第五幕
おかしい。
どう考えてもおかしい。
この世界は乙女ゲームではなかったのか?
何故、我が軍の騎馬隊全員の信頼度や、簡易ステータスまで見られるようになってしまっているのだ?
これでは本気の、戦略シミュレーションではないか!
裏だからか?
裏のハードモードだからなのか?
結果から言うと、敵本陣への奇襲は大成功だった。
コルネリアスが南に進軍している敵軍を発見し、野営地の特定に成功した段階で勝利の確信は八割以上だった。
出立前に外れた者が四人。
森に入ってすぐに離れた者がふたり。
進路を変えてから慌てて離れようとした者ふたりのうちのひとりを、コルネリアスが斬った。
もうひとりは捕らえて縛り上げ、木に吊して森の中に置き去りにしてきた。
そこから先は早駆けに次ぐ早駆け、とにかくスピード勝負で夕刻には奴等の側まで追いつき、陽が落ちるのを待ってからピクニック気分で野営している奴等の側面からなだれ込んだのである。
全く何も警戒せずに三百人程度の護衛しか置いていなかった本陣に、夜陰に紛れて突撃した我が軍九十三人は敵を悉くなぎ払い、あっという間に大将であるのほほん貴族の首を討ち取ったのである。
朝日が昇る前に終了というスピード決着のこの戦、奇跡と言っていいほど我が軍にひとりの戦死者も出さなかったのだ。
怪我人は多数出てしまったのだが、動けなくなるほどの者もいなかった。
そう、俺を含め九十三人全員が生き残ったのだ。
本陣攻略後からこの九十二人全員のステータスが表示されているだけでなく、頭上に星が瞬いており高い数値の信頼度が示されている。
いくらなんでも、この星がハートに変わってしまうなんてことはないよな?
こいつら全員が、いや、例え半数でも俺にあんなことやそんなことをしたいなんて思いでもしたら、実力行使なんてされたら、と思うとあまりに怖ろし過ぎて泣いてしまいそうだ。
そして敵国の兵達には、主人と共に死にたいなら自決を認めると促したが誰ひとりそんなことはせず、平民兵は全員がなんの抵抗もなく捕虜になった。
どうやらこちらでももう戦いに辟易として、毎度無意味な戦に狩り出されるよりは終戦後に捕虜交換で自国に帰る方がいいと判断したのだろう。
勿論、捕虜の扱いについてはその人権を尊重しようと約束したのも、彼等がおとなしかった一因ではあるのだろうが。
懸命な民達である。
殺せと騒ぐ将校や騎士兵はひとりもおらず、見苦しく助けてくれと泣きわめく輩ばかりだったのも平民兵達を失望させた。
他の隊へ伝令に走ろうとした敵兵は全て殺すか捕らえるかできたので、本陣が襲われた情報はまだ流れていない。
このまま、第二戦といこう。
そこで俺は全員を集め、回復魔法で怪我という怪我を全て治して見せた。
回復魔法。
光魔法のひとつであるこの魔法は、ゲーム設定ではアルテリアだけが使えるはずの魔法である。
しかし、何故か卒業式の後から俺にもその光魔法が使えるようになっているのである。
『監禁されたランディエールは光魔法に目覚めて、自分で自分を癒しながらなんとか生きながらえるんだけど、毎日、夜になるとまた……』
あああっ!
アルテリアのあの『むふふふ』という、不吉な笑い声が頭に響くっ!
監禁されるという極限状態がなくてもこの魔法が目覚めたということは、王子……いや、ヒロイン補正……ということなのか?
やはりまだ、俺は『ヒロイン』なのかっ!
この時に少々情緒不安定気味になり、うっかり回復の範囲魔法を使ってしまい、うっかり捕虜にした敵平民兵達まで全快させてしまった。
俺の魔法はなかなか強力なようだ。
敵の将校達は、離れた場所にいたため治らなかったみたいだが。
このことは味方達だけでなく、敵平民兵達にも大変な感激だったらしく、俺の下につきたいと願い出る捕虜もいた。
結構、大勢。
その彼等の頭上にも、星が輝いている。
……何人かは、二心があるようなので、そいつらを含め半数くらいはこの場に残し、捕縛してある貴族達を逃がさないように見張らせながら待たせることにした。
ステータスが見えるというのは、便利なものだ。
そして、そのまま二百人ほどに増えた我が軍は敵の分散した隊の各個撃破に打って出て、見事に三戦全勝をおさめた。
当初の九十二人は勿論、全員生還である。
折角なので我が軍だけでなく、新たに捕虜とした敵の平民兵だけは全員回復しておいた。
怪我人を運ぶより、自分たちで歩いてもらった方が俺が楽だったからなのだが、これが彼等の俺への忠誠心を大きく跳ね上げた。
俺達は多くの捕虜と、森に吊しておいた奴を回収して王都へと凱旋した。
もし俺が鳥の視点で見ることができていたら、この輝く星々の隊列を上空から眺めることが可能であったなら、この道は素晴らしく美しい銀河のように見えたことだろう。
そして、俺の出立から僅か四日間で、戦の趨勢が大きくミラーヴァ公国優勢へと変化したのだ。
たった九十二人で自軍の兵士をひとりも欠くことなく、司令官級の首を三つあげてきたこの奇跡の偉業と言っていい凱旋に国民達も熱狂した。
王宮に戻ると国王をはじめ、一部の者を除いて作戦参謀達も驚愕と感嘆をもって迎えてくれた。
俺はその日のうちに国王と王太子の前で裏切り者を暴き出し、証拠と証人を突きつけて断罪することにも成功。
衝撃を隠せない兄上に、俺は何も言葉をかけることなく自分の宮に戻った。
翌日、俺は父上に朝食に席に招かれた。
初めてのことだ。
父上はずっと兄上とだけ、ミラーヴァ公国次期国王の王太子とだけしか朝食を共にしなかった。
この主王宮には国王と跡継ぎの王太子のみが暮らすのだと、その他の子供達とは明確な差をつけていた。
当然、同席している兄上の心中は如何ばかりか。
俺の後ろに控えている近衛のコルネリアスも、緊張気味なのが伝わってくる。
だが、父上は、現ミラーヴァ国王は、あの程度の武勲で弟王子を王太子に押し上げることなどしない。
朝食が済み、父上が俺に欲しいものはあるのかと尋ねる。
ああ、兄上、そんなに青くなるなよ。
俺は兄上から何ひとつ奪ったりはしないよ。
俺は、父上に望みを告げる。
欲しい物を、手に入れたい物を。
そして、今一度の出撃を、請う。
この戦いで終わらせる。
この長く下らない
圧倒的優位に立って、和平交渉を進めるために。
だから、次の戦に勝ったら、東の砦を墜としたらその時にこそ褒賞をいただきたいと。
俺の近衛隊を中心とした少数の騎士団、愛する婚約者セルリアとの結婚、そして、北の海に面したこの国の領土の一部を。
俺をその地の領主として任じて欲しいと嘆願した。
父上がその程度なのかと、コルネリアスが何故そんなにも無欲なのかと疑問の表情を隠さない。
「どうして……どうしてそんな程度で! 今のおまえならもっと……!」
兄上が疑問に思うのは、俺が欲しいものより兄上が持っているものが優れていると思うからだろう?
そんなことはない。
俺が欲しいと口にしたものはこの世界で、俺が何よりこの手に入れたいとずっと渇望してきたものなのだ。
信頼で結ばれた友と臣下達、そこで生きていくことを許してくれる俺の家、自由に民と交わり明日を作っていける大地と海、そして最愛の妻、ずっとずっと愛して止まない愛しい彼女との暮らし。
俺は欲しい全てを、ひとつたりとも諦めてなどいない。
前世の病室ではひとつも手にできなかった何もかもを、生まれ変わったこの地でずっと育んできた夢を全部握り締めているのだ。
そのために、この国は平和でなくてはならない。
そのために、この国はもっと豊かにならなくてはいけない。
だから、兄上はこの国のために、俺の平和と楽しい生活のために働いてくれ。
俺はそれを享受させてもらうから。
戦いは俺が、終わらせる。
だから、兄上は平和と繁栄を作れ。
俺のために、だ。
兄上が欲しいものは、何も奪わない。
だけど俺も何も譲らないし、奪わせない。
兄上の頭上で揺れていた形が、オーバルに変わる。
俺は、シナリオを全て書き換えられたのか?
道は新たに敷かれたのか?
では、心置きなく最後の戦に出よう。
これで完全に、乙女ゲームは終了だ。
「父上、出撃をお命じください。このランディエール・ミラーヴァに東の砦を墜とせと!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます