第5話 火の玉、墓地の探検


 星が落ちてしばらく経った頃、墓地に火の玉が出るという噂が立った。


 ときどき見回りをしている墓守が見つけたらしい。話では、墓石の前、ちょうど死人が眠る墓の周囲をゆらりゆらりと動いていたという。墓守は自分の臆病が露呈するとも知らず、驚きのあまり腰を抜かしたと言って回っては案の定、笑いものにされた。

 けれど、何日かして夜に通った人も火の玉を見たという話が出てくると、みんな信じるようになった。火の玉が出るのは本当のようだ、と。


 ぼくと友達もそのことを話していた。ちょうど街の広場を通っていたときで、ぼくは好奇心から友達に火の玉を見にいかないかと誘っていた。

「きみだって気になるだろう?」

「まあ、気になるよ。火の玉が出るようになってから墓守が怖がっちゃって、見回りもろくにしてないらしいよ。そのせいで不用心になるからって入り口がしっかり閉められてしまって、入れないって」

「そうかあ、でもこのまま黙っているのももったいない気がするなあ」

 そう話していると、近くでたむろしていたこどもがぼくらの方を見ているのに気付いた。以前にぼくが頭を殴ってやったヴェルナーだった。

 ヴェルナーはぼくが気付いたのを察し、さらに憎らしい顔で笑ってきた。ぼくは関わりたくないので通り過ぎようと思った。実際、それが賢いことだったと思う。けれど、

「噂だけして何もしないのかよ。臆病者だな、石がなけりゃ俺も殴れなかったんだろうな」

 と言うので、つい返事をしてしまった。

「臆病なんかじゃない。入れないんだから、仕方ないじゃないか。きみだって入れるわけないぞ」

「昼間だからそうなんだよ、夜だったら暗闇に紛れて入れるさ。正面だけじゃなく、どこからでも」

 それでヴェルナーとその友達とはニタニタしながら言った。

「俺たちは今夜、火の玉を捕まえに行く。おまえらも度胸があるんだったら来るといい、まあ、来ないのはわかってるけどな」

「臆病者なもんか、一緒にいってぼくも捕まえてやるよ」

 ぼくと友達もヴェルナーに対抗して、その日の深夜に墓地に集まることになった。ヴェルナーは逃げるなよ、と捨て台詞を吐いて去っていったけれど、ぼくは勢いでこんなことになってしまったのを少し後悔していた。

「本当に行くの? 大丈夫かな」

「当たり前だよ、火の玉なんて怖いもんか。捕まえたら街の英雄にもなれるさ」

 友達が不安そうに見てくるので、ぼくは彼にもつい威勢よく言ってしまった。言い切ってしまったぼくは、もう後戻りすることはできなくなった。


 深夜、バルバラがランプを持って出ていき、それからさらにしばらくしてみんなも寝静まった頃、ぼくは以前に作っていた蔦のロープを窓から垂らし、静かに静かに抜け出した。蔦はまだしっかりしてまったく問題ないし、着地も静かに決まった。緊張の脱出をしたぼくは、拝借していた蝋燭に油紙を巻いた明かりを手にして、ヴェルナーたちと待ち合わせをしている墓地近くの場所へ向かった。

 ヴェルナーは先に来ていて、ぼくに遅いと息を殺した小声で怒鳴った。

「怖じ気づいたのかと思ったぞ」

 ぼくはそんなことはないと言った。

「現にここにいるじゃないか、ところで他のやつは?」

 待ち合わせ場所にはヴェルナーしかいなかった。ぼくの友達も来ていなかった。それに対してヴェルナーは「どいつも来るのが遅い!」と怒って見せたけれど、やがてぼくたち以外に誰も来ないのだと気付いた。集合時間から二時間も経とうとしていて、夜は静けさと深い闇に包まれていた。

 結局、ぼくとヴェルナーは互いに帰ろうとは言えなかった。墓地の脇の林を通り、柵を越え、ぼくらは墓地に入っていった。


 街中とは違い、月明かりが遮ることのない墓地では明かりはいらないほどだった。

 それでも、あたりは薄暗い。どこに火の玉がいるかわからない状況で、さまざまな形の墓石や墓標が並ぶなかをゆっくりと進んだ。

 火の玉もそうだけれど、実は幽霊が出ないかという心配もぼくにはあった。この墓地には、ずっと昔に死んだ女の幽霊が出るという噂があった。

 でも幽霊の話をするわけにはいかなかった。ヴェルナーにまた臆病者だと言われたくなかった。ヴェルナーの方でも幽霊のことは話さなかったけれど、きっと同じなんだろうなと思った。幽霊の話は有名だったから、知らないわけはないはずだった。

 ぼくらは墓地のあちこちを歩いて回った。けれど、どこにも火の玉らしいものはなかった。火の気はもちろんないし、月明かりに反射して火の玉に見えるようなものも一切なかった。街の光が重なるところだって、ひとつもなかった。


「十分探したな。火の玉なんてなかったな。がっかりだぜ」

 ヴェルナーは振り返ってぼくに息巻いたけれど、声はあまり威勢のよいものではなかった。

 そこでぼくは見つけてしまった。振り向いたヴェルナーの頭の向こうに、強く明るく光る物体が浮かんでいたのだ。

 すぐにぼくはそれを指さした。きっと顔は強張っていたと思う。ヴェルナーもすぐに振り返ったけれど、次の瞬間には大声を上げてぼくをおいて走り去ってしまった。

「ひ、卑怯者め……」

 本当はぼくだって走っていきたかったけれど、足が動かなかった。その場に立ちすくんで光があたりをゆらゆら移動しているのを見ているしかなかった。光の玉はあたりに光の軌跡を残しながら飛んでいたけれど、やがてどこかへ消えていった。ぼくはやっと動けるようになって、ゆっくりと元来た道を帰っていった。あまりに怖くて走るほどには足に力が入らなかった。

 途中、月明かりで光る何かが落ちているのに気付いた。拾い上げてみると、それはガラスの玉のようだったが、とても月の光を集めては返す、とても美しいものだった。ぼくはそれをポケットに入れ、ヴェルナーが逃げていったであろうところまで戻っていった。そしてオロオロしているヴェルナーと合流した。

「まさか本当にいるなんて! おまえ、よく生きてたな! 取り殺されたんじゃないかと思っていたぞ!」

 ぼくはヴェルナーの怯えっぷりを見て少しばかり余裕が出て、「きみが臆病なんだよ。あの程度じゃ、ぼくは驚かないさ」とこれまでの仕返しも込めて見下してやった。でも、本当はまだ心臓は死ぬほど高鳴っていた。


 もう十分怖い目に遭ったぼくらは帰ることにした。けれど墓を背にして歩き出したとき、今度はぼくもヴェルナーもそろって白い服の女が立っていることに気付いた。女は静かに足音もなく近づいてきた。

 ヴェルナーは大声を上げてまたしてもどこかに走っていった。今度はぼくも叫び声を上げてしまった。それでヴェルナーの後に続いて走ろうと思ったのだけれど、迫ってきた幽霊に手を掴まれた。もうダメだと思った。

 けれど、それはバルバラだった。ぼくが抜け出したのに気付いて探しに来て、墓地にぼくらがいるのを見つけたのだった。

「こんな時間に何をしているんです!」

 バルバラはぼくの頬をぴしゃりとひとつ、平手で打った。

 ぼくは打たれたショックと今までの心細さから、泣き出してしまった。バルバラはそれ以上ぼくを打たなかったけれど、怒っているのは変わらず、ぼくは手を引かれて連れていかれた。


 バルバラはこっそりとぼくを部屋に入れた。蔦のロープは持っていかれてしまった。でも父と母には内緒にしてくれて、二人から怒られることはなかった。バルバラは何食わぬ顔で家族の前では振る舞っていたけれど、数日間、強い目付きでぼくを見ていて、それでぼくもずいぶんしゅんとしてしまった。

 ヴェルナーの方は火の玉はいなかった、なんてことなかったと吹聴していた。それを否定することもできたけれど、彼を臆病者にするのはいただけなかった。ぼくが臆病者だと、彼に同じように言われるだろうからだ。仕方なく、ぼくもヴェルナーも夜中の墓地探索を大げさに言いふらした。

 ぼくとヴェルナーは嫌な秘密を共有することになり、互いに後ろめたさがあったせいもあり、それからはあまり関わることはなかった。

 拾ったガラス玉は肝試しのいい記念にはなった。

 ただ、それからも火の玉の目撃例がいくつかあり、ぼくはこの日の夜を思い出してはベッドの中で背筋を凍らせる日々を送ることになった。



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