カーテンコール

「ところで、何故アイザックがアインルクスにいるんだ?」

「親友のおまえの助けになりたいと参じたのだぞ? 無下にはすまい」

「まぁ! では、マーヤ様とこちらにお住まいになりますのね?」

「はい、左様でございます。アインルクス夫人」


「マーヤ様……? ああ、アイザックの細君か。仲がよかったのだね、セルリアは」

「ええ! 一緒に、植物を研究する会に入っておりましたの! マーヤ様は、湿原の植物に、それはそれは造詣が深くていらっしゃるのです!」


「なるほど、アインルクスに興味があるのはおまえじゃなくて奥方の方か。だと思ったよ。いくら俺の領地と言っても、都会育ちのおまえが移住してくるなど」

「仕方ないだろう? アインルクス領となる場所の北西にある湿原は、貴重な植物が多いとマーヤがはしゃいで……まぁ、俺も次男だし、特に領地があるわけではないから」


「良い夫になったじゃないか? アイザックは」

「あら、ランディエール様が一番ですわよ?」

「君にそう思ってもらえていれば、俺は充分だよ、セルリア」


「……相変わらずだな。でな、どうせこちらに来たのだし、おまえに仕えるのも悪くないと思っているのだ。どうだ? 事務方など不足しているだろう?」

「いいのか? まだ、あんまり給料も出せないぞ?」

「構わん。おまえの助けになれるのなら……それが一番良い」


「では、アイザック・オルロム卿、閣下の臣であるのならば、卿の態度と物言いはいささか礼に欠く。改めていただこう」

「剣はしまえ、コルネリアス。別に公式の場ではないのだからいいだろう?」

「公式の場でしたら、斬り伏せております」


「おまえももう少し、こう、柔軟にだな……うん、コルネリアス、公式の場で以外は『閣下』呼びは禁止だ!」

「しっ、しかし、なんとお呼びすれば……もう殿下とは……」

「お名前でよろしいのではないかしら?」

「奥様! それではあまりに不敬です! 私は閣下の近衛でして、ご友人では……!」


「家族だよ」

「え?」

「おまえも、この領地のみんなも、俺の家族だ。そういうつもりでいるんだけどな、俺は」

「ほら、ランディエール様もこう仰有っています。わたくしもそう思っておりますのよ?」


「だいたい、この国に『閣下』と呼ばれる人間はそれなりの数がいる。俺でなくてもそう呼ばれているだろ? そんな呼び方は、好きじゃない」

「好き嫌いの問題では……」

「好き嫌いの問題だよ。俺は、俺の身内には名前で呼んで欲しいんだ。名前は俺の、俺だけのモノだから、おまえが誰を呼んでいるかすぐに判るだろ?」

「ふふふっ、観念なさいませ、リンツ卿」


「コルネリアス・リンツ! 今後は公式の場以外では、俺のことを名前で呼ぶこと!命令だ」

「……承りました。ランディエール様……」

「よろしい!」


「公爵様ーっ! 果樹園造設の資材が届きましたー!」

「おーっ! 今、行くぞー」

「なっ、なんと無礼なっ……!」

「よいではないか、コルネリアス。ランディエールはああいうのが気に入っているのだから」


「敬称を付けろ。次に閣下……いや、ランディエール様を呼び捨てにしたら、ただではおかぬ」

「コルネリアス……だから、剣は出すなって」

「けじめは大切です」


「ふむ、確かにな。ランディエール・アインルクス閣下、我が妻マーヤと共にこの地に在り、お仕えすることをお許しください」

「許す。永劫、この地でアインルクスの発展に寄与せよ。よしっ、行くぞ! 果樹園計画だけではないのだからな!」

「御意」

「走っては危ないですわ、ランディ様!」


「……! うわっ、急に止まるなっ! どうしたのだ、ランディエール……様?」

「セルリア、もう一度」


「え?」

「もう一度、呼んで? 今みたいに……」

「えーと、ランディ様?」

「うん……もう一回」

「ランディ様……ランディ様! きゃっ!」


「愛してる! 愛してるよ、セリー」

「ランディ……私もです。愛してます、ずっと、ずっと、あなただけです」



 これからも俺は、俺達は、道を切り拓く。

 大地に、山に、海に、道を造り続けていく。

 君と歩く道を。

 皆と歩く道を。

 共に、生きるために。


                                 了

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道なき道への英雄譚/乙女ゲーの裏シナリオルートをぶっ潰して絶対に幸せを掴みたい王子の戯曲 磯風 @nekonana51

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