学校に火をつけよう

デッドコピーたこはち

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 夜更かしをしていたら、ふと、学校に火をつけようと思った。両親を起こさないように静かに行動する。母がいつもお香を焚くのに使っているライターと父が読んだあと古紙入れに放り込んだ新聞紙を回収して、家を出た。

 真夜中に一人で外へ出るのは初めてだった。妙に月が明るく感じる。いつも歩いている通学路が、まるで違うものに見えた。暗い住宅地には、人の気配が全然ない。生ぬるい風が吹いてきて、どこからか鈴虫の声がする。

 しばらく歩くと、学校に着いた。つい、校門の方に来てしまったが、本当の目的は校舎裏の方だ。校庭の方をぐるっと回って、校舎裏に向かう。校庭を囲うフェンス越しに、校舎の方を見る。いつもは、中学生で賑わっている校舎が、しんと静まり返って、暗く佇んでいる姿を見ると。不思議な気持ちになった。

 校舎裏は住宅地に面していて、住宅地と学校の敷地の間には、用水路がある。用水路には、コンクリートの蓋がしてあるので、その上を歩いていく。校舎裏にはいろんな木が生えていて、ちょっとした林のようになっている。薄暗いし、じめじめしていて、変な虫がいっぱいいるので普段は近づかない。でも、校舎裏の林には、壊れた木の椅子とか、美術の授業で使うイーゼルとかが、なぜか放置されて、そのままになっている。今回の目的はあのゴミの山だった。きっとあれなら良く燃えるだろう。

 緩やかにカーブする用水路を歩いていくと、視線の先に人影が現れた。心臓が止まりそうになる。薄暗い中でも、パーカーとジーンズを着ているのはかろうじてわかる。フードを目深にかぶっているので、顔はよくわからない。見回りに来た先生だろうか。それとも、最近世間を騒がしている、本物の放火魔だろうか。

 自分の唾を飲み込む音が、はっきりと聞こえる。

「もしかして、柏木さん?」

 謎の人物は言った。聞いたことのある声。私の名前を知っているということは、きっと先生だ。終わった。どうやって言い訳しよう。そう考えていると、相手がフードを脱いだ。

「委員長?」

 さっきほどではないにせよ、驚いた。私のクラスの学級委員長をやっている桜井さんだ。委員長は真夜中に学校へ来るようなタイプには思えなかった。

 私服を着た委員長はいつもより大人びて見える。だが、確かに委員長だ。

「なんで、こんな時間に」

「柏木さんも同じことしに来たんじゃないの?」

 委員長は左手をちょっとあげた。左手に握られていたのは、ガスバーナーだった。

「もしかして、放火魔って委員長……」

「違う、違う。あれは私じゃないよ」

 委員長は首を振った。

「私が燃やしたいのは……学校だけだからさ」

 すこし困ったような顔をして、委員長は言った。一瞬、なぜ委員長が学校を燃やしたいのか聞きたくなったが、ぐっとこらえた。きっと、委員長は理由を言葉にするのも辛いはずだから。すくなくとも、私はそうだ。

「じゃあ、一緒に燃やそうか」

 私は委員長に手を差し出した。

「うん、そうだね」

 委員長は私の手を取った。


 結論から言うと、学校に火をつけることはできなかった。それどころか、私たちがはじめに目を付けた、折れたイーゼルの脚ですら、十分には燃えなかった。私たちは、湿気の含んだ木材がどれほど燃えにくいかを思い知った。燃えたのは、私が持ってきた新聞紙だけだった。

 私たちは証拠隠滅を図った。新聞紙の灰を落ち葉に混ぜて誤魔化し、委員長のバーナーで焦げたイーグルの脚を用水路の蓋の隙間にねじ込んで流した。

「放火をするのも楽じゃないね」

「うん」

 そういって、私たちは別れた。


 次の日、私はいつものように学校に行った。いつもと同じ教室のいつもと同じ席に、委員長は座っていた。なにも変わりはないはずなのに、委員長だけはなぜかすこし違って見えた。

「おはよう」

「おはよう。柏木さん」

 委員長は言った。

「放火魔、捕まったんだってね」

「うん、ニュースで見た」

「あのさ、委員長——」

「マイって呼んで」

「へっ?」

 首をかしげる。委員長の言ってる意味がわからずに、思わず変な声が出てしまう。

「下の名前、マイだから。私」

 委員長はそう言って、私の顔をじっと見つめてきた。私は、やっと委員長の言うことを理解できた。

「私、私はカオル

「おはよう。カオル」

 委員長——じゃない、マイは笑った。

「うん、おはよう。マイ」

 私は言った。私も笑っていた。

 

 マイとのやりとりを終えて、自分の席に戻ったとき、私は初めて、学校を燃やさなくていいかな、と思った。

 

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学校に火をつけよう デッドコピーたこはち @mizutako8

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