倍のお礼をもらったのだが、それを教えてあげるのは、もう少し後でよさそうだな。

曜言は博吉のバカ笑いをみながら、そう思った。



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