エピローグ 同心町

 闇夜の捕り物劇の翌日…、


 水野達は奉行所に到着すると、与力の佐脇門十郎の部屋に向かった。忙しく立ち回る同心たちは三人の横を素早く通り抜ける。誰ともぶつかる事なく佐脇の部屋に辿り着いた。


 「佐脇様!」


 水野が襖の前から大声で呼びかけると中から返答がある。


 「入れ!」


 スッと襖を開くと佐脇は机を前に座っている。江戸から届いた伝令文に目を通して、印鑑を確認している様であった。


 「水野重兵衛、赤川久治、坂井信太郎の三名が街道での捕縛の件で報告に参りました」


 水野は代表して報告役を担う。


 「うむ」


 佐脇は仕事机から顔を上げると、三人の方へ向き直った。


 「どうだい…、不届きな輩は捕らえたか?勇んでお前たちを捕り物に出したはいいが、たった三人であんな山中で追いかけっこなんざ、いくら何でも酷だったんじゃないかと反省してたんだ」


 しかし、こちらを見つめる佐脇は期待を込めた表情をしている。


 「ええ、隠密の内に捜索していたのですが、我々が到着すると悪童たちは街道筋から姿を消してしまいました」


 「そうか…」


 佐脇は残念そうに溜息をした。


 「しかし、悪童たちが町を襲うことを察知しまして、旅籠で待ち構えていたところ一味が現れ、無事に捕縛に成功いたしました。今は牢屋に入れてあります」


 「はっはっはっ!食わせ者め、それは見事だ!」


 佐脇は豪胆に笑いながら、満面の笑顔になっている。捕縛に至る仔細を報告させて、しばし、三人をほめるのに刻限を用いた。


 「本当にご苦労であったな、今日は家族の元に帰ると良い」


 三人が深々と頭を下げて、部屋を去る間際に佐脇は紙束を水野に渡した。これは町民からの届け出であり、三人は帰る前に担当を確認し合って、佐脇から次の御役目に付く準備を命じられたのだった。


 三人は紙束から各々が必要とする届を取り出す。


 「これはお主が良いな」


 赤川が水野に紙を渡す。


 「こっちは坂井が良いだろう」


 水野は数枚を坂井に渡した。


 赤川は届け出先の名前と場所を確認して、付け届つけとどけが戴けそうなものを選んでいる。特に有能な岡っ引きは専従的にお役目に付かせるために、赤川はいつでも銭を欲していた。


 「じゃあ…、俺は失礼するぜ」


 赤川はそう言って立ち去った。


 「わたしもお役目に備えないと」


 坂井は慌てる様子で言った。


 「ああ、あまり無理はするなよ」


 二人を見送りながら水野はそう言うと、自分も家族に会うために奉行所を後にする。三人は仕事の段取りなどでバラバラに奉行所を後にした。


         ○


 夕刻…、


 多忙でも自分の家に帰るようにしているので、水野は同心町に向かって歩いている。同心たちが生活する土地は静かで、水野は寺の鐘が鳴る音と共に屋敷の戸をあけた。


 「帰ったぞ!」


 水野には女房とまだ小さい子供がいる。


 「あなたお帰りなさったのね。ほんとに暑い中ご苦労様です」


 屋敷の奥から小刻みに床をする音がして、女房の小雪こゆきが姿を現した。


 奥の炊事場でご飯を用意してくれていたようで、水野は自分の体を気遣ってくれる小雪に信頼を置いていた。それだけではなく悪人を相手にする心の垢を、小雪だけがすすいでくれると感じていたのである。


 「いつも苦労をかけるな。…代之助よのすけはどこだ?」


 「屋敷の庭です」


 「そうか…」


 敷地内で遊んでいた代之助に父の姿を見せると喜んで寄ってくる。しかし、すぐに何かに興味を引かれて走ってゆく、まだ四歳なので遊びに夢中らしい。


 水野家は代々と徳川家に足軽として仕えていた。現在ではこうして町の治安維持にあたっている。それもこれも平和になったからだと水野は思っている。


 「明日からは普段の勤めにもどるからな。いつもと同じように頼む」


 家庭生活は順風満帆と言ったところだ。


 「わかりましたけど、最近は特に暑いので気を付けてくださいね」


 小雪は荷物を預かって、着替えを用意した。


 水野は荷物を解いて着物を着がえると、さっそく銭湯に出かける。久しぶりに会った同心たちと世情にかんする会話で盛り上がり、熱い湯につかってご機嫌になっている。


 それから、お役目をはたしたので意気揚々に呟いたのである。


 「はあぁ………、これにて一件落着‼」


 (おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

街道にて候 葦池昂暁 @ashiike

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ