第67話 最終話:備えあれば憂いなし
美鈴と結花に二つ名が付いた打ち上げの翌日の放課後。もはや日課となっている三十分の基礎トレーニングを終えて、美鈴は結花と今日の活動場所に向かおうとしていた。
今日は、【博士】清作について薬草のことを教えてもらうつもりだった。が、大介に呼び止められる。
「おーい、
「あ、はーい!」
「なんだろね?」
「さあ?」
結花と二人で首をかしげる。
「すいません、博士先輩。ミネコたち、ちょっと遅れます」
「ああ、いいよいいよ。ボクは先に畑に行ってるからね」
「はーい」
清作に一応断ってから大介と一成について部室に向かう。
「先輩、ミネコたち、なにかやらかしました?」
部室について尋ねると、大介が笑って手を振った。
「そう身構えなくていい。二人のナイフが届いたから早く渡したかっただけだ」
大介の言葉に美鈴と結花は歓声を上げた。
「わっ! 本当です!?」
「え! もう届いたん?」
サバ研では仮入部期間は貸し出し用ナイフが貸与されるが、正規メンバーになれば自分専用のナイフが貰える。今まで貸与されて使っていたナイフの使い心地を参考にしつつ、二人がこれから使うナイフを選んだのはゴールデンウィークが始まる前のことだ。
頑丈さが売りのミニハンティングナイフを使っていた美鈴は、一回り大きいハンティング系のシースナイフを、汎用性の高い折り畳み式の生活用ナイフを使っていた結花は、使いやすさに定評のあるフォールディングナイフを選んでいた。
「まあ、二人とも選んだのは国内大手メーカーの割と売れ筋のナイフだったかんな。これで外国メーカーの特殊なナイフを選んでたなら、もちっと届くのに時間がかかったかもしれねぇけどよ」
そう言いながら、一成が二つの細長い箱を長机の上に置く。
「防人が選んだのは、日本の刃物の聖地、岐阜県関市の老舗メーカー・
「間違いないです」
「よし、じゃあ確認してくれ」
美鈴はずっしりと重い箱を開けて包装を解いた。
「わぁっ!!」
本革のレザーシースに収められた重厚なナイフを引き抜く。
ココボロ材のハンドルは赤みがかった木目が美しく、握りやすくするための工夫としてサムエッジと呼ばれる形に抉られ、初めて手にしたにもかかわらずしっくりと手に馴染んだ。これまで使っていたハンティングナイフのハンドルは剥き出しの鋼板に細いパラシュートコードを巻き付けただけのものだったので少々握りやすさに難があったがこのナイフは本当に握りやすい。
ブレードの形状は背が切っ先までほぼまっすぐに近い緩やかな曲線を描き、ちょうどボートの舳先を横から見たような形だ。ブレードの厚みも申し分なく、頑丈さと美しさを兼ね備えたそのデザインに美鈴は惚れ惚れしていた。
「ふあ、すごいです。ミネコは物の良し悪しはあまりわからないですけど、このナイフがすごいってことは分かります。機能美っていうのはこういうことなんですね」
「おう。そいつは本当にいいナイフだぞ。頑張って使いこなしてくれ」
大介の言葉にうなずく。
「えへへ。大事にします」
美鈴は嬉しさと照れくささが混じったような気持ちで新しいナイフをシースに収めてベルトに取り付けた。
「じゃあ次は銃士のナイフだな。MOKIと同じく関の名門ナイフメーカー・
「そうです」
「おっけ。確認してくれ」
一成から受け取った箱を結花が開けるのを美鈴はワクワクしながら横から覗き込んだ。
美鈴の【ロッキーマウンテン】と同じく赤みがかったココボロ材のハンドル。ハンドルの背のちょうど真ん中あたりにブレードのロック装置がついている。
結花が折りたたまれたブレードを引き出すと、開ききったところでパチンという小気味良い音と共にロックされてびくりともしなくなる。ブレードを指で挟んで揺らしてみて、結花が満足げに笑う。
「うはは。なんかすごく造りがしっかりしてて、正直、オピネルとは比べ物にならない信頼感じゃんね。オピネルは確かに使いやすくはあったけど、ブレードが薄っぺらくて鶏を捌くにも刃こぼれしそうだったからぶっちゃけ命を預けるには心細かったじゃんね」
「そりゃあそうさ。MOKIもG・SAKAIも
「へえ、永久保障って、すっごい自信じゃんね」
「でも、こんなにいいナイフをお金も払わずに貰っちゃっていいんです?」
おずおずと尋ねるが大介はこともなげにうなずいた。
「ナイフはサバイバーの命綱だ。二人はもうサバ研の正規メンバーなんだから、ナイフも十分に命を預けるに足るレベルのものを持っておくべきだ。それにこのナイフの代金は学校から支給される部費ではなく、野良鶏の肉や燻製を売って得たサバ研のメンバーの為の活動基金から出ているから安心していい」
正規メンバーという響きに結花と二人思わず顔がにやけてしまう。
「よしっ。うちもしっかりこのナイフを使いこなして先輩たちみたいなサバイバーになってやるじゃんね!」
「み、ミネコも頑張るのです。隊長、いいナイフをありがとうございます」
「おう。期待してるぞ、二人とも」
『はいっ!!』
美鈴と結花は声をそろえて元気良く返事して、お互いに顔を見合わせてちょっと笑った。
その時、部室のドアが遠慮がちにノックされた。
「どうぞ。開いているぞ」
大介が答えると、ドアがそろそろと開き、そこから顔を出したのは高見沢だった。
「なんだ、お前か。何の用だ?」
「あれ? 高見沢君、どうしたですか?」
美鈴の問いに高見沢は決まり悪そうに笑って、大介に向かって答えた。
「あの、そのっすね、ぼくもサバ研に入部したいんすけど……」
「おぉ! ……うっ!?」
美鈴が大介の方を振り向くと、大介は美鈴たちには向けたことのない厳しい表情で高見沢を見据えていた。
「山岳部は辞めるのか?」
なんの感情も読み取れない静かな声。
「いえ、山岳部は続けるっす。サバ研は一応文化系だから掛け持ちはOKっすよね。だから……」
「一応、理由を聞こうか?」
「その、この前の登山で、ぼくのせいであんな大変なことになっちゃったのに、ぼくは何もすることが出来なくて、美鈴ちゃんたちは生徒会長さんの捜索に参加してたのに、ぼくは足手まといだからって下山するしかなくって……その、」
悔しかったんす、と高見沢が続ける。
「今回はサバ研の先輩たちがいてくれたから大きな問題にならなかったすけど、もし山岳部だけだったらたぶん、もっと大変なことになってたんだろうなって思って、ぼくも、ちゃんとサバイバルの知識と技術を身に付けたいって思ったんす。……もし、またあんなことに遭遇しちゃうようなことがあって、同じ悔しい思いをしたくないっすから」
いつものお調子者がすっかり鳴りを潜めた真剣な態度の高見沢。
と、ふいに大介の口元がふっと緩んだ。
「一応、生半可な気持ちではないようだな」
「はいっす!」
「うちは基本的に来るものは拒まず、去る者は追わずだ。入りたいなら歓迎する」
「ほんとっすか!?」
高見沢の顔がぱっと輝く。
「ただし、うちでは入部希望者をただちに正規メンバー扱いはしない。しばらく様子を見た上で入部テストをして、それをクリアしなければ正規メンバーにはなれない。この二人はそれをクリアしたから正規メンバーだが、お前の場合はしばらくは仮入部扱いだぞ?」
「それでもいいっす。お願いします」
「いいだろう。じゃあお前を仮入部員として認定する。仮入部員には貸し出し用のナイフがあるわけだが……」
美鈴は大介の言葉が終わるのを待たずにそれまで使っていたミニハンティングを高見沢に差し出した。
「ミネコ的にはこれがオススメだよ! 頑丈だし、火も起こせる優れものだよ!」
美鈴をぐいっと押し退けて結花が自分の使っていたオピネルを差し出す。
「いやいや、やっぱりうちのオススメのオピネルじゃん? 折りたたみ式だからコンパクトだし、百年以上変わらないデザインってことはそれだけ使いやすいわけだし!」
「やっぱり、信頼性ならシースでしょ!」
「安全性ならフォールディングじゃん!」
「熊とも戦えるよ!」
「その熊肉を料理したんはこれやし!」
「え? え? え?」
美鈴と結花にそれぞれナイフを差し出されて目を白黒させる高見沢。大介と一成は微笑ましく見守るだけで口を出す気はないようだ。
◇
発足して一年にもならない新しいクラブでありながら、学校の内外に広くその名を轟かせている射和高校の名物クラブ、サバイバル研究会――通称、サバ研。なにかの緊急事態に巻き込まれたとしても、そこにサバ研のメンバーが一人でもいれば生き残れるとまことしやかに噂されているが、それは誇張ではなく事実であると彼らのことをよく知る者は口を揃える。
実際、彼らは今まで幾度となく人命救助を成功させてきているが、その中にはよくもまぁ死者が出なかったものだ、と人命救助の専門家である消防や自衛隊関係者でさえ舌を巻くような事例も少なくない。
ただ、有事の人材は平時においては異物であるとよく言われる通り、サバ研も【隊長】大介と【参謀】一成を筆頭に一癖も二癖もある個性的なメンバーが集い、日頃から何かと騒ぎを起こしている。
今日も、【軍曹】が護身術の訓練に励み、【狩人】がトラップを仕掛けるのに精を出し、【忍者】が情報収集に明け暮れ、【射手】がスリングショットの練習に勤しみ、【博士】が畑の薬草の世話に忙しく携わり、【防人】美鈴と【銃士】結花それに高見沢を加えた一年生トリオがそれぞれの先輩のあとについてサバイバルの研究に打ち込む。
すべては、なにかの災害や事故に巻き込まれた時、自分と自分の周りにいる人を救う為に。
そんなサバ研の部室の壁に掲げられたその心得を要約した一文。それは――
――備えあれば憂いなし。
おわり
【作者コメント】
これにて一応完結となります。いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたなら幸いです。感想や応援メッセージいただけると嬉しいです。
同時連載中の『沈没から始まるオッサンとJKの漂流サバイバル&スローライフ ~絶対絶命のピンチのはずなのに当人たちはなんか普通にエンジョイしてるんですが~』はまだまだ続きますが、話のストックが切れてしまったので今後は週一更新となります。
現在、新連載の準備中です。ある程度序盤が書き上がったら連載始めたいと思っていますので、良かったら作者フォローしてお待ちいただければ幸いです。
うちの学校のサバイバル研究会がガチでサバイバルなんですけど! いや、女子高生が熊と闘うとか無理ですから! 海凪ととかる@沈没ライフ @karuche
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます