悪童の正体
坂井はもんどり打って頭を押さえている。
「大丈夫か?」
倒れた坂井に声掛けしながら横を通り抜ける水野だが、悪童を向いて
後姿を必死に追いかけるけれど、間もなく山林で見失ったのだった。
それから足取りを探索する三人だが、日暮れになると森の中では辺りが暗くなってくる。下山のため、これ以上の捜索は難しいと判断した。
山道をトボトボと歩く三人であるが、このまま引き下がって佐脇に報告するわけにはいかない。
昼に通った宿場で
「森の中に隠れ住んでいるかもしれないからな。野暮らしの跡でもないか、よく目を凝らしてくれよ」
赤川が連れている手先に命令している。
後ろを歩く坂井は「これで見つかりますかね」と、不安そうな面持ちであった。
「
「勘弁して下さいよ。本当の
「お前のとこの事情は承知しているよ、これから挽回しろや」
坂井の肩を叩きながら赤川はなぐさめている。
しかし、山をいくら捜索しても悪童どもは見つからない。ねぐらにしている場所すら見当つかずで、すでに逃げたのではないかと思われた。かれこれ四日間も捜索をするも、周辺での目撃情報も途絶え、まったく手掛かりの無い状態になってしまった。
駄目もとの五日目の捜索も夕刻となり、三人は諦めるつもりになっていた。捜索範囲を広げたくても、街道の先は隣の
山間では暗くなるのが早いうえに、連れている人数も多いので誰かはぐれてしまうと大変だ。
この日も早々に引き上げる事にした。
その晩、逗留している宿場に戻ると湯屋に向かった三人だが、歩いていると途中の料理屋に捜索に加わっていた市中の荒くれ共が居るのが見えた。
「おい!」
二人から離れて、赤川が
それを遠目に見ながら「流石にああいう事をやらせれば赤川が一番だな」と、水野がしみじみと言った。
「親分肌ですかね?」
坂井は我関せずといったような雰囲気だ。
「さぁな…。先に湯屋に行くか」
こういって歩きかけた時に、料理屋の暖簾を片手でめくって、赤川が二人を呼んだのである。
「ちょっと来てくれ!」
何事かと思う二人だが、荒くれ共の顔役的な人物から面白い話があると言う。
暖簾をくぐると周りの男たちが席を空けてくれる。そこには
どうやら悪童の捜索には参加してないようで、同心三人を前にしても動じることなく、その男は話し出した。
「御控えなすって、あっしは聞き耳の
「ああ」
水野が応じた。
「あっしは
「ああ、それで!」
話が長くなりそうな気配に、水野は促すように語気を強めた。
「まあ、とどのつまり…、奴らの素性を少し知っております」
「なんだって?」
水野は少し驚いている。
熊五郎は意味ありげな顔でこちらを見る。
ここ数日で街道周辺のならず者には尋問していたが、どいつも思い当たる馴染みはいないと話した。単なるごろつきより顔は広いかもしれないが、期待させて拍子抜けさせないだろうかと身構えてしまう。
「奴らはこの辺の人間ではないですぜ」
「それは我々も承知しているよ。では国元はどこなのだ?」
「そいつはちょっと難しいが、しかし、奴らは賭場に通っていまして、そこの子分たちから話は聞いております」
「銭は賭場に使っていたか…」
使役する岡っ引きは周辺の賭場や寄合にあまねく潜り込ませ、その動きを完璧に把握していると思っていたので、三人は不思議そうに顔を見合せている。
知らないところで
その反応を見て熊五郎は満足そうに微笑んでいる。
「奴らは山賊の一味だったのですよ。しかも、戦国の世からいくつも代を重ねてやがる生え抜きの奴でさ。だがね、街道は整備され役人の目が光る場所も増える中で、山中での実入りのない暮らしに耐えかねたらしい。一族郎党の中で山賊の暮らしを放棄しようとの話になって、バラバラに山を下りたのさ」
「だとしても、未だに半分は山暮らしだな」
赤川は自分の言葉に笑いそうになっている。
「山賊を辞めたのなら、山道で旅人から銭を毟り取るのは何故だ?」
水野は判然としない行動だと思った。
「奴らはあれを迷惑行為ではないと思ってます」
「迷惑でなきゃなんだ?」
「商売ですよ。
「迷惑だな」
赤川は日ごろからならず者に寄り添う姿勢であったが、応じることなく断じた。
「まあまあ、それよりもアッシの情報は役に立ったでしょ」
周囲のならず者を前にして、熊五郎は自信満々である。
「では一味の名は何という?」
水野が言った。
「それは…存じませんな」
「隠すなよ。親分や通り名ぐらいはあるだろう?」
「いいや、隠し立てなど致しませんよ。奴らはここ数日の山狩りでシマを変えたか、元の山に戻ったかもしれないですな。どちらにしても役人に追われて戻ってくるような真似はしないでしょうよ」
熊五郎は、これ以上は何も話す事はないと言い切って、ここの酒代くらいは出さないかと揉めだした。水野と坂井はこれだから
この男の話が真実であれば、たんなる悪童でも浮浪者でもなかったが、少なくとも佐脇の命令は果たせないようであった。
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