終幕

 朝食の部屋から退出すると、コルネリアスが俺の前に立ちふさがった。

 おいおい、廊下でなんの話だよ?

 出撃の詳細なら、俺の宮に戻ってから……


「何故、あなたは……殿下は、玉座を望まれないのですか? 私は殿下だからこそ、忠誠を誓った! あなた以外の誰も……」


 やめろ。

 それ以上は、不敬だ。

 俺は、コルネリアスを制す。

 おまえも玉座が最高峰とか思っているんだろうなーとは解っていたが、もう少し俺のことを理解してくれてもいいんじゃないか?

 俺の最も崇高な望みは、セルリアとの楽しくて幸せな生活! だ。


 そこに玉座とか国政なんてものは含まれていないどころか、絶対に願い下げなんだよ。

 だって、面倒に決まっているじゃないか!

 俺が立てば、絶対に国が割れる。

 折角隣国との戦が終わっても内戦が始まってしまうなんて、それこそバカらしい!

 その上、武力なら絶対に今の俺の方が優位だし、国民の支持だって集めやすい。


「殿下には才があり、それが叶うお立場なのです。それなのに」


 だから、駄目なんだよ。

 そんな一過性の人気でどうこうしていいものじゃないんだよ、国ってのは。

 力で奪い取った者は、別の力に怯えて暮らすようになる。

 そのために自分の力を強大に強大にと、際限なく求めるようになる。

 人間なんてそんなもんだ。


 そして、俺のように手を血で染めた者が玉座に就くと、万能感で血を恐れなくなってしまう。

 それが一番ダメなんだ。

 勝利は美酒だ。

 飲み過ぎれば己を失い、それがなくなれば執拗に求めるようになる。

 その繰り返しの中に、絶対に平和は生まれない。


 玉座は血で贖うものかも知れないが、血で汚してはいけないんだよ。

 俺は、兄上に国王になってもらうために戦っている。

 これは俺の意志だ。

 俺が、俺のために平和を作れる王を立てるのだ。


 そして俺は、夢を語る。

 今回の砦を墜とした後、俺は軍にも国政にも関与しない。

 だって、その方がカッコイイだろ?

 この国を勝利に導いた英雄が、新たに大地を切りひらき街を、港を作り上げて大海原への海路を拓くんだ!

 最高じゃないか?

 ワクワクするだろうが!


 玉座なんてもんに座ったら、この楽しみを諦めなくちゃならないんだぞ?

 冗談じゃない!

 王宮での暮らしなんてまっぴらだ。


「……あなたという人は……無欲なのか、お気楽なのか」


 そんなこと言ってたって、おまえは賛成してくれるだろう?

 だって、星の中の数値が急上昇してるじゃないか。

 次で最後だ、もうこの国で戦いは起こさせないし、俺は犠牲になるつもりなんてないと話しながらコルネリアスの肩を叩く。

 おまえも新しい領地に連れて行くんだから、次の戦で死んだりするなよと釘を刺して歩き出す。


 ……柱の陰に隠れている兄上にも聞こえただろうか。



 東の砦への部隊が揃った。

 どうやら、最初の九十二人も志願したようだ。

 俺はこれが最後の戦になる、これを逃せばもう武勲を立てて出世する機会は少なくとも俺が生きている間はなくなるだろうから、絶対に手柄を立てて生きて戻れと命令する。

 そう、いつでも俺の絶対の命令は『何がなんでも生き残ること』だ。


 そして、六日後、東の砦は堕ちた。

 内部に忍び込ませた間者達の平民兵の切り崩しが功を奏し、砦からの攻撃が殆どなく俺達は容易に正門から入り込むことができたのである。

 あちらの国の平民兵達は本当に自国の貴族達に嫌気がさしていたようで、信じられないほど協力的だったのだ。

 捕らえた司令官級は勿論、そこにいた隣国の正騎士兵には例の如く自決を許可したが、やはりそうする者はおらず平民兵達の侮蔑の的になっていた。

 俺も見限られないように気をつけねば、と背筋を正してしまった。



 ミラーヴァの圧勝から暫くして、隣国から和平の申し出があり、ここぞとばかりにこちらの言い分を全て通して長く下らない領境線の戦は終わりを告げた。


 俺は武勲を讃えられ『英雄』として叙勲されて望みのもの全てを手に入れた。

 そして新たな姓『アインルクス』と公爵位を与えられ、北方の海に面するなかなか広い土地が領地として下賜された。

 アインルクス領として俺が領主となり、その地を治めることとなる。


 全く村や町がないわけではないが、さほど発展しているとは思えない土地だ。

 それを聞いた貴族連中はなんと見合わない報酬かと、俺への同情を口にしている。

 そいつ等には、あの土地の価値が解っていないのだ。

 豊富な海洋資源と、森と山々の下には途轍もない鉱物資源が眠っている。

 この国の経済を一変させることが可能なほどの、化石燃料があることも解っている。


 捕虜にした隣国の平民兵達は自国に戻るか留まるかを選択させたら、八割の者が俺と共に北に向かうと言ってくれたのには驚いた。

 ……結構厳しいぞ?

 ミラーヴァの北方は。

 彼等を全て領民として全て受け入れることにして、希望者は拒まないと更なる移住者も募ることにした。

 どうせすぐに王都が恋しくなって、出ていく者もいるだろうしな。


 そして、最も心の底から欲していた、愛するセルリアとの結婚式の日取りも決定した。

 戦いに赴く時も事前に何も告げていなかったせいで、セルリアには随分と心配を掛けてしまった。

 その上、彼女の意志を聞く前に北の地に行くことを決めてしまった俺は不満を言われるだろうと覚悟していたが、聡明な彼女はあの土地と海の価値を正しく理解していたようだ。

 なんと珍しくかなり興奮気味に、植生から調べ上げたのであろう農産物の育成プランまでプレゼンしてきたのだ。

 やっぱり、セルリアほど素晴らしい女性はいない。


 ん?

 セルリアの……ステータス画面まで見えている。

 適性スキルが……

 ふと見ると、北方行きを決めた全員の、全てのスキルが見えるようになっているではないか。


 なるほど。

 今度は、領地育成シミュレーションか。

 上等だ。

 最高の領地にしてやろう。



 そして改めて俺はセルリアに跪いて、心からの言葉を紡ぐ。


「どうか、私といつまでも共に生きてください。セルリア、あなただけを愛している」

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