第4話

小説『痛快!透析奮闘記』4

1、元気だったはずが、一転


「血糖コントロール」と「水分規制」の2つ。

これが入院で取り組むこと。

「これは、何だな。病院にいるからこそできること。自宅ではとても無理」。

まだ、こんなことを言っている橋本。状況はそう甘くはないのに。

その試練はすぐに訪れた。

「水が自由に飲めないのは入院中だけですよね」。

橋本は一番気になっていたことを看護師に確認。

すると、即座に、「いえ。先生から聞いてないですか。

退院してからもずっとですよ。一生です」。

無表情で悪魔のような言葉を発する看護師だった。

「ちょ、ちょっと待って。冷静になろうね」。冷静になるのは橋本の方。

「えーっと。確認しますよ。それは、退院して家にいても」。

「はい。そうです」。

『この看護師に情けはないのか』。いつものように心の中で叫んだ。

ショックだった。人生エンドレスで続くのか。 

「こりゃ大変だ。そんなこと、ありかよ」。落ち込む橋本。

   

このように当初、苦しいだけの入院生活だった。

それが2週間も過ぎたころから辛さにも慣れてきた。人間の対応力はすごい。

検査結果も幸い改善傾向だ。

腎臓機能だけは、クレアチニン値が相変わらず透析のボーダーライン5以上。 

食事、塩分・水分制限しても腎臓は悪化。

主治医の飯村医師は、「橋本さん。残念ですが、腎臓はもう限界です。

透析を始めた方がいいと思います。

透析は“じゃ、あしたから”というわけにはいきません。準備が必要なんです。

まず、3日後にシャントの手術をしましょう。透析に耐えられる太い血管を作るものです」。

「はい。お願いします」。橋本はもう“まな板の上の鯉”だった

シャントの手術は7月13日。部分麻酔での手術。午後1時、準備担当の看護師が来た。

「それじゃ、行きますよ」。

透析センター内の手術室に運び込まれた。手術台に乗るともうどきどきだ。

準備はすでに整っていた。

「それでは、これより橋本太郎さんの透析のためのシャント手術を行います」。

飯村医師が静かな口調で言った。手術台を囲んでいた看護師が、「よろしくお願いします」。

手術が始まった。

橋本はやや興奮していた。


手術器具の乾いた金属音、医師と看護師とのやりとり。

その“ライブ感覚”が興味深い。

「だれでもが経験できることじゃない。しっかり覚えておこう」。

時折、「橋本さん。大丈夫ですか」の問いかけ。小声で「はい。大丈夫です」。

しかし、いつしか睡魔に襲われ不覚にも熟睡してしまった。

そして、「はい。橋本さん、終わりましたよ。お疲れ様でした」。医師の声で目が覚めた。  

そのまま病室に戻った。看護師、飯村医師が次々と病室に。

「橋本さん。痛みはありませんか。ちょっと傷口診ますね」。

右肘の部分の大きなガーゼを取って診察。シャントに聴診器をあて、「はい。大丈夫ですよ」。

そして、2日後に早くも1回目の透析を行うことになった。

「そうか。いよいよ透析か」。     

透析初日は8月2日。


この日、目覚めた橋本は、右腕のシャントをじっと見つめた。。

確かに血管が太く浮き出て、“ドクドク”と力強く脈打っている。

「これから末永くお世話になります」。橋本はそのシャントに語りかけた。

朝食後の9時過ぎ。透析の準備が始まった。

看護師は淡々と右腕の針を刺す部分に麻酔効果のある小さなパッチを貼った。

そして、「橋本さん。紙おむつはどうしますか。一応付けますか」。

その言葉に橋本はたじろいだ。

「おむつですか。透析始まったらトイレはどうなるのかな」。

「担当の看護師に話してください。紙おむつを付ける人もいるみたいです。

「そうですか。じゃお願いします」。

とは言ったもののさすがに恥ずかしかった。

看護師はナースステーションから紙おむつを持ってきた。

「それじゃ、付けますよ」。有無を言わさず身体を反転させられた。

パジャマを引き下げられ、慣れた手つきでおむつを装着。

「はい。終わりましたよ」。

「はやっ。さすがだ。よし、これで万全だ」。羞恥心はどこかへ吹き飛んda.

透析センターに移動。

部屋に入ると透析センターの金成洋子師長が笑顔で迎えてくれた。

「橋本さん、きょうからですね。よろしくお願いします」。

「はい。こちらこそ」。

あいさつもそこそこに体重測定。このあとベッドに案内された。

ベッドは、左右2列で全20床。すでに多くの患者が透析を受けていた。

(つづく)



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