第一幕
ヒロインからの衝撃の告白の翌日、いつものように僕は近衛達と剣の稽古に勤しみつつ今後の対策を考えている。
学園の生徒達が、放課後に中庭で毎日行われているこの稽古を遠巻きに見ているのもいつもの光景だ。
自分で言うのもなんだが、第二王子と近衛隊長は美形という点で女生徒達に人気があったし、三人だけとはいえ近衛兵の同行を許されている王子という立場の人間に、なんとかお近づきになりたいと隙をうかがう貴族の令息達もいるのだから、なかなかの大人数である。
勿論、我が愛しの婚約者殿は、側で微笑みを湛え見守ってくれている。
実はアイザックへの対策で、ひとつ思いついたことがあった。
彼はとても世話焼きで、僕の側で何かとサポートをしてくれている。
そのお決まりの台詞が『おまえは放っておけない』と『俺がついていてやるから安心しろ』だ。
アイザックは、僕を庇護対象としてみているのだ。
今まで僕はそれを子供扱いされているものとばかり思っていたが、アルテリアの話を聞いてからは女性に対して男が使う常套句としか思えない。
これは、対等な友人の言葉ではない。
アイザックは、僕を弱いものとして、護るべきものとして見ている。
だから、僕が庇護対象であるという認識をなくせばいいのではないかと考えているのだ。
『アイザックがあなたを拉致する時の台詞は「誰にもおまえを傷つけさせない。ずっと側で俺のことだけを見ていればいい」よ』
アルテリアに聞いた台詞からも、アイザックは僕を外部から遮断して護ろうとしているようにも取れる。
しかし、目的は『庇護』ではなく『所有』なのだ。
そんな歪んだ愛情などぶっ壊して、僕は『親友』を取り戻す。
一ヶ月後、学園では毎年恒例の剣術試合がトーナメント形式で行われる。
今までは僕が出ると忖度する奴等がいて、たとえ勝っても実力で勝てたとは言えないだろうし、模擬剣とはいえ怪我もするのでセルリアに心配させたくなくて参加していない。
優勝はこの二年間、アイザックである。
コルネリアスが生徒であったなら彼の方が圧倒的に強いだろうが、宰相の息子であるアイザックも剣術はかなりの腕だ。
多分、僕と試合をしてもわざと負けたりしない唯一の男だろう。
自分が庇護すべきと思っている人間に、負けていい道理がないのだから。
今年はこの試合に出ることを告げた時、セルリアは少し吃驚したような不安な表情を見せたが次の瞬間にはにっこり笑ってエールを送ってくれた。
ああ、可愛い。
可愛くて堪らない。
抱き寄せて絶対に君のために勝つよと、耳元で囁くと頬を赤く染めて頷いたセルリアは誰よりも可愛い。
……あそこで睨んでいるのは、アルテリアだ。
あ、ああ、そうか。
失念していたが『ルーグくん』に彼女を紹介してやらねば。
僕はルーグをアルテリアに引き合わせ、あとはふたりでどうぞ、とその場をすぐに離れた。
これで、僕とアルテリアはもう関わらない。
彼女は彼女の物語に戻り、幸せを掴むだろう。
彼女はマイスターなのだから、それくらいお茶の子さいさいという奴だ。
「ランディエール、剣術大会に出るとは本気なのか! 何故、俺に相談もせず決めた?」
アイザックに出場を決めたことを話した途端に不快な顔をされ、返ってきた言葉がこれだ。
勘違いするな、おまえは宰相の息子かもしれないが、僕の宰相ではなく友人だ。
たとえ親友であったとしても、僕の行動と決定の全てをおまえに相談して判断を仰ぐ必要はない。
……と、言ってやりたかったがそこまでは口にせず、一度くらいは出てみたかったと本心ではあるが軽い方の理由だけを告げた。
そして絶対に手加減するなよと釘を刺すと、またまたムッとした表情を見せた。
従順だった者が、いきなり反抗的になったようにでも感じたのか?
僕が思っていたより、器の小さい奴だな。
「判っている。絶対に負けてなどやらないからな? あとで文句を言うなよ」
勿論だとも。
本気のおまえを叩きのめさなくちゃ、意味がない。
ああ、頭の上にハートが見える。
今の数値は91%。
本当に、僕のシナリオが動き出しているのだ。
おまえの中の弱くて情けなく頼ることしかしない僕を、その幻影を、粉々に打ち砕かなくてはならない。
アイザック、おまえは僕が嫌々剣の稽古をしていると思っているだろう?
体術の訓練も、サボって怒られるのを怖がってやっているだけだと決めつけるようなことを、いつも言っていたよな。
でもそれは間違っている。
僕は身体を動かせることが、自由に走り回れることが本当に嬉しかったから、自分から進んで剣も体術も教わっているんだ。
前世では、幼い頃からずっとずっと病院の中で過ごしていた。
病室では数メートル歩くこともできず、太陽の下になど出たこともなかった。
ベッドの上でただ漫然と時間が過ぎていくだけの日々と、息をすることさえ困難で苦しみ続ける日々の繰り返し。
なんとか生きながらえて少しずつ体力がついてきても、十年以上もベッドの上で座っているのがやっとの生活。
僕の身体ではどこにも行かれず、何もできなかった。
ただ、一日のうち何時間か許されたゲームの中でだけは、僕は『生きて』『動いて』いた。
走り、冒険し、戦い、世界を巡り、城を建てたり、畑を耕したり、街を作ったり。
生まれ変わって、記憶が戻って、ひとりでベッドから出て、歩き回っても息さえ上がらない健康な身体だと解った瞬間に、僕は泣いた。
やっと、やっと、僕は僕の身体で『生きられる』と。
ゲームの中で憧れた剣と格闘技を習い始め、身体を自由に操ることができるという喜びを噛み締めた。
この世界で愛しい人とも触れ合える。
友人も作れる。
家族にも心配を掛けずに済む。
そんな思いで鍛えてきたんだぜ?
絶対に負けないよ。
おまえを、あちらでの人生を併せても初めてできた友人、僕の大切な親友を手放したりするものか。
剣術大会、満座の闘技場の中で、皆真剣に僕と戦ってくれた……と思う。
二回戦、前回の準優勝者に当たった時に、体格差のせいでかなりひやっとした場面があったが、スピードで勝る僕に軍配が上がった。
三回戦、準々決勝、準決勝と、僕は勝ち進んだ。
そして、僕と決勝戦で当たるのは予想通りアイザックだ。
「おまえが勝ち残れたのは、王子だからだ。実力では俺に叶わない。ここで負けを認めた方が、名誉が傷つかずに済むぞ?」
ああ、中には忖度してくれた奴もいたかもしれないな。
だけど僕は、おまえには絶対に実力で勝つよ。
名誉なんてものより、もっと大切なもののために戦うのだから。
剣戟が走った。
一進一退の攻防が続き、剣の音だけが響く。
刃が潰してあるとはいえ、金属製の剣を使用しているから派手な音がする。
一瞬、目の端にセルリアが見えた。
凄いな、ちゃんと真っ直ぐに僕を見てくれている。
目を逸らさずに、顔を背けずに僕の戦いを見てくれている。
その視線が、僕の力になるのだ。
アイザックの剣が少し、下に下がってきた。
疲れが出てきているのだろう。
ならばここで、僕は更にスピードを上げる。
剣の速度と身体の動きと視線を、早く、もっと早く。
体重差があるから一撃の重さでは勝てないが、手数で圧倒する。
そして、決着がついた。
アイザックは足がもつれて膝を付き、その隙に僕の剣が彼の首元に迫った。
審判から勝者のコールがあり、歓声が上がる。
「何故、だ……どうして、おまえが……こんなに、強いなんて、知らなかった」
息が上がって途切れ途切れのアイザックの呟きに、気付かないふりをして右手を差し出す。
僕を見上げる彼の顔からは、あの不快に歪む表情は消えていた。
彼の頭上に見えていたハートが、ダイヤに変わっている。
ここにいるのは、僕の親友だ。
「本気で戦ってくれてありがとう、アイザック。これからもずっと、僕とおまえは親友だ」
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