アンチタイムリープ 〜タイムゲートキーパーの僕は毎回やって来るタイムリーパー達にうんざりしてます〜

コアラvsラッコ

幼馴染が寝取られた男


 僕には力があった。

 それに伴い使命も付きまとった。

 この世界の秩序を維持する役割だ。


 それで僕が崇高な存在かといえばそうでもない。  

 僕が死ねば次が生まれる。

 いくらでも代用がきく軽い使い捨ての存在。

 それなのに世界を維持する役目を負わせれた完全に割の合わない使命に従う世界の駒。


 今日も僕は使命に従い自分勝手に未来を改竄しようとするタイムリーパーを追いかける。


 今回のターゲットの彼、今は高学生だが大切な幼馴染がたちの悪い男に引っ掛かり身を持ち崩すのを防ぎたいらしい。


 彼からすれば大切な幼馴染を救いたいだけなのだろうがそれが必ずしもそれが幸せな未来に繋がるとは限らない。

 僕は彼を追い詰めると、平和的に先ずは会話による説得を試みる。


「大人しく元の時代に帰らないかい?」


「どうして俺が未来から来たと分かった」


「僕にはそれが分かる力がある。それだけだよ」


「……頼むあと一日だけ待ってくれ、そうすればアイツをあのクズから救うことが出来るんだ」


 彼は必死に懇願するが恐らくは自己満足の形に終わるだろう。


「本当にそれで彼女を救えると思うのかい?」


「ああ、明日を乗り越えれば俺はアイツをかならず幸せにして見せる。だから明日なんだ明日さえなんとかすれば」


 彼も多くのタイムリーパーと同じで自分が最も後悔している選択時期に戻っているのだろう。

 きっと元の時代であの時こうしてればその幼馴染を幸せに出来たのにと強く後悔したのだろう。


 だけど僕は知っている思ったほど人生は思うようには動かないと。


「本当にそうかな?」


「何が言いたい?」


 彼が敵意を剥き出しに僕を見る。よほど幼馴染が大切なのだろう。


「それじゃあ、特別に僕の力で先の未来をちょっとだけ見せてあげるよ」


 僕は彼の額に向けて手をかざし彼が改変した結果の未来を見せてあげることにした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺はただ大切だった幼馴染である北条茜音の惨めな現状を変えたかった。


 高校2年のとき俺がヘタレだったせいでその時付き合っていた幼馴染は部活の先輩と浮気し、それが原因で分かれることになった。


 それだけならまだ後味が悪いが俺の失恋ですむ話だった。ところが幼馴染の浮気相手だった先輩がたちの悪いクズだった。

 顔の良さを活かし女を食い物にしてきた男で、まんまと幼馴染もそれに引っ掛かってしまった。

 好きなように体を弄ばれ、卑猥な映像を取られ、時には仲間内に貸し出されもしていたらしい。

 高校を卒業しても変わらず茜音は先輩のおもちゃにされ父親が誰かもわからない子を身籠ってしまう事にまでなった。

 その時茜音は捨てられると思い隠したらしく、その結果堕ろせる時期を過ぎ産むしかなくなると面倒だからと呆気なく捨てられた。


 もちろん両親にもバレ大学は中退しシングルマザーとして子供を育てていたが娘の有様と周囲の影口からくる精神的ストレスから父親が認知症の傾向を見せ始め。夫と娘と孫の世話に疲れ果てた茜音の母親は自殺未遂を起こし精神科に通っている惨状だった。



 それを知ったのは大学を卒業した時に偶然茜音と出会ったさい疲れた表情で話してくれた。


 現状を話す茜音は本当に辛そうで、あの時の事を泣いて謝られた。

 俺という彼氏がいながら浮気したこと、浮気した原因も教えてくれた。


 その時茜音は幼馴染から恋人になったのにも関わらず変わらない距離感に焦りを感じていたらしい。

 もっと恋人同士がするようなことをしてみたいが雰囲気的にもどうすれば分からず悩んでいたところに部活の先輩だったクズが相談に乗ってくれたらしい。

 

 最初は練習と称して軽いデート的なものから始まりだんだん本当のデートのようになっていき雰囲気に流されキスをするようになり、気付いたらお互いに体を重ねる関係にまで発展してしまったとの事だった。

 それでも気持ちは俺の事を好きだったが俺に浮気現場を見られたことで初めて自分が裏切っていることを自覚し汚れた自分では俺の元に戻れないと思い俺と別れてあの先輩と付き合うことにしたらしい。


 それを聞かされたとき俺は酷く後悔した。

 茜音の言う通りあの時期は俺も茜音と恋人としてどう接すれば良いか分からずつい前と変わらない態度で接していたからだ。

 それが茜音の不安を煽ることになるなんて思ってもみなかった。


 そしてその事が切っ掛けで茜音が不幸な人生を送る事になるなんて微塵も思っていなかった。


 確かに裏切った茜音は許せないが長年一緒にいた幼馴染が不幸になるのはもっと許せなかった。

 あの時、俺がヘタらず茜音を繋ぎ止めておけばと強く後悔した。


 そんな思いのまま、帰りがけに寂しそうに背を向けた茜音を見送ろうとしたその時、一台の車が俺達のいる方向に突っ込んでくるのが見えた。

 俺は咄嗟に茜音を突き飛ばし何とか逃すことが出来たが俺はそのまま車にひかれて全身を襲う強い衝撃と痛みで意識を失った。




 そして何故か高校時代に戻っていた。

 それと同時に当時の記憶が鮮明に蘇ると気がついた。

 今日はあの運命の分かれ道になった高校2年の夏の前日だということに。


 明日はあの運命の日。茜音があのクズと親しくなる切っ掛けになった日だ。それを断ち切って放課後を乗り切れば茜音はずっと俺の側にいてくれる。


 しかしその日何故か俺が未来から来ていることを知る男に邪魔される。

 その男は俺に大人しく元の時代へと帰れと促すが俺の熱意に負け一日だけ待ってくれることになった。


 結果、茜音は放課後あのクズと話すこともなく俺と仲良く一緒に帰ることが出来た。


 俺は茜音を幸せにできた事を確信してあの男の手で元の時代へと帰った。






 元の時代へと戻り改変された世界の記憶が一気に俺の中に流れ込み統合され俺は完全に今の時代の俺へと戻る。


 この世界の俺と茜音は同じ大学に進み大学を卒業すると同時に籍を入れ結婚した。俺も大手企業に内定が決まり茜音も妊娠していたことが分かりタイミング的にも良かったからだ。


 そして俺は無事に内定していた会社に入社し、会社の方針で3日間の泊まり込みの新人研修に参加していた。

 しかし施設の都合で3日間の泊まり込みの予定が急遽変更になり2日で切り上げことになってしまった。

 その時俺はイタズラを思いつき茜音をビックリさせるために花と茜音のお気に入りのケーキを買い転居したばかりのマンションへと帰った。

 

 そして家の扉を開けた瞬間見慣れない男物の靴が目に入った。

 嫌な予感を振り払いながらも音を立てないように寝室へと近づく。


 そして中からは嫌な予感を裏付けるように男と女の声が聞こえてきた。


「へっどうだ、やっぱりあんなヘタレより俺の方が気持ちいいだろう」


「あん、アンタなんか体の相性が良いだけなんだから私が愛してるのはコウ君だけよ」


「この3日間喘ぎまくってたのはどこのどいつだ。今だって自分で腰を振ってるじゃないか」


「だって、気持ち良いんだもん。これやられたらクセになるにきまってるじゃない。しばらくお預けだし楽しまないと」


「ははっ、アイツも災難だなこんな淫乱な女を嫁にするなんて」


「何言ってるのよ、私とコウくんは幼馴染で堅い絆で結ばれてるんだからアンタみたいな体だけの関係とは違うのよ」


「けっ、どの口が言ってやがる。だいたい腹の子だって俺がしっかり仕込んだ種だろうが」


「ちがう、ちがうもん、この子はコウ君との子だもん」


「嘘つけ、アイツとはしっかり避妊してやってるって自分で言ってたじゃないか」


「ちがう、一度だけ中で破れた事があって」


「白々しんだよ、もうその時は出来てたんだろう。多少の誤差なんてバレないって自慢してたじゃねえか」


「ちがう、たとえ種がアンタでも立派にコウ君の子供として育ててみせるんだから」


「つくづくコウのやつは不憫だな。まあ俺としては責任取らなくて済むから気楽に楽しむだけだかな。ほれまた出してやるから受け取れ」


 男の荒々しい声と同時に聞き慣れた茜音の声で女が嬌声をあげる。


 俺はただ目の前で起きている出来事を信じられずその場で呆然とたちつくす。


 中で聞こえる楽しげな声にようやく怒りの感情が湧きその場で乗り込むと証拠の写真を取る。


 茜音の浮気相手は大学時代の同級生だった友人で、遊び人で有名だったイケメンの男だ。

 茜音も最初はそいつに声をかけられたが俺と付き合ってるとハッキリ断ってそれ以来言い寄ることもなく俺とも普通に友達付き合いしていた。


 しかし実際は大学三年の頃から体の関係になり、今の今まで続いていたと泣きながら茜音が白状した。ちょうど俺が将来に向けて就活を始めたりで忙しくしていた頃だ。


 茜音は何度も涙を流しながら謝ってきたが俺としてはの浮気を許すことが出来ず茜音と浮気相手に慰謝料を請求し子供も俺の子ではないと鑑定ではっきりさせ離婚した。


 あの日を乗り越え俺と茜音は幸せになるはずだったのにどうしてこうなった?


 そんな思いがずっと頭を巡る。

 確かに茜音は元々の時系列よりはまだマシになったかもしれない。

 だが俺はどうだ茜音の為に努力した結果が再度の裏切りだ。こんな事なら過去に戻ってやり直しなんてするべきじゃなかった。


 あの男の言うとおりだったと激しく後悔しながら俺は喪失感を抱いたままフラフラと誘われるように車の往来が止まない道の真ん中に飛び込んで行った。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「目が覚めたみたいだね」


「嘘だ、あんな未来嘘に決まっている」


「どうしてだい?」


「俺と茜は幼馴染みで凄く信頼し合ってて」


「でも男の口車に乗って簡単に裏切った。積み重ねてきた信頼などなかったかのように、一度目も二度目も……違うかい?」


「…………」


「人というのは中々変わることが出来ないものだよ、余程大きな切っ掛けがない限り。明日起こる出来事は彼女に取って大きな切っ掛けになるかもしれないが、その切っ掛けを奪えば彼女は変わることはない。もう一つの未来、ある意味あれが彼女の本質だよ」


「…………なあ、元の時間にもどったとして俺は死んでるのか?」


「いや、タイムリープしている時点で君は間違いなく生きてるよ死んた者は時間を逆行出来ないから」


「そうか、なら安心だ俺を元いた時間に戻してくれ」


「フフ、手荒な真似をせずに済んで助かったよ。そんな素直な君に助言だ。変えるなら過去より未来だと思うよ、そこには僕みたいな邪魔者はいないだろうから……じゃあねもう二度と会うことはないだろううけどバイバイ」


 僕は手を振って未来の彼の魂を見送ると一時的に意識を失った現世の体に干渉して僕とやり取りした記憶を消す。


 これで今日も世界の秩序は維持できた。

 これだけ力を行使して頑張っても見返りは日給8000円のブラック企業だ。

 僕は取り留めもなく今日の夜食は何しようかなど考えながら安アパートへと帰路についた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 目が覚めると共に全身に痛みが走る。

 白衣を着た男性と淡いピンク色の制服を着た看護師さんが俺を見ていた。


「良かった気づいたようだね」


 俺はあの時の状況を思い出し直ぐにここが病院だと気がついた。


 体は痛むが意識はハッキリしており医師と思われる男性に説明を求めた。

 彼が言うには派手に車にはねられた割には数カ所骨折しただけで済み命に別状はなかった。ただ意識が戻らず3日間目を覚まさなかったそうだ。


 その後直ぐに両親も駆けつけてくれ、入院中は事故の後処理や加害者との交渉など間に立ってくれた。


 茜音も毎日のようにお見舞いに来ては泣きながら助けてくれたことを感謝していた。


 そして俺はそんな茜音に対しなんの気持ちも抱くことは無かった。

 事故の前はいたたまれなく感じていた悲しそうな表情や辛そうな表情を見ても、もう何も思うところがなく今までの俺からは考えられない冷めた目で茜音を見ていた。


 そして退院の近づいたある日。

 茜音から突然告げられた。


「私やっぱりコウ君の事が好き。前は裏切ってごめんなさいもう絶対に裏切りません、だから私ともう一度付き合って下さい」


 唇を噛み締め震える声での告白。恐らく茜音自身も色々悩んだのだろうと言うのは分かった。

 ただ分かっただけで気持が動くことは無かった。


「残念だが俺はもう二度と茜音を信じることは出来ない。今いる茜音はあの時とは違うのかもしれないでも俺はお前を信じることができない。だからあの時と何も変わっていないのではとも思ってしまう」


 俺の言葉を聞いて茜音が涙を流しながら頭を下げて懇願してくる。


「……お願いします。もう一度だけチャンスをもう一度だけ私のことを信じてください」


 その光景があの男の見せてくれたもうひとりの茜音の姿と重なる。

 浮気がバレ離婚をせまられた時も同じように涙を流しながら精一杯後悔の表情を浮べて同じ事を言っていた。


「無理だ、だって俺はその懺悔の気持ちすら信じることが出来ないんだぞ。茜音は一生お前を疑い続ける人生を俺に送れと言うのか?」


「ごめん、ごめんなさい。私はそんなつもりで言ったんじゃないのに」


「残念だがもうどうしようもない。信頼を失った茜音の言葉は決して俺には届かない、言葉が届かない以上茜音では俺を変えることは出来ない。そして俺から茜を信頼することはもうない」


「…………そう無理なんだね」


「ああ無理だ。こうしてハッキリ伝えるのは幼馴染としての最後の義務だ」


「分かったわ、ありがとう。そしてごめんなさい」


 茜音は最後にもう一度だけ頭を下げ帰っていた。

 その後茜音が見舞いに来ることは無くなった。


 その後俺は無事に退院するとあの男の言葉を思い出し未来を変えてみようと思い立った。

 幸いというか事故を起こした加害者はかなりの大物で揉み消しに必死になった結果億を超える示談金を内密に提示してきたので俺はそれを受けた。


 その資金を使いある男の調査を依頼した。

 その男とは高校時代茜音を誑し込んだ先輩『飛田 火夢露トビタ カムロ』だ。


 茜音は自業自得もあるがそれでもあのクズの責任は重い人ひとりを人生のどん底に叩き込んでおきながら自分だけ楽しく生きるなど許せない、もし奴がそういう立ち位置にいるのなら潰してやろうと考えた。


 そして調査の結果奴は一流企業にコネで就職し持ち前の顔で会社重役の娘をたらしこみ結婚し次期幹部候補として正に悠々自適な生活を送っていた。


 しかし所詮中身は変わらずで部下や取引先の女に手を出し茜音と同じような事をやらせていた。

 俺は興信所を利用し徹底的に奴の周囲を調べ上げ

動かぬ証拠と共に被害にあった会社の部下だった女性達を説得し、弁護士を付けさせるとヤツをセクハラとパワハラで訴えてもらった。

 訴えられた事で自分のしてきたことを公の場でさらされる。当然浮気もバレ妻に離婚訴訟を起こされ多額の慰謝料を抱え込むと共に会社も首になった。


 そして路頭に迷ったアイツが取った行動は驚く事にある女を電話で呼び出すとその女の家に転がり込んだ。

 そのある女とは茜音だった。電話で呼び出され応じたと言うことは茜音は完全にアイツとは切れていなかったらしい。そうしてアイツの言われるがままに家へと招き入れたようだ。


 僕はその時点でどうでも良くなり調査を打ち切った。


 その後聞いた話によれば。転がり込んだ後もアイツは女遊びを繰り返していたようでその度に茜音と喧嘩していたらしい。


 そして最後は呆気ないもので逆上した茜音がアイツを刺殺してお終いだったようだ。


 警察に連れて行かれる茜音は目は虚ろだが口元には笑みが浮かんでいたと聞いた。

 

 そしてそれを教えてくれた相手はもう二度と会うことはないと思っていたあの男だった。

 彼が言うには茜音も未来を変えようとしてタイムリープしたらしいが彼の手で阻まれたようだ。


 結局茜音は救われることは無かったということだろう。


 俺はもしこの男にもう一度会えたら聞いてみたかった事を尋ねてみた。


 彼女が……茜音が救われる未来があったのかを


 彼は笑いながら答えた『それは勿論有るよ』と。


 その内容は………。


「簡単なことさ、君が彼女を支え続ければ良かったんだよ。彼女の浮気を黙認し、赤の他人の子を自分の子として育て、最後まで彼女のする事を見て見ぬ振りをすればきっと彼女は幸せに天寿を全うできただろうよ」


 そう言って彼は今日の晩御飯は何にしようかなと悩みながら去っていた。


 茜音の幸せが俺の不幸の上でしか成り立たない事を知らされ俺は何も言い返す言葉が無くそのまま男が立ち去るのを見ているだけだった。

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