勘違いして素直になれなかった女


「ねぇ、大人しく帰ってくれないかな」


 目の前の男が軽薄そうな笑みを浮べて言う。


「いやよ、明日私は私のバカを止めるのよ」


 そう明日私は幼馴染だった男の子『リョウ』から告白される。

 なのに私は素直になれずに告白を断ってしまう。

 酷い言葉と共に……。


 ずっと好きだったのに。

 小さな頃から一緒に育って色んな思いを共有して歩んできた何より大切で大好きだった人なのに。


 当時の私はのぼせ上がっていた。

 高校に入りリョウに女の子として意識してもらいたくてメイクやファッション、女の子らしい事をして自分を磨いていた。

 結果、リョウより先に周りにチヤホヤされだしたことで本来の目的を見失ってしまった。


 晴れて高校デビューしたことでカーストトップの人達と付き合うようになり自分もその位置に居ると勘違いした。


 だから高校に入っても変わらないリョウに苛立ちを覚えた。

 自分はリョウのためにこんなに頑張って綺麗になったのにと。


 そして私は彼の事を知らない内に見下してしまっていた。


 何で自分に相応しい男の子になってくれないのかと……。

 とんでもない自惚れである。


 ずっとあの時の自分をぶん殴って目を覚まさせたいと後悔していた。



 そして今そのチャンスがやってきたぶん殴る以上のチャンスが根本からやり直す事が出来るのだ。


 このチャンスを逃したらリョウは深く傷つき私とは絶縁することになる。

 そして中学からの知り合いだった友人『アヤ』に取られてしまう。

 いや、取られた思っている時点で傲慢だ。

 彼女は私のせいで傷ついたリョウに寄り添い心を癒しただけ、それが恋愛感情に繋がった。

 いわば私が二人の仲を意図せず取り持ったのだ盛大な自爆をもって。


「お願い邪魔しないで、このままだと彼は……」


 それだけならまだ良かったのだ。

 そう私からリョウが離れただけなら。


「うーん、でも君と彼だけやり直すなんて不公平じゃないかな?」


 確かにそうかもしれない。でも自分の幸福、いや大切な人間の幸福を願って何が悪いというのだろう。



「私はリョウに償わないといけないの、その為にはなんだってやるわ」


「はぁ、それが本当の償いになると思ってるの?」


「償うわよ、一生をかけてリョウを幸せにして見せる」


「本当に仕方ないなー。どうして人間は体感しないと理解しないんだろうね」


 彼はそう言うと私に手をかざす。

 瞬間私は意識を失った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 次に目を覚ますと私は放課後の教室にいた。


 目の前には幼馴染のリョウがオドオドしながらもハッキリと私に告げた。


「ミナちゃん。高校に入ってからは少しギクシャクしてたけどずっと好きでしたこんな僕だけど付き合って下さい」


 今なら分かる単純だけどリョウの精一杯勇気を出した告白。


 好きだったくせに告白する勇気も無かった私より何倍も凄いことをしたのに、何であんな酷いことを言ってしまったんだろう。





◇◇


 あの時の私は嬉しかったくせに、もっと自分のいる位置に来てほしくて私は心にもない事を言ってしまった。


『ねえ、リョウ今のアンタが私に釣り合うと思ってるのタダの幼馴染が勘違いしないで。私と付き合いたならせめてタクマ位にはなってもらわないとね……それじゃあ私はそのタクマと約束してるから、今度話しかける時はもう少しまともになってから話しかけて頂戴!』

 

 本当はただのクラスメイトでしかなかった同じグループのタクマっていうイケメンの男子を引き合いに出して振った。リョウには悔しさをばねに駆け上がってきてほしかったから。


 ……なんていう思い上がった勝手な考えだったんだろう。



 私は知っていたはずなのに確かにリョウは引っ込み思案で遠慮がちだった。そんな彼が幼馴染という心地よい関係を壊すかもしれない覚悟で私に告白してくれたのかを…………覚悟が足りず踏み出せなかった私が一番分かっていたはずなのに。


 よりにもよって私自身がそれを簡単に踏みにじった。



 リョウの常に周りに気を配ってくれる優しいところ。

 いつも私を心配して関心なところで私を助けてくれていたこと。

 進学した高校だって当時の私では合格か難しったのにリョウが一緒に勉強を見てくれていなかったら合格できたのに。


 そんな見た目ではなくリョウの内面が大好きだったはずなのに、私は自分の見た目が良くなっただけで天狗になり、よりにもよって外面だけで見比べるような事を言ってしまった。


 結果としてリョウからすれば信じていた私に断られるだけならまだしも心無い言葉を浴びせられ酷く傷ついただろう。


 少し考えれば分かることだったのに、それを知ったときにはもう遅かった。

 私の勝手な思いで傷ついたリョウに寄り添って助けたのは他ならぬ中学からの友人だった『アヤ』だった。


 アヤは私を責めた。

 アヤは私の思いを知っていた。

 知っていたからこそ尚更私の行動が許せなかったのだろう。


 応援してくれていた私とリョウとの関係を『もう応援しない』と言われた。

 自分の気持ちを優先すると言ってリョウの事が好きだと告げられた。


 愚かな私は自分のことを棚に上げ怒ってアヤとそのまま喧嘩別れした。


 そのくせ私は気まずくなってリョウにも謝ることが出来ずにいた。

 そうしてグズグズしているうちにリョウとは昔馴染みの赤の他人みたいな距離感になってしまっていた。


 そうなって私は初めて事の重大さに気付くとリョウに必死で謝った。


 彼は困った顔で私を見ると言った。


「僕はタクマ君のようにはなれない。だからミナちゃんの期待には答えてタクマ君のような恋人になることは難しいんだよ、僕は僕だから。そして本気で好きだったからこそ簡単に気軽い幼馴染には戻れない。僕はそんなに器用でもないんだ」


 彼は頭を下げると逆に謝られた。

 私の期待に答えれなくてゴメンと。


 私は必死に弁明した。

 いかに私もリョウの事が好きだったのか熱心に伝えた。


 それでも彼の表情は困ったままでハッキリと告げた。


「あの時その言葉を聞ければどんなに良かっただろう。でもねもう無理なんだ。ミナちゃんへの思いはもう壊れてしまったから、どんなに言葉で繋ぎ合わせても歪なまま元には戻らない」


 そう分かっていたはずだった。

 幼馴染という関係を壊す覚悟の告白を真摯に返しもせず傲慢な態度で返した私にリョウだって思うところがあったんだと。


 何でリョウだけは変わらないなんて思い込んでいたんだろう。


 リョウはいつだって優しかったけど特別じゃないあんな態度の私にきっと失望しただろうし、怒りもしたかも、そして最後は諦めたんだろう。


 みんながみんな好きだという理由で思い続けて頑張れるわけではない、好きだからこそ絶望し諦める人間だっている。

 その時の私はそんなことも分かっていなかった。

 自分が同じ立場になって初めて気が付いたことだから。


 そしてあの日まで私は諦めの日々を送ることになった。




◇◇


 脳裏に蘇る過去の記憶。

 しかしその記憶は今ここで塗り替えられる。


 私はリョウからの告白を受け、自分も昔からリョウのことが大好きだったと告げた。


 あの時見せた表情とはうって変わてた満面の笑みを浮かべるリョウ。彼のこんな顔を見るのはいつぶりだろう。


 私も釣られて笑顔になると、そのまま分かれ道まで仲良く手を繋いで家へと帰った。


 家の前ではあの男が待ち構えていた。

 私は目的が達成されたので心置きなく元の時間へと戻った。





 元の時間へと戻ると私の中に知らない記憶と今までの記憶が混ぜ合わせになり今の自分へと結びつく。


 目の前のリョウが心配そうに話しかけてくる。


「ミナちゃん大丈夫?」


「うん大丈夫。それより、ちゃん付けは止めなよ。もうすぐ私達結婚するんだよ」


 そうあの後私とリョウは交際を続け同じ大学へと進み、同じ会社へと就職し、今年晴れて結婚する運びとなっていた。


「なんというか長年の呼び方を直ぐには変えられないよ」


 そう言って困り顔で笑ってくれる。


 今は式場との打ち合わせが終わり、カフェでちょっと休憩タイム。

 人と待ち合わせをしているところだ。


「ゴメンねミナ遅くなっちゃって」


 高校のときの可愛らしい印象からすっかり綺麗な出来る女風のスーツに身を包んだアヤがやって来る。


 リョウと付き合った後もアヤとは親友でいられた。

 あの時の記憶が戻った今なら分かる。

 アヤもリョウのことが好きだったはずなのに祝福してくれた上に親友のままでいてくれた。


 私としては多少の負い目はあるがあのまま行けば結局アヤもリョウを失うことになっていたのだからと自分を納得させる。


 今日は私とリョウ、アヤと3人で久しぶりに飲む約束をしていた。

 そのまま行きつけの店に向かい昔話や今の話題、会社の愚痴などこぼしながら楽しく飲んだ。


 そしてその帰り道それは起こった。


 状況はまるで違うがその場所はリョウが私を庇って事故に巻き込まれた場所と全く同じ場所だった。

 違うことと言えば以前の私はたまたまそこに居合わせただけだったが今は仲良く3人で歩いていた事。

 そして私の立っていた場所に今はアヤが立っているという違いだけだった。


「危ない!」


 分かっていた筈なのに私は動けずあの時と同じようにリョウは老朽化して落ちてきた看板から身を呈して守ってくれた。


 私ではなくアヤを。


 私は呆けたままで、気付いた周りの人が救急車を呼び瓦礫の中からリョウとアヤを助け出してくれた。



 頭が追いつかないまま一緒に救急車へと乗り込む。


 治療を終えた医者から診断結果を受ける。


 あの時と全く一緒で頭を強く打ったことで脳に損傷を受け意識がいつ戻るか分からない状態であると。


 アヤの方はあの時の私と同様に軽症で済み検査入院だけで済んだ。


 リョウは3ヶ月経っても目が覚めず。

 植物状態だと判定された。


 アヤには泣いて謝られた。

 頭ではアヤが悪いわけでは無いと分かっていたのに感情が追いつかず酷い口調で罵ってしまう。


『なんでアンタを庇ってリョウが傷付くのよ、お願いだから私のリョウを返してよ』と。


 単なる八つ当たりだった。

 そして言って気付いたあの時私が言われたことと同じだと。


 なんてことは無かった立ち位置が変わっただけで結果は変わらなかった。私が彼女になったところでリョウを幸せにすることなんて出来なかった。


 過去をやり直しても私がしたことに意味なんて無かったと知らされた。


 私はあの時と同じようにフラフラと何かに誘われるように病院の屋上に上がる。

 転落防止用のフェンスを乗り越えると風が押し返そうとするかのように吹く、それでも私は風に逆らうようにして身を投げた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「どうやっても変わらないんだね」


 彼女は涙を流しながら諦めたように言う。

 僕は黙って頷く。


「なら今度は……今度は助けられる瞬間に戻ったら」


「君は助けられた事を後悔しているわけではないだろう」


「…………」


 その問いに彼女は答えない。答えてしまえば認めることになるから助けられたことを喜んでしまったらそのせいで意識を無くし植物状態になってしまった彼に申し訳がたたないから。


「ねえ、もう一度聞くよ償いって過去を良いように変えることなのかな?」


「…………分かってる。私は逃げたかっただけよ」

 

 助けられたことによって好きだった彼が不幸になった。

 自分のせいで不幸にしてしまったその罪悪感から逃れたかったという所だろう。


 だけどそれは彼女の責任ではない。


「正直に言えば僕は君に罪があるとは思えない」


 ただ単に過去の負い目から自分自身をそう思わせてるだけに見えた。


「それも分かってる……もういいわ……意味がないのなら元の時間に返して」


 彼女は俯き項垂れる。全てを諦めた感じだ。


 僕としては大人しく帰ってくれるなら問題ない。

 気が変わらない内に送り返す事にする。


「それじゃあ二度と会わない事を願ってバイバイ」


 彼女は終始無言のままで僕はそんな彼女を手を振って送り返す。後はいつものように処理を済まして完了だ。


 それにしても本当に大人しく帰ってくれてよかった。

 彼女の思いの強さは尋常ではなかったから上手く挫く事が出来て助かった。

 だいたいそんな思いの力を持っているのならそれを活かすのは過去を改竄する偽りの行為なんかであってはならない。


 それに気付けばひょっとして……。


 まあ、こればかりは僕の管轄外だ。

 

 兎に角、今日の仕事も無事に終わった。

 あとは安い日給に見合ったご飯を調達するだけだ。

 そろそろタイムセールのシールが貼られる頃あいだ上手く行けば5割引きすらある。

 僕は期待に胸を膨らませて馴染みのスーパーへと足を向けた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目を覚ますと泣いている両親の顔が見えた。


 少し離れたところで疎遠になっていたリョウの両親も心配そうに私を見ていた。


 しばらくは体が動かせなかったが屋上から落ちたにしては偶然が重なり軽症で済んでいたので直ぐに動けるようになると直ぐにリョウの病室に向った。


 残念ながら奇跡は簡単に起きておらずリョウは変わらない姿で横になっていた。


 しばらくボーっとリョウの事を見つめているとリョウのお母さん、ミクさんが病室に入ってきた。


 私だと気付くと寂しそうな表情で気に病まないでと慰めてくれた。


 私が退院するまで何度かそのようなやり取りをしているうちに少しづつだが昔と同じように接する事が出来るようになってきた。リョウと仲が良かったときは自然と話が出来ていた間柄だったのに……本当に私はバカだ。


 退院日が近づき私はどうしても気になった事があったのでミクさんに尋ねてみた。


「あのミクさん。アヤ……リョウの彼女はどうしたんですか?」


 私の問いに少し驚いて、やっぱり寂しそうな顔を見せるとミクさんは話してくれた。


「あの娘はこんな姿になったリョウでも側にいてくれると言ってくれたの。本当に良い子だわ……でもね、だからこそあの子にはもうリョウには会わないように伝えたの新しい道をお進みなさいってね。凄く泣いてたけど最後は受け入れてくれた」


「はい、アヤは本当に良い友達で私はそんな友達に酷いことを言って喧嘩して、大切な人を奪って、私何してるんだろう」


「あの事故は貴女のせいじゃないわ、だからあんなバカなこと二度としないで、貴女を助けたリョウの行動を無駄にしないでお願いだから」


 ミクさんが私の手を取りお願いする。


 本当に私はバカだミクさんにここまで言われて初めて気付くなんて。そうだ私の命はリョウがこんな目にあってまで救ってくれた命なんだ無駄にして言い訳がない。


「はい、済みませんでした。リョウに助けてもらった命を二度と無駄にしようとはしません」


 しっかりとリョウのお母さんの目を見て誓う。

 ミクさんは少し安心ししたように笑うと


「良かった。これなら退院しても大丈夫そうね。今は辛いかもしれないけど貴女も幸せにならないと駄目よ」


 ミクさんはまるで本当のあ母さんのように優しく私を諭してくれた。


 だから私は私の幸せのために頑張り続けることを誓った。



 私は退院して直ぐに仕事を探した。

 幸いなことにそこまで給料は高くないが事務職が見つかり就職した。昼だけではお金が厳しかったので夜もバイトを入れた。リョウに話せないような仕事はしたくなかったので稼ぎは良いが水商売は選ばなかった。


 週末はリョウの病室に行き時間が許す限り話をした。

 もちろんリョウは返事をしてくれるわけではないので私が一方的に話すだけだ。


 最初はリョウと離れた後の私のことを話した。


 リョウを忘れるためにタクマと付き合ったが手も握れない内に別れてしまったこと。


 男子から告白されるたびにリョウと比較してしまい受け入れられなかったこと。


 リョウの事が忘れられず一浪してまで同じ大学に進んだこと。


 リョウ達が卒業したことで目的がなくなり卒業が危ぶまれたこと。


 振り返って自分がこんなにストーカー気質だったと改めて分かって謝っておいた。

 

 しばらく通っているとミクさんからはアヤに言ったことと同じような事を言われた。

 しかし私はリョウに助けられた事を盾にとりリョウに償い続けることを伝えた。

 最初は何度も説得され治療費として渡したお金も受け取って貰えなかったが最後は諦めたのかリョウが困ったときに見せる笑顔とよく似た表情で受け入れお金も受け取ってくれた。




 それから5年の月日が流れた。


 相変わらずリョウが目覚めることはなく私は変わらず病室に通い続けていた。


 私はいつものように日々の何気ない話をする。


「リョウもうすぐハロウィンだよ。次はクリスマスあっという間に月日が経っちゃうね」


「それからね。私プロポーズされちゃった…………って驚いたかな? 本当は同僚の人に結婚を前提で付き合って下さいって言われただけだよ。でも断っちゃった私には大切な人がいますってね」


 私はリョウが目覚めるまでは恋人はおろか結婚なんてするつもりはなかった。仮にもしリョウが目覚めなくても一緒におじいちゃん、おばあちゃんになる覚悟だって出来ていた。


「…………………………だっ、だれ……大切な……ヒト…………って」


「えっ」


 もう直接声が聞けなくなって何年も経つのに聞き覚えのある声が確かに私の耳に届いた。


 待ち望んでいた瞬間なのに感情が追いつかずただ涙が勝手にあふれ出しみっともなく鼻水をすすりながら急いでナースコールを押し病院スタッフを呼ぶ。


「ふっふっ……ひっ……どい……かお」


 リョウが確かに私を見てかすれ声で言った。


 慌てて駆けつけた看護師もその状況に驚いて医師を呼びに戻る。知らせを聞いた担当医がすぐに駆けつけてくれた。


「ぐしゅ、ミクしゃん、呼ぶから、大人しくけんしゃ受けてなさい」


 涙が止まらず鼻ずり声でミクさんを呼ぶために電話を掛けてリョウが目を覚ましたことを伝える。


 最初は泣き声と理路整然としない私の説明に戸惑っていたミクさんも状況をようやく理解しこれから病院に向かうとからと電話を切った。



 私は再度気持ちを落ち着けると涙を止める。

 そしてもうひとり連絡をしないといけない人物に電話を掛けた。


「もしもしアヤ?」


「うん、久しぶり何のよう?」


「良い報告なんだ聞いて…………リョウが目を覚ましたよ」


「えっ、本当にそんな……よかった、ほんとに良かった」


 電話越しで涙ぐむ声が聞こえる。


「それで、こっちに来れそうかな?」


「…………ゴメン、それは無理」


「どうして、リョウが目を覚ましたんだよ」


「うん、それは本当に嬉しいでも……ねえこれから時間ある?」


「えっ、ミクさんが来れば後は任せれるからそれからなら」


「ありがとう、じゃあここに来てくれる」


 そう言ってアヤからお店の名前と住所を教えてもらい電話を切る。


 ミクさんが無事病院に到着し泣きながら一緒に喜ぶと、後を任せてアヤに会うために指定の場所に向う。


 お店はオシャレなカフェでアヤが好きそうな雰囲気だった。


 お店に入るとアヤは先に来ておりこっちに手を振る。


 手を振るアヤは長かった髪をショートに変えていた。

 そして何より目立ったのは大きなお腹だった。


「ゴメンね、わざわざ来てもらって」


「こっちこそゴメン。アヤがその……妊娠していたなんてしらなくて」


「うん、ちょうど一年ほど前かな結婚したんだ」


「……そうおめでとうで良いんだよね」


「うん。ありがとう旦那は優しくて良い人だよ、どことなくリョウ君に似ているかも」


 そう言ったアヤは少し寂しそうに笑った。

 私はアヤを責めるつもりなんてなかった。


「そっか、ちょっと余計なお世話になっちゃったかな」


「そんなことない、リョウ君が目覚めたって聞いて本当に嬉しかった。教えてくれて良かった。あんな酷いことを言ったのにありがとう」


「いいの私も同じ立場ならきっと同じことを言ってたわ」


 そう実際にもう一つの未来では私がアヤを罵っていたのだから。


「そう。でもあれはただの八つ当たりだったゴメンなさい」


「だから、もういいって」


「それでリョウ君は?」


 自分も大変な身なのにリョウのことを心配そうに尋ねる。


「意識が目覚めて会話も普通に出来てる。記憶もちゃんとあるみたい」


「そっか」


 アヤが嬉しそうな、それでいて辛そうな複雑な表情を見せる。


「うん、だから安心していいよ。アヤのことはさすがに言えないね。もう少し落ち着いて話せるようなら話してみるよ」


「ありがとう。高校の時、ミナにあんな偉そうな事言っておきながら、結局私はリョウ君の側から離れた」


「……それは仕方ないよ」


 私だって知っている好きだけでは頑張れないことを……辛い現実に諦めてしまうこともあることを。


「最後はミナの粘り勝ちだね」


「そんな、私はリョウと付き合うには相応しくない。きっと今でもリョウはまだアヤのことが……」


「それこそ私は相応しくないわよ、私は待てなかったいつ目覚めるか分からないリョウ君を信じることが出来なかった。だから他の男の人と結婚した」


 自嘲気味に語るアヤ。でもアヤだって悩んだに違いない、もう私達は高校生の時のように思いだけでしがらみなく恋愛出来る年代ではない。

 社会人として自立しながら生きて行かないといけないのだ。

 その中で好きな人に似ていて優しい人物に会ったのなら、そこに惹かれて何が悪いのだろう。

 ましてや好きな人が永遠に戻らないかもしれない状況において……。

 だからこそ、側にいただけの私なんかがリョウ君の側に相応しいとは思えなかった。


 そんな事を考えていた私に痺れを切らしたアヤが呆れたように告げる。


「ふぅ、またあの時と同じことをするの? 自分の気持ちを誤魔化してリョウ君にだけ重い決断をさせて踏みにじる」


「嫌もう絶対にそんなことしない」


「なら、貴方から動きなさい。ミナは私が出来なかったあの辛い状況を今まで耐え抜いたんでしょう。リョウ君の為に頑張ったんでしょう。少しは自信を持ちなさい。あなたの思いは本物よ!」


 そう言ってアヤは笑って私を送り出してくれた。



 リョウが目覚めて一週間は検査と強い刺激を与えないよにと配慮され会うことができなかった。


 そして翌週、完全に目覚めたリョウと対面する。


 今まで気兼ねく一方的に話しかけていたのに凄く緊張していた。リョウと面と向かって話すのは高校の時依頼だからだ。


「あの、目が覚めて良かったよ」


「うん、ありがとう」


「それからね。ゴメン……アヤのことなんだけれど、れっ連絡が取れなくて」


 私の嘘にリョウが困った顔で笑う。


「ずいぶん嘘が下手になったね」


「えっ、何を言ってるのよ」


「あの時はすっかり騙されたのに」


 リョウが言っているのは高校の時のことだろう。


「うん、あの時は素直になれずにゴメン。でもどこかにリョウの事をそう思っていた気持ちがあったんだと思う」


「うん。だから僕も見抜けなかった。今振り返れば青春時代のほろ苦い思い出だよ」


「ぷっ、何それリョウってたまに台詞のような言い回しするよね」


「えっ、そうかな自分では気付かないものだね」


 リョウがとぼけるように言うと私が笑う。まるで昔に戻ったかのように気兼ねく話が出来た。


「そのアヤのことなんだけど……」


「うん、僕の置かれていた状況は分かってる。5年はさすがに長いよね」


 リョウが何かを振り返るように目を瞑る。


「ゴメンね……私なんかで」


 リョウは私の言葉に首を振る。


「…………ずっとさ、声は聞こえてたんだ」


「えっ、うそ」


「本当、日にちの感覚はなかったけど気付くとミナちゃんの声が聞こえてた。昔の事、何気ない日常の事、そして最後にいつも謝って泣いてた」


「なっ、泣いてないもん。泣いたのはたまにだもん」


「ふふっそうかもね。でも先週ミナちゃんがプロポーズされたって聞いて驚いた。このままではまたミナちゃんが離れていってしまうと焦ったんだ」


「もしかして目覚めた切っ掛けって……」


「多分そうだと思う」


 目覚めの切っ掛けが私のちょっとしたイタズラだったなんて少しショックだった。どうせならキスで目覚めさせるとかロマンチックな展開もあっただろうと自分にダメ出しをする。


「はぁ、私って本当に何というか締まらないわね」


「そうかな。僕は嬉しかったよ」


「なにがよ」


「ミナちゃんがずっと側にいて続けてくれたこと。おかげで自分の気持ちに気付いたよ」


「あー、ちょっと待った。それ以上は言わないで」


「どうして?」


 リョウはいつも見せる困った顔で尋ねる。


「今度は私が告白する番だから」


「えっ!?」


「リョウ聞いて。私はあなたの事が小さな頃からずっとずっと好きでした。バカやってあなたが離れた後もずっと後悔して思い続けてた。あなたに助けられて色々あったけど私だけは好きって気持ちだけで頑張ろうって決めた。私の原動力はリョウを思うその気持ちだから……」


「うん」


「だからこれからもずっと好きでいさせて下さい。愛してますリョウ」


「ありがとうミナちゃん。今の僕は確かに君のことが好きだ。あの時の気持ち以上に今の君を間違いなく愛してる」


 私は紆余曲折してようやく繋がった気持ちで胸一杯になりリョウに歩み寄って抱きしめ、抱きしめ返される。


 そっと体を離し感極まった瞳からは勝手に涙があふれる。


 そんな涙を流す私を困った笑顔でリョウが見る。


 それが何より嬉しくてまた涙があふれそうになるのをリョウの指がすくいあげる。


「ミナちゃんはすっかり泣き虫になっちゃったね」


「誰のせいだと思ってるのよ」


「僕のせいだね。ありがとうミナちゃんずっと待っててくれて大好きだよ」


 リョウはそう言うとそっと私の唇にキスをしてくれた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ふぅ、僕は一息吐くどうやら彼女は大丈夫なようだ。


 過去で彼女を追い返した後、上からの命令で彼女が監視対象になった何でも特異点となり得る人物だったようだ。


 それが今なくなったと上から一方的に連絡があった。


 まあ監視対象といっても常に張り付いてるわけでもなく手を貸すわけでもない。ただ時折起こり得る外部からの干渉を阻害し余計な事に巻き込まれないようにすることだ。


 それでも僕からすれば手間の割には食費が一食分浮くぐらいのメリットしかないのだから本業以上に割に合わない。


 なので彼にはとっとと起きてもらって彼女とくっついてもらった。これで皆ハッピーだ直接干渉したわけでもないからお咎めもないだろう。


 

 それより今日は特売日なのだからグズグズしてられない。

 僕は急いで馴染みのスーパーマーケットに向かうのだった。

 


 



 

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アンチタイムリープ 〜タイムゲートキーパーの僕は毎回やって来るタイムリーパー達にうんざりしてます〜 コアラvsラッコ @beeline-3taro

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