第三幕

 卒業式では婚約破棄も断罪もなく、厳かに式が行われ終了した。

 セルリアの頭上の輝くハートは120%をマークし、僕の心を愛で満たしてくれる。

 しかし、暫く会うことが叶わなくなってしまうのだ。

 何故僕は落第してまで彼女と一緒にいようと画策しなかったのか、心の底から悔やまれてならない。


 翌日、僕は王宮の第二王子の宮に戻り、アルテリアの言葉を思い出す。


『国王が引退を発表、戦争の総指揮を王太子に渡して、王太子の作戦で兵士達が動き始めたら、戦争が終わっても終わらなくてもその一ヶ月後に王太子が即位するわ。そうしたらあなたは終わり。後宮の一室に、監禁されてしまうの』


 現在、このミラーヴァ公国は隣国リルアールとの戦時下にある。

 学園を出れば嫌でもその話は聞こえてくるし、主王宮では軍議が繰り返されている。

 ゲームの表ルートでは全く語られなかった戦争は、実はもう十六年も続いている。

 空しく、バカバカしい遙か昔から仲の悪い国同士の小さいいざこざが積もり積もって互いの国境線付近で争い続けているのだ。


 だいたい、隣の国と仲が悪いなんてのは、当たり前のことなのだから放っておけばよい。

 仲がよければとっくにひとつの国になって、共に大きく発展しているはずだ。

 だが、両国とも相手を完全に屈服させようとか、領土を併呑しようとまでは考えていないのだろう。

 引けないから戦っている、大きな戦果を上げていないからダラダラと続けているだけなのである。


 しかし、こんな下らない争いでも人は死んでしまうのだ。

 民達は傷つき、疲弊していくのだ。


 戦争が長引くことは国益にならないが、終わらせるには決定的な勝利と戦果が必要だ。

 しかしそれに多くの犠牲が出ては、国民の支持など得られようはずもない。

 その戦果が出たら、現国王は今まで長引いた戦争の責任を取る形で引退し、兄上に玉座を渡すつもりなのだ。

 だが、その前に兄上にも手柄を立てさせ認めさせる必要があるから総指揮を任せ、僅かでも勝利を取れる作戦を実施するだろう。


 なんとも自分勝手でバカらしい、実に貴族的王族的な考え方だ。

 そんな交代茶番劇のための争いでも、民は死んでいくのだ。


 だからコルネリアスは、僕を焚き付けるのだろう。

 兄におくれを取るなと、兄と同じ愚を犯すなと、用意された玉座でなく自分で掴み取れと煽るのだ。


 父上が、国王が引退を言い出すまで待っている必要はない。

 動くなら今だ。

 僕は、父上のもとに参じた。

 前触れもなく、無礼にも始まったばかりの軍議に乗り込んだ。

 それはもう、堂々と、悪びれなく真っ正面から。


 そこにいた兄上、軍参謀方、そして父上に取り敢えずの挨拶だけをしてテーブルに広げられた両陣営の配置図と進行予測を眺める。

 これからは自分も軍議に参加して、この戦を終わらせるために働きたいと父上に声も高らかに申し出る。


 息子の成長に感激したのか、父上は喜んで参加を認めてくれた。

 参謀諸侯は子供の我が侭かと溜息を吐く者もいたが、それは無視する。

 そして僕は、いや、俺は、父上に精鋭騎馬兵を百人預けてくれれば戦果を上げるとぶち上げた。



「何を戯けたことを言うのか、ランディエール。おまえは戦のことなど何ひとつ判らぬというのに、兵を無為に死なせるつもりか!」



 兄上の怒号が飛ぶ。

 参謀達も兄上に賛成のようだ。

 当然だろう。

 今まさに、大群をして敵を包囲殲滅する作戦を立てていたばかりだろうから。


 進軍配置図を見れば解る。

 敵を窪地の一カ所に集めて、その上から包囲していた我が軍がなだれ込むように襲いかかり殲滅……などという夢物語を、兄上が語ったのだろう。

 貴族趣味で派手なだけの、作戦とも呼べない策だ。


 だいたい、敵が我々の思う通りになど動くはずがない。

 思い通りにならないからこそ『敵』なのだ。

 逆にこちらが集結する前に側面から攻められれば、ただ敵の数を増やしてやっただけになるのは目に見えている。

 こんなバカバカしい陣形展開、どのシミュレーションゲームでもフルボッコでやられるだけだ。


 ……あれ?

 俺が転生したのは乙女ゲームのはずなのに、なんで戦略シミュレーションになっているのだ?

 まぁ……細かいことだ。


 とにかく一度やらせてみて欲しいと、決して兵を無為に死なせはしないと、ここは我が侭第二王子の特権最大利用で父上にお強請りする。

 そうこうしていると、五人の参謀うちのふたりが俺にやらせてみてはどうかと言い出した。


 どうせ何もできずにしっぽを巻いて返ってくるだけだと判断されたのだろう、父上も最後には折れてくれた。

 ……このふたりの参謀のことは覚えておこう。

 隣国、もしくはもっと厄介な連中と通じている可能性がある。


 敵の裏をかくためにこの場では本来の狙いとは違う場所への進軍を告げ、そこが兄上の作戦の邪魔にならない場所だと確認した全員が俺の出撃を承認した。

 斯くして俺は、騎馬兵百人を指揮して戦場に赴くこととなった。



 軍議が終わり、俺はコルネリアスに俺に賛成したふたりの参謀を調べるように命じた。

 彼がその意図を酌んだのかどうかは判らないが、ハートマークがゆらゆらと揺れた。

 すぐに踵を返し作戦会議室から出てきた兄上に向き合ったので、何パーセントだったかは見られなかった。



「何を突然バカなことを言い出したのだ? おまえに、こんな荒事は向かない。今からでも、父上に出撃取りやめを伝えに行け」



 それはできない相談だ。

 だが色々な意見を聞きたいからと、もっともらしい理由を付けて俺は兄上からあの壮大な作戦立案のアドバイスをした者と賛成した者の名前を聞きだした。

 疑惑は、確信になった。

 この戦を『終わらせない』ための工作をしている奴等がいるということが。


 兄上のルートも、コルネリアスのルートも開かせない。

 どちらの道も、誰も幸福にならないからだ。

 俺も、コルネリアスも、兄上も、そして我が国の民達も。


 これは本物の戦争だ。

 人と人が殺し合うものだ。

 きっと俺は、誰かに殺されそうになるだろう。

 きっと、俺も誰かを殺すのだろう。


 生きて帰る。

 自分も、兵達も必ず。

 この戦争に兄上を関わらせない。



「この戦いで、兄上が手を汚す必要なんてない。俺だけで充分だ」

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