妹始め

サクヤ

妹始め

 俺は拓馬、今年28歳になる。内心焦っていた。このまま結婚できずに30を迎えるのかと……。


 両親は言った。


『なにを言ってんの。まだまだ若いんだから、焦らなくても大丈夫大丈夫!』

『ま、俺はお前くらいの時には母さんと新婚生活を満喫してたけどな! ははははは!』


 母さんが父さんを軽く叩いてシーッ! と注意する。母さんはなんだかんだで、俺が気にしないように気を付けているみたいだ。


 両親はおせち料理の材料を買いに家を出た。


 母さんの買い物は非常に長いので、帰ってくるのはきっと夜になるはずだ。


 残されたのは俺と妹の雪菜だけ。


 コタツを挟んで向こう側に雪菜が眠っている。とても綺麗な寝顔に少しドキッとさせられた。

 今まであまり気にしなかったけど、こうしてみると滅茶苦茶美人だよな。

 長い黒髪、化粧も薄めで、少しぴっちりとしたセーターで胸の部分は大きく盛り上がっている。


 まさに、正統派黒髪ロングな美女って感じだ。


 瞼が動き、ゆっくりと開き始めた。


「ん、んん〜……あれ? お母さん達は?」

「おせちの材料を買いに行ったよ」

「そうなんだ」

「多分帰ってくるのは夜になるだろうな」

「お母さん買い物長いもんね~」



 それっきり会話が途切れてしまった。


 お互いにそんなに話すタイプじゃないから、こうなるのも仕方ない。


 しばらくテレビの特番を見ていると、雪菜がコタツを出て冷蔵庫の方へ向かった。

 中から缶ビールを2本取り出して俺の方に1本置いた。


「これは?」

「仕事納めで貰ったビール、余ってて。良かったら飲んでくれない?」

「俺、ビールあんまり好きじゃないんだが」

「私だって好きじゃないよ。でもあのまま冷蔵庫に置き続けるのも勿体ないじゃない? お母さん達だって飲まないし、私達で処理しようよ」

「はぁ、わかったよ」


 苦い、ここまで苦い飲み物をよく好き好んで飲めるよな〜って毎回思う。

 ポテチや柿ピーで誤魔化しながら1本飲み終わると、雪菜は更にビールを取り出してきた。


「ごめん、まだまだあるから」

「あいよ」


 ふと雪菜を見ると、あまりの綺麗さに思わず俯いてしまった。きっとお酒のせいだ。相手は実の妹だぞ?

 自らに活を入れたあと、俺は自室に戻った。


 ベッドに寝転んで、雪菜の事を思い返す。


 どこにでもいる普通の兄妹。小さい頃は一緒に遊んで、歳を重ねると同時に疎遠になっていく。

 同じ屋根の下で暮らしながらも、食事は別々で生活スタイルも全然違う。


 別にお互い嫌い合ってるわけでもない。家にいながら別の次元に住んでいる感じ。

 話すとしたら、仕事納めで互いに生活スタイルが一致している今くらいなもの。


 ───コンコンコン。


 雪菜の控えめなノックが聞こえてきた。


 ドアを開けると、頬を紅潮させた雪菜がゆらりと俺の胸に倒れ込んできたので、その身体を支えつつベッドの方に誘導する。息が荒い、結構酔いが回ってるな。

 2人でベッドに腰かけて部屋に来た理由を聞いてみた。


「謝ろうと思って……」

「謝る?」

「結構強引だったでしょ? あとから考えたらああいうの、良くないなって思ったの」

「ああ、ビールの件か。別にいいよ。おかげで空気を気にしなくて済んだし」

「ごめんね。私、人付き合いが苦手で話題の引き出しもそんなに無いの……」

「謝るなよ。俺だって雪菜とどう接したらいいか分からなかったんだし」


 沈黙が部屋を包み込む。橙色の夕焼けがとても眩しい。あまりにも眩しくて雪菜と俺の身体の境界線が曖昧になっていく。トンっと雪菜が俺の肩に頭を乗せてきた。

 ビールのせいなのか、それとも別の要因かは分からない。心臓の鼓動が分かるほどに高鳴っていく。ほとんど無意識的に雪菜の肩に腕を回していた。流石に驚いたのか、ビクッと震えたあとそのまま体重を俺の方に傾けてきた。


 ベッドに倒れ込む兄と妹───。


 徐々に顔が近付いていき、チュッと唇が触れ合った。1度でもキスをすれば2度目のハードルは低くなっていく。


「んッ……チュ……んん……チュッ……はぁはぁ……」


 倫理観がバグってるのは分かっている。雪菜が俺に向ける情欲には何か切なげなものを感じる。人間関係か、仕事関係か、なにかしらの要因があって、それから逃げるための行為だと思う。

 こういう時、陽キャなイケメンなら気の利いたセリフで雪菜の心を救うことができるかもしれないが、生憎と俺にそんな真似は出来ない。俺にできるのは、震える妹の現実逃避を受け入れることだけ……。


 キスをしながら服を脱ぎ、肌と肌を触れ合わせ、交わりはヒートアップしていく。


「……ん……拓馬……」


 名前を呼ばれた。最後の一線を前に動きが止まった俺に対して向けられた承諾の言葉────。


 兄と妹は、男と女になった。


 すでに暗くなった部屋で男女が交わっている。兄妹故の相性の良さがそれを加速させた。


 快楽の夜は長く続かない。両親の乗る車のエンジン音で我に返った俺達は大急ぎで痕跡を隠した。


 ☆☆☆


 恒例の特番を観つつ、年越し蕎麦を食べる。


 元旦になったと同時に会社の同僚や友人へ『あけましておめでとう』のメッセージを送る。


 両親は年越し蕎麦を食べたあと、自室へと戻っていった。


 ────コンコンコン。


 またしても控え目なノックと共に雪菜が部屋へ入ってくる。完全とはいかないまでも、冷静な判断ができるくらいにはアルコールが抜けているはず。


 それなのに雪菜は俺の部屋に来た。


「兄さん、一緒に寝ていい?」

「えっ……あ、うん」

「良かった。じゃあお邪魔するね」


 毛布を捲って雪菜が俺のベッドに潜り込んだ。遅れて俺も添い寝の要領で一緒のベッドで横になる。


 雪菜は少し寂し気な表情を浮かべていた。


「夕方のアレなんだけどさ。結構気持ちがスカッとしたといいますか……」

「いきなり押し倒されたりしてびっくりしたよ。まぁ、気持ちが晴れたならいいんだけどな」

「うん、びっくり……したよね」

「なんかあったのか?」

「私、仕事では真面目すぎるみたいで、上司とか関係なく指摘しちゃう性分なの」

「ああ〜、それはマズイな」

「うん、分かってるんだけど……見過ごせなくて」

「じゃあ、状況もよろしくないと」

「御明察。ちょっと陰湿なイジメに遭ってる感じなのです。私も大人になってそういう指摘は控えるようにしたんだけど、1度でも嫌われるとずっと続くんだね。もう辞めようかな〜なんて思ってる間に大晦日になっちゃったの。大学にも行かせてもらって、それなのに辞めるのはお母さん達に申し訳ない気がして……」


 そうか。なんとなくだが暗い雰囲気なのは感じていた。きっと俺達に相談することもできずに寂しい思いをしていたに違いない。


「じゃあもう辞めようぜ。母さん達も分かってくれるよ」

「私……辞めていいの?」

「そういうの絶対改善しねえだろうし。こっちから切り捨ててやるってな」

「そうだね、ありがとう。お陰で踏ん切り付いたよ」

「同じ家に住んでるんだ。これからは相談してくれよな」

「うん! 本当にありがとう! 頼りにするね!」


 雪菜は感極まったのか、俺に抱きついてきた。


 柔らかな感触と、甘く不思議な匂いが夕方の情事を想起させる。


「兄さん……お願いします」

「俺は役得だからいいけど、大丈夫なのか?」

「まだちょっと痛いけど、大丈夫」

「そっか、じゃあ優しくいくな」

「うん!」


 俺と雪菜は再び交わった。


 酒の勢いを借りていないのでちょっと恥ずかしそうにしていたけど、最終的には最高の夜になったと思う。


 俺と雪菜の関係は一夜の過ちにはならなかった。


 明確に恋人になったという確認はしていないものの、親のいない時間は基本的に恋人に近い感じになっている。

 新しい職場では以前よりも柔軟に対応することが出来るようになったようだ。


 本人曰く『禁断の関係になったときに殻を破ったのが切っ掛けになったのかも』と言っていた。


 いつか終わる関係だとしても、俺はこの関係に後悔はしないと思っている。

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