第8話 シスター・セリカの大音声
シスターにも趣味があります。それは、小説投稿サイト・カクモンの新着小説をチェックすることです。
好きな書き手を応援する喜びは、憧れの作家にファンレターをしたためる気持ちと似ています。「いつも楽しく読んでおります。これからも連載を頑張ってください。陰ながら応援していますね」と、思いを込めて応援ボタンを押します。赤く点るハートマークに、作者さんが喜んでもらえればいいのですけど。
あら、新しい通知が来ました。こ、これは!
私は椅子から転げ落ちそうになりました。スマホの中から、イエス様の次に神々しい方が現れたのです。
「初めて私のエッセイを読んでくれたのはどなた?」
シスターとしての実体験を綴った「怪しい宗教勧誘なんかじゃありません!」は、一週間前に投稿を始めました。二日おきに更新し、四千字を超えた状態です。登場する教会や人の名前は仮名にして、名誉毀損で訴えられないようにしました。もちろん、私もシスター・セリカとは名乗っていません。本名の
「えーっと、御子柴さん。私が応募しているコンテストの長編部門の方に参加されていたのですね。連載中なのに、私の作品を読んでくださって、本当にありがとうございます」
私がスマホに頭を下げていると、また通知が来ました。公開している三話全てに感想を書いてくれたみたいです。シスターならではの視点が面白い、その言葉が励みになります。
「嬉しい。返信は夕方にしましょう。もう昼休憩は終わりますし」
私は弁当箱とスマホをカバンに入れました。作品を読まれる側になることは、こんなにも浮かれてしまうのですね。
このときの私は呑気でした。Web小説の読み合いがはらむ闇について、知らずにいました。
それから十日後のことです。私はエッセイを完結させ、読んでいただいた方の小説にレビューを書いていました。いつも感想を書くことはできませんが、レビューなら数日から一週間くらいで考えることができます。下書きのメモを見ながら入力していると、電子音がなりました。誰かが応援コメントを書いてくださったのでしょう。
通知をスクロールすると、送り主は御子柴さんでした。まだエッセイを最後まで読んでもらえていなかったのですよね。私はドキドキしながら内容を読みました。
『天翔琉さん。いつも自作を読んでくださってありがとうございます。百話を越えたのに、最新話まで追いついてくださって嬉しいです。面白かったのなら感想をお願いできませんか。創作の励みになるので、よろしければ何卒。エッセイの完結……』
「ここ、私のエッセイの感想ですよね。感想の催促をされるのですか。ふーん」
私は天井を見上げました。
「面白いと思わなきゃ、ここまで読まないですよ。エッセイを読んだお礼で、読み続けていると思われているのですか。まったくもって、けしからーん!」
本音をぶちまけてスッキリしました。
御子柴さんの作品を読み続けたい意欲はゼロ。できれば今までのように、世界観を陰ながら見守りたかったです。Web小説における、作者との距離の近さは考えものですね。
しばらくログインしないでおきましょう。時間に身を任せれば、なんとも言えない気持ちが薄れるかもしれません。書きかけのレビューを投稿してから、私はログアウトしました。
「毎回感想を書ける方が羨ましいです。私は、たまにしか書けません。レビューも多くないですし。はぁ、無言評価は嬉しくないのでしょうか……」
「シスター・セリカ。机に突っ伏して、具合が悪いのですか?」
顔を上げると、休憩室に入った神父と目が合いました。私はすぐに体を起こします。
「神父様。体調は問題ありません。ただ……」
「チャイはお好きでしょうか。スパイスが独特かもしれませんけれど、温まりますよ」
手には、信者の方からいただいたティーバッグの箱。私の曇った顔がほころびました。
「お心遣いありがとうございます」
「それほどでも」
にこりと微笑みを向けられると、悩みを打ち明けたくなりました。
シナモンの香りが部屋中に立ち込めるまでの間、私は小説投稿サイトのことを話しました。読者選考のあるコンテスト期間は特に、読み合いが活発になること。作品を読まずに評価だけつける人が出てきやすいこと。
年配の神父に理解してもらえないかもしれませんが、できるだけ簡潔に説明しました。
チャイを注ぎながら神父は言いました。
「シスター。思いはね、言わなければ伝わらないのですよ。どんなに好きな思いが強くても、面白いと感じていても」
「それは……分かっているつもりです」
「シスターは考えすぎてしまうところがあります。頭の中で話す文字量より、実際に話す量の方が少ないのではないでしょうか」
図星だ。私はマグカップを両手で包む。水面に映った照れ顔が恥ずかしくて、カップに口をつけた。
「心から伝えたいことを、少しずつ文字に変換していければ良いですね。そう言えば、感想を催促されたとき、本当は申し訳ないと思ったのではないですか?」
「ゲホッ」
むせる私を神父は温かく見つめた。
「やはりそうですか。お相手に恥をかかせる言葉を言わせたことを、後ろめたく感じたのですね。それで叫び声を上げたと」
「どうして叫んだことがバレたのですか?」
「シスターの優しい性格を知っていれば、なんとなく分かりますとも」
鎌をかけられたことが分かり、私は顔を隠しました。
「だって、あんな内容を送られると分かっていたら、無理やりにでもコメントを絞り出しました!」
「私が作者なら、無理させてまで感想や指摘を送ってほしいとは思いません。あなたのペースで良いんですよ。それに感想が書けなくても、ほかの手段で熱意が伝わることもあります」
神父の言葉に補足するように、スマホが通知を告げた。さっき私がレビューした作者から、メッセージが来たのだ。
『僕の拙い作品に素晴らしいレビューを寄せてくださり、ありがとうございました。丁寧な説明で、何度も読んでくれたことが分かる文章でした。とても嬉しいです。翔琉さんのコメントを読み返す度、いつも元気をいただいています。僕も口下手でコメントが書けませんが、今後ともよろしくお願いします。翔琉さんの次回作、楽しみにしていますね』
「ふあああぁーっ!」
私は大声を出した後で口を塞いだ。
「ヨネさん、逆ですよ。素晴らしい作品に、拙いレビューです。ヨネさんの描写力に泥を塗るレビューになっていなければ良いのですが。こんなに喜んでいただけて幸せです。次回作の構想はまだないけど、頑張ってみようかな」
コメントが来ると嬉しくなります。でも、それは見返りがあったからではないのです。
作品が好き。その思いが伝わることは、何よりの喜びだと改めて感じました。自分のペースで、少しでも思いを文字にしたいですね。感想の数、増やせるように頑張ります。
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