川原の決闘
「百姓の
水野は街道を歩きながら話している。三人は茶屋を出て、悪童を求めて山に向かっていた。
「冬を越えても土地にいるのなら、どこかにねぐらを持ってるに間違いねえよ」
赤川との熱い議論を交わして、すでに四半刻にもなっていた。
「そうさな…」
「山中の廃寺にでも籠っているのかもしれないな。そこから街道に出没してるようなら納得できらあ」
山間にて出没と言うと、まるで熊のようだが、熊なら狩人が勝手に火縄で撃つので楽だった。町屋に囲まれた宿場町を越えて、辺りは田んぼに囲まれた場所になっている。
道中には旅人の姿が多く、どうも厄介者の牢人は怪しく見える。昨今では各所から伊勢を目指す信者も多い。日も高く昇り往来も激しくなるが、大半は商い終わりの
ついに山道の入り口に足を踏み入れる。
三人は相手が油断するように、五
特に人通りの多い場所を丹念に見回るが、歩けども遭遇する兆候は感じられず、国境を何度か越えては戻るを繰り返す。しばらくすると水汲みを兼ねて、赤川が怪しいと言うので川原を見に行くことにした。
あたりには岩場に腰かけている者、水を飲んでいる者など、山歩きの疲れを癒す場所として複数の旅人で賑わっている。
「これだけ見廻っていないなら、今日は現れないのではないですか?」
坂井のつぶやきの後、その声は聞こえた。
「謀られたな、水など買うものではなかったよ」
不意に聞こえた言葉に三人は神経を集中させた。声の出所を探して四方八方を見回すと、少し離れた場所にいる旅の商人だと分かった。問いただせば、山道の中間あたりで水を売りつけて来る若い男たちに会ったという。
少々高かったが、この先には水の補給場所はないと言われたらしい。しかし、すぐにこの川を見つけて損をしたと気付いたようだ。
「奴らだな」
水野は
「おう」
赤川は獲物は近いぞと気合を入れ、坂井も緊張していた。地形から言って、道沿いで楽に水を汲めるのはこの場所しかないので、怪しい奴はいないかと周囲を探索する。
そこでまたもや興味を誘う声が聞こえた。
「どんどん水を詰めろよ、銭になる水だからな」
どうやら曲がりくねった川の上流、淵に生い茂る木々の先から聞こえる。三人は慎重に砂利音を立てない様に歩み寄り、その先を覗きこんだ。
そこには若い男が三人いて、何とも粗末な身なりをしている。一人は水を筒に汲んでおり、残りは川の中央に散らばっている岩の上を飛んで遊んでいる様であった。その内の二人の目指す岩が同じようで、それを巡って争っている。
「あの野郎ども気楽にして…」
拍子抜けする様子に、坂井が溜息混じりに呟いた。
すぐに向かおうとする赤川を水野は止める。
「何だ?水野…」
赤川は小声で問いただす。
「不用意に近づけば逃げられる」
何とかして見つからずに近づこうと、川沿いの林の中を進もうとするが、ものすごい
「ここからどうする?」
小声で水野が言った。
赤川はこのまま三人で出て行けば、怪しまれて逃げられると言って、先に誰かを向かわせることを提案した。
「じゃあ、坂井にしよう」
「ええ…」
坂井は嫌そうな表情だった。
水野の意見には赤川も不服そうで「こいつに…?」と疑義が飛ぶが、水野は顔つきが険しい自分と赤川が行けば、如何にも役人のようだと思われて、相手も本能的に逃げかねないと言った。
「慎重に行けよ」
二人に見送られ、坂井が
身なりは汚くて老けているようでも体躯は大人より小さい。それでも、顔は落ち武者の様に荒んで見え、髪は四方に飛び散っている。その表情は眉を逆立たせ、口は九の字に曲がり、怒っているようにも見えた。
岩の上に立って、会話できる距離になると突然大声で「はっ!はっ!はっ!」と、笑っている。
「ここまで山道から離れた場所でするなんてよ、よほど神経繊細な男と見えるなあ」
その口調は意外なほどに子供っぽさを称え、親しげな話しかけ方だった。坂井が状況を理解できないでいると、男は布切れを懐から取り出して言った。
「あんた、尻を拭く紙はあるか?手を洗うならば、この手拭はとても縫い目が細かくて適していると思うのさ。特別に十八文で良いぜ」
男は半笑いでほほ笑んでいる。
「なっ!…拙者が野糞していたと申すのか?」
坂井は無礼を攻める口調で言ったが、その瞬間に不味い顔をした。
「拙者だと…」
男は仏頂面になって考え込む。
先程の茶屋での失態を再び犯した坂井は、心の中で二度と拙者とは名乗らないと誓ったが、時すでに遅く男は疑念の表情で坂井を見ている。
その様子を窺っている水野と赤川はこのままでは逃げると思い。藪の中から飛び出そうと騒々しく音を立てる。
その音に気を取られた坂井は後ろを振り返っている隙に、男が石を持って素早く振りかぶっているのに気づけなかった。
「おい!」
それに気づいた水野が叫ぶと同時に、振りかぶった腕から放たれた石は坂井の眉間に投射される。
「ぐわあ‼」
へたり込む坂井を尻目に、悪童たちは岩の間をなれた足取りで素早く飛び去って行くのだった。
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