第二幕

 剣術大会から八日ほど経った頃から、アイザックは僕と一緒に中庭で剣の稽古をし始めた。

 大丈夫、彼の頭上にはダイヤがキラキラと輝いている。

 アイザックは剣術大会の後、なんとお見合いをしたらしい。

 めでたくその伯爵令嬢と婚約の運びとなったようで、アイザックから僕に対する庇護欲はすっかり消えたようだ。

 次にその婚約者に執着しないとは限らないが、その辺はなんとかご当人同士で頑張っていただきたい。


 そして、アイザックが参加するようになってから、コルネリアスの好感度がぐっと下がりだした。

 今、ハートマークで点滅している数値は65%である。

 僕と心置きなく触れ合えるこの時間を、邪魔されていると感じているのだろうか?

 大変よい傾向だ。

 コルネリアスは、暫く大丈夫だろう。


 次に、急ぎ対策を講じねばならないのは叔父上、王弟にしてこの学園の学園長である。

 この頃、三階の学園長室の窓から中庭を凄い目つきで睨み見ている姿を、何度か下から目撃した。

 コルネリアスだけでなく、アイザックとも楽しく稽古している様子にご立腹なのかもしれない。


 結婚も婚約も一度もすることなく、政治にも軍にも興味を示していないし、領地も持たぬ叔父上を貴族連中は特に重要視していないためしがらみも制約もない。

 この学園でも何か問題を起こすこともなく過ごしてきているので、もし僕が拉致られたとしても誰ひとり彼を疑わないだろう。



『学園長が一番まずいわね。拉致られたら最後、彼を好きになっても嫌っても必ず殺されるわ』



 アルテリアの声で、絶望の鐘の鳴り響く台詞が聞こえる。

 叔父上は、どうしてそこまで僕に固執するのか?

 僕の何が叔父上にとって、一番大切なものなのか?


 考えれば考えるほど、最も不快、且つ、確信の持てる答えに行き着くのである。

 叔父上はただ単に、僕の身体目当てなのだ。


 彼が僕を拉致したあとの台詞に『おまえの美しい身体は私だけが愛でるものだ』などという、背筋がざわざわするものがあったとアルテリアは少々下品……もとい、少々崩した笑顔を見せていた。

 彼女の性癖については考察しないが、僕とは絶対に解り合えないことは間違いあるまい。


 叔父上が愛するのは僕の、ゲームのランディエールの、全く鍛えていないつるつるピカピカ美少年ボディだけなのだ。

 僕の心ではなく、僕の愛情ではなく、ただ身体だけが彼の愛の対象なのだ。

 だから捕らえて自分だけの愛玩物にしようとした。

 だから成長してかわっていくことが許せずに時を止めるために殺すのだ。


 では今の僕の、十年間休まず鍛えたこの身体ではどうなのだろう?


 残念なことに、僕の身体は体質なのか王子様的補正なのか、あまり筋骨隆々とはならない。

 ボディビルダーのようなムキムキ筋肉にはならないのだが、インハイ予選で五位くらいに入れる水泳選手程度にはなっているはずだ。


 だが、これも王子補正なのか着痩せするのである。

 真っ白の王子仕様ファッションに身を包むと、すらりとした優男になってしまうのである。

 脱いだら凄いんだから! と言ったところで公衆の面前ではだけることなど、王族としてあり得ない。

 だから、叔父上も知らないのだ。

 もう僕が、あなたの愛した少年ではないのだと言うことを。



 それにしても暑い。

 日差しの強い中庭での稽古の季節では、なくなってきているのだろう。

 上着を脱ぎ、薄手のシャツだけになって稽古を続ければ当然汗をかいてシャツが透けて……

 そこへ、とんでもない飛ぶような速さで走り寄ってきた叔父上が叫んだ。



「な、な、なんという格好をしているのだ、ランディエール! おまえの身体の線が、衆目に晒され……さ……ら……」



 筋肉がちゃんと付いているのが見えているのだろう、叔父上の顔から赤味がさーっと引いて表情がなくなっていった。

 僕の汗で透けて見えるシックスパックに釘付けのそのふたつの目から、涙がこぼれそうだ。


 言葉を紡ぐことなく、パクパクと水から出された金魚のように口を動かす。

 ついに叔父上は、現実を受け入れるしかなくなったのだ。

 僕はもう、彼の愛の対象ではなくなった。


 現金なものだ。

 先ほどまでキラッキラピンクハート92%の数値は、綺麗さっぱりなにひとつトキメキすらない白丸の68%になっている。

 コノヤロー、マジでムカつくオヤジだな。

 家族愛すらないというのか。


 こんなにあからさまに青少年の身体目当ての中年オヤジを、若さと希望溢れるティーンの園に置いていてはいけない。

 こいつに相応しいのは、現役リタイヤ第二の人生を楽しむお爺ちゃんお婆ちゃんが集う養老養護院であると父上に進言しよう。

 ご高齢の人生の先輩方に、価値観を一変させてもらうがいい。



 こうして最も危ない死亡ルートは道すらなくなり、あっけなく解決した。

 新しい学園長は、僕の母方の叔母さまだ。

 学園はもっと華やかになることだろう。

 この方に危ない性癖がないことを、心から祈る。


 ただひとつ、予想外だったのは叔父上を失望させた僕の上半身は、コルネリアスには大好評のようだったことだ。

 あっという間に、好感度は85%まで上昇してしまった。

 なのにこいつときたら全然顔に出ていないんだよ。

 近衛隊長としては最高のメンタルだ。


 そして、もうすぐ卒業だ。

 そうすれば、兄上との接点も多くなるだろう。

 愛しいセルリアとの結婚までは、あと一年以上もある。

 セルリアは僕の一学年下だから、卒業を待たなくてはいけない。

 癒しが少なくなる上に、困難が増えるのだ。


 アルテリアが言っていたではないか。

 卒業してすぐに裏シナリオは動き出す、と。



「……これからが、本当の始まりなのかもしれない」

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