第9話 シスター・セリカの声援

 私はシスター見習いであって、神父ではないのです。よって、懺悔を聞く相手としては不相応です。

 それなのに告解室を開けていたのは、居眠りのカモフラージュにするためではありません。ただ毛布にくるまり、暖を取ろうとしていただけです。そのまま目を閉じ、夢の世界へ旅立とうとする訳ないじゃないですか。神に誓って! とはいえ、招き入れてしまった責任は果たしましょう。主よ、哀れな御魂をお救いください。


「神父様、私の懺悔を聞き入れてくださいませ。私は我が子に酷い仕打ちをしました。立派に育ててやれないばかりか、ほかの子どもを羨ましく思ってしまうのです。自分の手が憎らしくて堪りません」


 弱りました。シスター見習いでは荷が重い案件です。専門機関に託すべきかもしれません。私が受話器に手を伸ばす前に、彼女は言いました。


「自慢の子でした。見た人は誰もが恋に落ちるような、完璧さを追求しました」


 育児の段階で花嫁修業をさせていたのでしょうか。私は驚きつつも話に耳を傾けていました。


「好いてくださる方はいました。忘れられない出会いだと、おっしゃってもらえる方もいました」

「その後はどうなったのですか? 幸せを掴むことができたのでしょうか?」


 彼女は消え入りそうな声を出した。


「駄目でした。最終選考で落ちてしまいました」

「最終選考?」

「あ。私、ネット小説を投稿しているんですよ。カクモンっていうサイトで」


 存じ上げております。私も同じサイトで、エッセイ書きをやってますから。昨日、最終選考の結果が出ていましたよね。受賞への祝福の声が上がる一方、悔しさを発せずにいるアカウントもあったように思います。


「理想のヒロインがお題のコンテストだったんですけど、これはすごいと思った作品が受賞作になっていたのが悔しくて悔しくて! いつも公募用に書いた作品は、ことごとく駄目でした。今回は手応えがあっただけに、実力不足なのかなって落ち込んでしまっている状況です」


 格子越しでも、彼女の悔しさが伝わってきた。応援してもらえる読者がいる以上、作者は駄作とは言えない。たとえ、審査員に選ばれなかった作品でも。

 私は優しく微笑んだ。


「さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰が試されると忍耐が生じるということを、あなた方は知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた完全な者となります」


 聖書の一節をそらんじた後、最も伝えたい言葉を贈りました。


「あなたが公募へ挑んだことで、掴めたものがあるでしょう。実力、経験、縁。それらはあなた自身が動いた結果なのです。自慢の子なら、公募の結果を気にせず育ててあげてください」

「ありがとうございます。シスター・セリカ! 文字数を削って短編賞に応募しようかと思いましたが、大事に加筆していきたいです!」


 うぐっ。神父ではないとバレていましたか。

 見習いの言葉に喜んでいただけて、ありがたくも照れてしまいます。


 迷える子羊よ。神父様がご不在のときは、この私シスター・セリカが話を聞きましょう。あなたの人生が少しでも明るくなることをお祈りいたします。

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シスター・セリカの吐息 羽間慧 @hazamakei

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