第3話

小説『痛快!透析奮闘記』3

1、元気だったはずが、一転


入院初日の夜は、自分でも驚くほど良く眠れた。快眠だった。

自分がいま、どこにいるのかも忘れて。

現実に戻されたのは朝6時だった。

「橋本さん、橋本さん。おはようございます。血糖値、血圧を計ります。

起きてください」。

橋本はまだ夢の中。身体を揺さぶられ、やっと“お目覚め”。

「ここは、どこだ」。

「橋本さん。ここは病院ですよ。昨日、入院したでしょ」。

「そうか。おれは入院したんだ」。

目の前の看護師は、やさしそうなベテラン。

「はい、はい。いま起きましたよ」と橋本。

ベテランは、にっこり。

体温、血圧を計り、「ちょっと血圧が高目ですね」。

そう言い残し、303号室を出ていった。

身支度をして朝食を待つ。朝食は8時だ。時間はまだある。

「寝るか」。得意の2度寝。

4人部屋にいまのところ2人。もう1人は歳のいったおじいちゃん。

ぐっすり寝込んでいる。

「橋本さん。白湯もってきました。200CC入れておきますよ。

薬の分、残してくださいね」。

今度は、新人らしい看護師が湯呑にお湯を注いだ。

反射的に、その湯呑をのぞき込む。

「ねえ。これだけ。これが200CC」。

「はい。そうです」。若い看護師は、屈託なかった。

がっくりだ。



“ガラガラ”。運搬車の音だ。ちょうど8時。

「はーい。橋本さん。朝食ですよ」。

担当者が、元気に朝食を運んできた。

「ありがとうございます」。

橋本はお箸を強く握りしめた。トレーの朝食に目をやった。

がく然とした。

家での、ごはんの半分ぐらいだった。

「えーと。名前がわからない魚。ポテトサラダに、おひたしか」。

これが噂のカロリー制限食。

「心していただきます」。でも、大好きな味噌汁がない、ない。

「そうか。塩分制限か」。

お湯も薬のことを考えると、一気には口にできない。    

「おかずが少ない。ごはんはそこそこの量だ」。

食べ始めると、おかずがあっという間になくなった。

「考えて食べないとな」。

そのおかずは薄味。「味噌汁がほしいな」。

ゆっくり味わう間もなく、ごはんもおかずも消えた。

「ごちそうさま」。

薬を飲むと200CC入った湯は空っぽ。

 


辛い1日のスタートだった。これといった治療はなかった。

ただ食事制限。塩分、水分量の上限があるだけ。伴い時間をもてあます。

そして、この入院生活。2、3日過ぎると苦しさが。

特に、長い夜が辛かった。

のどが渇いてどうしようもない。眠れない。

ベッドを離れ、廊下を歩く。気を紛らせるために。

「みず、みず」。夢遊病者のようだった。

ミニキッチンがそこにあった。当然、蛇口が。

ここを、ひねれば、水が出る。右手をかけた。でも、でも。我慢した。

ここで飲んでしまったら、きっと一気飲みだ。

700CCなんて軽くオーバーだ。検査結果に出てくるぞ。

最低の自制心はあった。

やっとの思いで303号室に戻った。

ベッドに滑り込む。

「お腹もすいたな」。悶々とした時間が流れた。

寝返りも何度、打ったことか。

同室のおじいちゃんが、気持ちよさそうに軽いいびき。

この経験が、夜間用にとできるだけ水を残すようになった。

ゆっくり安心して睡眠を取るための“魔法の水”だ。

ここで一句。

『こんなにも、のど乾きし長い夜

一滴の水に 命助かる想い』

(つづく)


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