第6話 埋もれた財宝


 火の玉騒動はまだしばらく続いた。

 ぼくらが探検した頃はまだ墓地のあたりだけだったけれど、それは次第に町や町の周りにまで及ぶようになった。ぼくにしても一度だけ、夜空を眺めていた最中に遠くに光の玉が飛んでいくのを見てしまい、墓地探検のときの恐怖が蘇ってしまった。

 大人たちもこの怪現象を危険と思ったようで、光の玉についての目撃情報や発生場所、その様子などを聞き回るようになった。ぼくも窓から見たことは話した。その際に大人の持つ情報も少し聞いたけれど、大して何かがわかっているような風ではなかった。


 その頃からだったと思うけれど、ぼくはぼく自身に不思議な力があることに気付いた。地面に何かが埋まっていることを直感することがよくあったのだ。

 最初にその兆候が現れたのは、バルバラが庭で花壇の手入れをしているときだった。移植ベラで土を掘り返しているところで、ぼくは土の中に何か光るものが見えた。

「バルバラ、そこに何かあるみたい、何か小さな箱みたいなものが」

「え? ここはただの土しかないと思いますよ」

 そう言いながらも、バルバラは少しばかり土をザクザクとほっくり返してくれた。

「ほら、何もありませんよ」

「いや、もうちょっと深くみたいだ」

 バルバラの移植ベラを借りて、ぼくは埋まっている何かに向かって掘り進んでいった。

 掘り出すにはちょっとばかり時間がかかった。深さは三十センチほどになっていた。掘り返す土はもうとっくに花壇の土ではなくなっていて、土の下の固い粘土質まで到達していた。

「マリウスさん、そろそろ戻さないとお花を植える時間が……」

 バルバラにそう言われたけれど、ぼくにはもうすぐだという何か神託のような直感が降りてきていて、もう少しもう少しと進んだ。

 そしてついに移植ベラが何かに当たった。小さい小箱が出てきた。

「本当に……!」

 バルバラは口に手を当てて、それより先のことばを失っていた。ぼくにしても、ずいぶん興奮していてすぐにも箱を開けたいと箱の土を払った。

「何が入っているんだろう」

 興奮したぼくは留め金を外して箱を開けた。すると、中からは二百年前の皇帝が描かれた金貨があふれるほどに出てきた。

「まあ!」

 バルバラもぼくもこれには驚いたし、大興奮だった。

 この話は父と母には当然話したけれど、学校で友達にも話した。もし証拠がなければ誰も信じなかっただろうけど、ぼくは一枚、金貨を手にしていたのでみんなが信じた。

「ほんとうに埋まっているのがわかったのか?」

「他にも何か埋まっていたりしないかな。すごいものが見つかるかも」

 そういうわけで、ぼくと数人は学校の後で町を回って埋まっているものがないか探して歩いた。

 道の端っこでは、ずっと前に落とした銅貨をたくさん見つけてみんなで大はしゃぎをしたし、別のところではリスが埋めたらしいクルミを見つけて、これにはがっかりもした。

 最後に道路工事をしていたところを通ったとき、友達が

「まさかここに埋まってたりなんてしないだろうね」

 と、冗談を言った。けれど、ぼくにはまさにその場所に何かが見えていた。

「埋まってるみたい。何か……大きな壺とか甲冑が見える」

 友達たちは一気に盛り上がり、工事をしていたおじさんに事情を話して掘り返すように頼み込んだ。おじさんは気のいい人で、「じゃあ、少しだけならいいよ」と、ザクザクと掘ってみせた。

 わずかに数分、経つか経たぬかというときだった。おじさんのツルハシが何かにガンッと当たった。これにはおじさんも驚いた様子だった。

「まさか……」

 と疑うおじさんだったけれど、慎重に音がしたところから掘り返してみると、本当に甲冑が出てきた。

「おいおい……こりゃあ、なんだってんだ」

 工事に来ていた大人たちが集められた。それから町役場の人が来て調べたり、その指示で工事が中断されたりして大慌ての一大事となってしまった。

「いやあ、工事は一旦中止になってしまったよ。きみたち、本当に埋まっているものがわかるんだね」

 おじさんは笑っていたけれど、本当は仕事が打ち切りになって困ってしまったよ、とも漏らしていた。

 見つかった甲冑は五〇〇年ほど前のこの地の合戦でのもので、周囲からは甲冑の他にも剣や槍、馬の骨、もちろん人の骨も出てきたと聞いた。

 大人たちはこの歴史的発見を大変よろこび、次いで、ぼくはいいお宝探知機として利用されることになってしまった。


 休日になると、ぼくは町や町の周り、畑を歩かされることになった。埋まっているものを探して見つけなさいと町の大人たちに駆り立てられたのだ。父や母は変な儲け話に手を貸して面倒ごとにでも巻き込まれたらと不安そうだったが、少しくらいなら、と休日の午前だけと渋々の許可を出すことになった。

 ぼくの方はといえば、いつの間にか身につけていた埋もれた財宝の発見能力を鼻にかけていた。大人たちに混じって宝探しをするのを楽しんだ。

 とはいえ、なかなか大当たりはしないものだ。見つかったものといえば、鋤や鍬の抜けたものだったり、ずっと昔の動物の骨の大群だったり、初日は大したことものは見つからなかった。大人たちはすぐに財宝が手に入ると思っているらしく、ツルハシなどをずっと持って構えていて、期待はずれの発掘作業に次第にイライラし始めた。

「マリウス、もっとまともなものを見つけろよ」

 次第にそんな声まで上がるようになって、ぼくとしても段々とおもしろくない気持ちになってしまった。


 午前の間だけという約束の時間も近づき、みんなして帰るときだった。ぼくは町役場の前に何かが埋まっていることに気付いた。

「ここに何か……大きなものが見える」

 大人たちはぼくのことばに目の色を変え、人通りがあるのも気にせず掘り始めた。土をガンガン、ザクザクと掘り進めると、一時間ほどしたころにツルハシが何かをガンと叩いた。

「出たか!」

 目を血走らせた大人たちがよってたかってそこを掘り始め、ついにその「何か」の頭の部分を露出させた。それは大きな金属の塊だった。それに気付いた途端、みんなは深く掘った穴をよじ登り、散り散りに逃げて走った。ぼくはなぜ大人たちが逃げたのかわからず、まだ近くでその塊を眺めていた。

「危ないから早くこっちへ!」

 ある大人がぼくを建物の裏へ無理矢理に引っ張っていった。

「なんてものを掘り当てたんだ! ありゃあまだ生きてるかもしれないぞ!」

 その信管が生きていれば今からでも爆発するのだと説明され、やっとぼくは事の重大さに気付いた。

 それからはもう大変な騒ぎで、軍から処理班が派遣されるまで町役場や周辺は閉鎖され、町中が緊張と不安で包まれる数日が続いた。結局、信管は死んでいて、掘り出されて運ばれていった。


 ぼくが一番納得がいかないのは、埋もれた財宝発見の功労者のぼくに大人たちが怒りの矛先を向けたことだ。全部、ぼくのせいにされたのだ。

「おまえがあんなものを見つけなければ」

 そんな風に恨み節をしばらく言われた。まったく納得がいなかった。大人たちがいうとおりにやったのに、ぼく一人が悪者にされたのだから。

 おもしろくないぼくだったけれど、父も母もバルバラも、ぼくの心には気付いてくれていた。特にバルバラは心配してくれて、ぼくがくさくさしていると慰めの言葉を言ってくれた。

「ひどい目に遭いましたね、欲張った人間のせいでこんなことになるなんて。マリウスさんが悪いことなんて、何もないのに」

「本当だよ、みんなが目の色を変えて探せ探せって言っていたのに。それに、不発弾がひとつあったんだから他にもあるかもしれないじゃないか。全部見つけた方が危なくないよ」

「確かにそうかもしれませんが、でも、やっぱり危険です。マリウスさんが不発弾を見つけたと聞いたときには、私は震え上がりましたよ。まさかそんなことになるなんてって。眠っているものをやたらと掘り起こすなんて、自分から危険な目に遭いに行くようなものですよ。今回は何もなくてよかったですが、もし次の不発弾が生きていて、ツルハシが当たった瞬間に爆発なんてしたら……ああ、なんてことになってしまうか!」

 功名心ばかり考えていたぼくは、それまでぼんやりとしか考えていなかった自分の死をはっきりと理解した。

「もう誰も宝探しをしろなんて言わないと思いますけど、マリウスさんも気をつけた方がいいですよ。「見たくないものを見なかったことにするのは問題解決にならない」とは私もよく思いますが、だからといって自分から不発弾を掘り当てる必要なんて、ないですからね」

 バルバラの心配を受け、ぼくはそれからは何も掘らないことに決めた。


 不発弾騒ぎは収まったけれど、火の玉だけはまだ目撃されていた。町が静かになるにはまだ時間がかかりそうだった。




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