第四幕

 案の定というか予想通り過ぎて溜息も出ないというか、集められた百人の騎兵達は他の部隊での厄介者達ばかりだった。

 そして圧倒的に平民の志願兵が多く、残りは下位貴族の三男坊などで爵位も領地も継ぐことなどできない者達だ。

 当然だろう。

 たとえ死んでも惜しくない者共が、無謀な作戦に集められるのは。


 ゲームならば部隊の数が戦いで減ったとしても、それはただの『数』だ。

 だが、ここにいる彼等は数字ではない。

 一度の戦で90/100になるのではなく、1/1の死が十回もあるということなのだ。

 俺は、それを忘れてはいけない。

 蔑ろにしてはいけない。



 集まった彼等に、戦の報奨金の話をする。

 そして、この戦いで生き残ったものを全員、俺の騎士とすることを約束した。

 そう、生き残るだけで、全員、だ。

 騎士爵は名誉位であり、一代限りだが貴族家登用への足がかりとなる。

 功績を挙げれば叙勲・叙爵されることも夢ではない。


 そして当然この戦の大き過ぎるリスクも伝え、俺は彼等に選択を迫る。

 俺と共にこの部隊で敵陣に切り込み武勲をあげて生き残るか、ここでこの場を去るかを選ばせる。

 ここでリタイアしたものにも、半金だけは渡すと約束して。

 これには、コルネリアスが猛抗義を見せた。


「戦わぬ者にまで褒賞を渡すなど、何をお考えなのですか! そのような者達と同列に扱われるのは、侮辱となりましょう!」


 そうだな、確かにそう思う者もいるだろうし、戦わずして金が貰えるならその方が良いと思う者が多く出るのも事実だろう。

 だが、ここで外れたものは二度と志願兵として受け入れることはなく、どの貴族家にも仕えることを許されないだろうと付け加える。


 大丈夫、平民として生きればいいだけだ。

 農夫にも、職人にも、商人にも、旅人にもなれる。

 ただ、兵と騎士と貴族になれないだけだ。

 二度と剣を振るうことを許されなくなるだけだと、金はただの退職金だよと笑顔で告げると、皆の表情から色が消えた。


 今更、剣を置くことができる覚悟のある者などいやしない。

 今までの自分を捨てて、全く違う職を一から誰かに教えてくれと請うことができるのなら、厄介者扱いされていると知っているのに兵でいることなどないだろう。


 そして、部隊に残った者達が騎士となり、貴族となり、英雄と呼ばれる姿をただ眺めているだけの人生だよ……と追い討ちを、いや、脅しをかける。

 それでも数人の者達は戦場を知らないお気楽王子の戯言だと思っているのか、かなりキツイ視線で睨み付けてくる。

 いいね。

 こいつらはいい働きをしてくれそうだ。


 だから告げる。

 不満があるなら、それでもいい。

 でも、俺はおまえ達に機会を与えているだけだ。

 嫌なら外れればいいだけで、強制はしていない。

 平民として幸福になれるのなら、それが一番いい。


 それでも上を目指したいなら、俺が用意したこの状況を利用しろ。

 敵を倒し、首級をあげ、武勲を挙げた上で生き残れば、ただ生き残るよりは上の地位を与える……と。

 ただひとつ、絶対に死なないことが条件だ。

 唯一にして、絶対の条件だ。


 戦死したものの遺族に見舞金程度は支払われるだろうが、その後の生活までみてはやらない。

 死んだ者には栄誉も名誉も地位も与えない。

 死んで家族を、誰かを助けようなんて考えは許さない。


 この言い分はかなり無謀だ。

 だが死ぬ気で戦うなんて奴と、絶対に生き抜くと決めて戦う者とではスタート地点が違うはずだ。

 出発時間、集合場所を告げ、一度俺はその場を去る。


 何人集まるだろうか。

 もしかしたら四、五人程度かもしれないな。

 なんと言っても、敵陣に斬り込むには百人なんて少な過ぎると思うだろう。



「殿下、先程は出過ぎた真似をいたしました」


 気にし過ぎだよ、とコルネリアスの肩を叩き、俺は何とも思っていないというか、寧ろナイスパスだったと思っていると告げる。

 コルネリアスの表情はまだ硬い。

 ならば、償わせてやろう。

 極秘裏に盆地の南側を偵察に行き、今夜、陽が落ちた頃に奴等が陣を落ち着ける場所を特定しろと命ずる。


「夜半……? 明日の朝に、西の一軍を狙うのではないのですか? 南……に展開している敵がいると?」


 絶対に南側だ。

 俺が総指揮を執るならそうする。

 西にいたとしてもそいつらは囮か、こちらの思惑通りに動いていると見せかけるカモフラージュに過ぎない。


 そして敵軍はカモフラージュをいくつか作って人数を分散しているのだから、今、本陣は手薄のはずだ。

 絶対にそこには攻め込まれないという、自信があるのだ。

 つまり、こちらの情報は全て漏れている。

 だから信用できるのはコルネリアス、おまえだけだ。


「先日、殿下が調べろと仰有ったあのふたり……まさか!」


 おまえは正義と善意を信じている奴だから、忠義に厚く裏切りなどあり得ないと思っている奴だから、参謀達の誰かが裏切り者とは信じたくないだろう。

 だけど、兄上のあんな杜撰な作戦を諸手をあげて進めようなんて唆す奴等は、平気でそういうことをするモノだ。



『コルネリアスルートは、あなたに王位を継がせようとコルネリアスが動くところから始まるの。だから、国王が戦争の指揮権を王太子に渡した時に、あなたに選択を迫ってくるわ』



 アルテリアの言葉を思い出す。

 俺が、コルネリアスに道を選ばされるだと?

 王子である俺の道を、臣下に提示させるだと?

 バカなことを言ってもらっては困る。


 俺の道は俺が創ると、俺が俺の判断で行く道を切り開くと決めたのだ。

 臣下に道など示させない。

 選ばせるのは俺であって、コルネリアスではない。



 集められた百人の中にも、奴等の手の者がいるはずだ。

 今日、部隊を外れる者の中にいる者と、西に向かう道の途中の森で離脱する者は放っておいていい。

 奴等には予定通り西に向かったと、裏切り者達に報告させなくてはならない。


 しかしその森の中で道を外れ、進路を変えたその後は誰ひとり離反を許すな。

 殺してでも止めろ。

 コルネリアスにだけ聞こえる声で耳打ちをする。


 その時、丁度あのふたりの参謀の情報が届いた。

 ひとりは敵国と通じていて、もうひとりは武器商人と通じている。

 やれやれ、きっとあちらの国にもこういう奴等がいて情報交換を行い、この戦を膠着状態で長引かせて利益を得ているのだろう。

 確たる証拠を、言い逃れのできない証拠集めを続けさせて、俺達は敵の、そして味方の中にいる裏切り者の目を欺く。


「ここまで、お考えとは思ってもおりませんでした……」


 おまえだって少しは疑っていたから、内偵させていたはずだ。

 ただ、誰かを絞ることができずに、満遍なく調べていたのだろう。

 そうでなければ、名指しした途端にこんなに情報が出てくるはずがない。


「お許しください、殿下。私は殿下が、この国の未来にそこまでお心を砕いていらっしゃると思っていなかった」


 ハートマークが大きく揺らぎ、形を変えた。

 星。

 金に輝く綺羅星がひとつ、コルネリアスの心の星が瞬いた。

 こいつ、やっと俺を信じてくれた。

 俺を信じる道を選んだのだ。

 初めて俺は、この強く仁義に厚い男の信頼を得ることができたのだ。



「俺達の手で、この戦を終わらせるぞ。もう、誰も死なせない」

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