第5話
腎臓病、人工透析専門の『ひかり内科病院』に入院した橋本。
猛暑の8月」2日。いよいよ透析が始まる。車いすで別館の透析センターに。
全20床は、ほぼ満床。自分のベッドに案内された。「静かだ」。これが第一印象だった。
ベッド脇にあるのはコンパクトな透析機器(ダイアライザ)。
「はい。橋本さん。こちらです」。看護師に促されて自分のベッドに。透析の前に簡潔な説明。
左腕には血圧の自動計測器が巻かれた。30分間隔で血圧を測るらしい。
そして、いよいよ透析。緊張の一瞬だった。
看護師がシャントに聴診器を当てる。「はい、けっこうですね」。麻酔のパッチをはがす。
いよいよ太い注射針の登場だ。
「はい。それじゃ刺しますよ」。橋本は目を閉じた。
刺した注射針が奥へと突き進む。ぐりぐりという感じで。思わず、「いっち」。
言葉にならない悲鳴。
「ごめんなさい。もう終わります」。看護師は冷静な対応だ。
はっきりとは確認できなかったが、太い針はリード役で、刺したあと引き抜く。
残ったのは、医療用チューブ。老廃物のたまった血液を体外に出して、きれいにして戻す2本だ。この2本を固定すると、赤黒い血液が巡り始めた。
「はい。透析始めます。なにかあったら声かけてください。3時間ぐらいです」。
記念すべき1回目の透析の開始だ。
“透析マシーン”に目をやると、何本ものチューブ。中を血液が走る。
自分の血液がいったん身体を出て、機械で老廃物が取り除かれて戻ってくる。
信じられない光景だった。次第に緊張感がほぐれてきた。
「さてと。3時間も何をする?」。選択肢は2つしかない。テレビを見るか“ふて寝”かだ。
小型のテレビモニターがベッドに付帯。
家では、テレビを見ながらお菓子を食べたり、電話をかけたり。
CM中には、洗濯物を取り込んだり。けっこう忙しかったが、ここではそうはいかない。
そこに“ながらテレビ”はなかった。寝返りもできず、両腕の自由がきかない。
こうした状況でのテレビは辛かった。
家では時計代りのテレビ。番組内容なんて気にも止めなかった。しかし、透析だと画面に集中。見入ってしまう。
これが、まずかった。「テレビ(番組)がつまらない」と実感。
どこのテレビも“ワイドショー”だらけ。午前、昼、午後と、どの時間帯にも登場。
ところが、司会者を中心に評論家、芸能人が陣取りあれやこれや引っ掻き回す。
まさに、“わいわい、がやがや”の井戸端会議だ。うるさいだけ。
その繰り返し。「わかった。もう勘弁して」だ。
容疑者の顔写真も何度も見せつけられる。悪い夢を見そうだ」。
一応、“容疑者”と表現しているが、完全に犯人扱い。
「いいのかなー。そんなもので」。
こうなるとあとは“ふて寝”しかないが、寝返りができないと首、肩、腰が凝る。特に腰が痛む。
『これが人生エンドレスで続くのか。どうして、こんな目に。もう勘弁して』。
橋本はいつものように心の中で叫ぶ。とにもかくにも初日が終わった。
橋本は肉体的、精神的にもくたくただった。
「はい。橋本さん。ご苦労様でした」。看護師に見送られ、透析センターを退出。
病棟に戻ると昼1時過ぎ。お腹はぺこぺこだ。用意されていたお昼ごはんを一気にかけこんだ。
この日、「あとは退院して家から通院してください」と主治医の飯村医師。
「了解しました」と橋本。翌日、退院した。
さて、その橋本。退院して自宅でゆっくり。いつしか夢の中。すると、「こんにちは」と玄関から女性の声。強引に夢の世界に割り込んできた。
「うん。どこかで聞いたような声だな」。
そんなことを思いながらも面倒なので“居留守”を決め込んだ。
ところがだ。「こんにちは。いるんでしょ」。その声はさらに大きくなり、ついには玄関を開けた。
至近距離だ。「あの声、だれだっけ。必死に思い出した」。
すると事もあろうに、「上るわよ」。“敵”は、すぐそこまで来ている。
そこで声の主がやっとわかった。
『おいおい。こんな日になんてこった。別居中の妻じゃないか」。
1年前に別居した妻佐和子が目の前にいるのだ。“敵機来襲”だった。
「ねえ。居るんでしょ。どうして返事しないのよ」。
目と目が合ってしまった。あいさつ抜きで“おこごと”だ。性格は変わってなかった。
「おまえ。ど、どうしてここへ」。橋本は怯え切っていた。
「娘から聞いたの。あんたが入院するときに、娘が保証人になったでしょ」。。
「そうだった。でも、お前が来るとは夢にも思わなかったよ」。
「それで、返事しなかったわけ」。
「勘弁してよ、もう。それで用件は」。
「まあ。そう急がないで。外は猛暑なんだから、冷たいお茶でもだしてよ。
「おれが・・・」。
「分った。私がやるわよ。どっちがお客さんだか」。
佐和子は“勝手知ったる”で、冷たいお茶を持ってきた。
「お前のお茶も久しぶりだな」。
「でさ。私たち別居して1年なの。でさ。これからどうするか、考えないと」。
「うん。そうだな」。
「あんたはどう考えてるの」。
「うん。急に言われてもな」。
(つづく)
小説『痛快!透析奮闘記』1 @ogitsucho127
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