夜半の騒動
湯屋から宿に戻った三人は、上司の佐脇にどのように報告しようか悩んでいた。ともかく悪童たちは姿を消したのだから、奉行所では一旦は良しとする判断に至るだろうと踏んでいるけれど、それでも佐脇からは大目玉だと思われる。
「お役目を果たせない時はいつも気分が重い」
水野は宿の部屋で言った。
「毎度上手くは行かないさ。俺なんて、もっと急を要する件を追っていたのに、人手不足で駆り出されるのは勘弁してほしいものだ」
赤川はこう言い返した。
赤川は奉行所にはほとんど顔を出さずに、手先となっている岡っ引きの連中と四六時中、外で動き回っている。水野の女房が赤川の家族から聞いた所によれば、家に帰ってこないことも珍しくないらしい。
「お前には頭が下がるよ」
水野が言った。
「
坂井が暗い顔で話すと赤川が肩を叩いた。
「言葉はもっとうまく使い分けろ、拙者も某も同じだ。俺が使っている岡っ引きを数人ばかり、お前の下に付けてやるよ」
それを聞くと、ここぞとばかりに坂井は頭を下げて礼を言う。しかし、坂井にたいして悪人共の相手は向いてないと思っていた水野は、奉行所の内勤にでもつくべきと思っていた。
水野は
その夜…、
宿の同じ部屋で就寝していた三人だったが、風で木戸がガタガタと鳴る音に紛れて、複数の奇妙な足音の存在に気付かなかった。足音は宿の主人の部屋へ忍んで、その襖を少しずつ開いている。
そして、床板の「ガタッ」っと軋む音に飛び起きた主人は悲鳴を上げる。
「なんだ…」
水野は眠気眼で飛び起きた。
「一階の方だな」
赤川は俊敏に反応する。
三人は不意を突かれて動揺したが、目を擦る間もなく刀を手に取った。そうして行灯を手にとって、階段を駆け下りると暗闇に人影が見える。外からの月明かりで賊の手に持った刀が光っている。
その瞬間に三人は刀を抜いて、御用だと叫んだ。
賊たちは階段から下りて来た水野達に驚いて、一目散に逃げようとしている。しかし、後ろから服を掴まれてもみくちゃにされ、もはや誰が誰かもわからない。相手を斬ろうにも味方に斬りつけそうな状況であった。
「こりゃなんの騒ぎだい」
騒ぎを聞きつけて他の客も捕り物に加勢する。
「誰か明かりを付けろ!」
赤川が叫んで少しすると、宿の主人がありったけの行灯や提灯に火を灯して現れた。
「みんな無事か?」
水野は賊がコテンパンにされて伸びているのを見ると、仲間の安否を確認する。双方に斬られたものはなく、幸運なことに賊の刀は手入れされておらずに
ユラユラと揺れ動く明かりで、どれが賊かの判別も難しいが、ともかく身なりの汚いのを縛り上げる。すると、一人だけいやに体躯の大きい奴がいた。もしかすると他の客も混じっているかもしれないので、一人ずつ顔に提灯を近づけてみると、坂井は驚いて叫んだのである。
「こいつは川で水を汲んでたやつですよ」
「なんだって?」
驚いて水野は聞き返した。
確かに川原で見た男である。例の山賊上がりの一味が盗賊になって町まで来たらしい。それは何とも偶然なことに三人の泊まっている宿に踏み込んだのだ。
三人で尋問したところによると、奉行所の手先が帰るらしいとの噂を耳にして、悪童たちは町を襲って一泡吹かせてやろうと図ったという。
そうして、まだ町にいる同心の逗留している宿に忍び込んだのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます