第50話 祖父との会話

祖父は、確か80歳を少し過ぎた頃、認知症の診断を受けた。

その前から、確かに物忘れは多くなっていた気がするし、感情が不安定なのか、時々怒鳴るような事もあった。

今から思えば、認知症の初期症状だったのだろうと思う。

決定打は、夜中に警察から連絡を受けた事。

見も知らない他人の家に、上がり込んでしまったらしい。

幸いな事に、そのお宅の方が良い方で、話がどうにも噛みあわなくておかしいと思い、警察に連絡しつつ、お宅で休ませてくださっていたとのことだった。

あとで祖父に話を聞いてみると、祖父は、もうとうに亡くなっていた祖母のお見舞いに行くつもりだった、と言った。


それからすぐ、介護付きのグループホームに申し込みをし、幸いな事に、あまり長くは待たずに入居の運びとなった。


私は月に1度程度、祖父の元を訪ねた。

祖父は、認知症である事以外は、至って健康だ。

体は、どこも悪い所が無い。

グループホームでは、率先して、職員さんのお買い物や配膳準備等を手伝っていたらしい。


「平さんは、いつも重い荷物なんか、率先して運んでくれるんですよ」


グループホームを訪ねると、必ず職員さんにそう言われるので、祖父に


「おじいちゃん、いつもお手伝いしているんだね」


と聞くのだが、


「してないよ、そんなこと」


と、祖父は答える。


照れ隠しなのかカッコつけなのか、それとも本当に覚えていないのか。

私には分からなかった。



祖父との会話は、楽しかった。

なんせ、短い時間で、同じ質問を何回も繰り返されるのだ。

私が今の会社に就職したところまでは、確実に記憶があるらしいのだが、そのあとの記憶がどうも曖昧らしい。


「まだ、●●会社で頑張っているのか?」

「うん」


今日はこの質問何回するかな~、なんて。

私は私なりに楽しんでいた。

祖父にとっては、毎回、その日初めてする質問なのだ。

私も、それに合わせて、その日初めてされた質問のように、答えていた。


ところが、たまに、私の『設定』が曖昧になるらしく、短時間で私のキャラ設定が、祖父の中で色々と変わる事があった。


「なんだ、まだ恋人いないのか」

「うん」

「だらしないなぁ」


と、呆れたように笑ったかと思うと。


「あれ?今日は旦那はどうした?」


とくる。


「今日はね、仕事なんだ」

「そうか」


祖父の質問に合わせて、私は答える。


「子供はどうした?」

「旦那に預けて来た」

「そうか」


・・・・既に設定が崩壊している(笑)

仕事に行ったはずの旦那に子供を預けるとか、何だそれ一体!


それでも、祖父はニコニコとして話を続ける。


いいんだ、別に。

私がどんなキャラ設定になっていたとしても。

祖父の希望通りのキャラになって、私は答えるだけ。


ごめんね、おじいちゃん。

ひ孫、見せてあげられなかったね。

そんな質問をしてくるところを見ると、ほんとはひ孫、見たかったんだよね。


「まだ●●会社にいるのか?」

「うん」

「そうか、じゃあだいぶ偉くなっただろ?」

「まだヒラのペーペーだよ」

「なんだ、だらしないなぁ」


あはははと、祖父は笑う。


多分、●●会社話、1日に平均10回程度。

でも、それでも祖父は楽しそうに笑って話す。


「恋人はできたか?」

「いないよ」

「なんだ、まだいないのか?」


恋人関連話も、1日に平均5回以上。


色々ウソもついちゃったけど。

楽しんで貰えたかなぁ?

私はね、楽しかったよ、おじいちゃんとの会話。

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