特別な秋桜

ソラノ ヒナ(活動停止)

特別な秋桜

 あっ……。あなたが、運命の相手なのね。


 目が合って、私以上に頬を染めて微笑むあなた。


 うん。この人なら、大丈夫。


 この場から私を連れ去る準備をして、あなたは恐る恐る、けれどやさしく、私を包み込んだ。


 あったかい。


 あなたの温もりにまどろんでいたら、それ以上の暖かさを全身に感じた。


 あつい。でも、幸せ。


 自由と共に感じる太陽の光に心奪われながら、私の体に力がみなぎる。


 あなたと一緒にいられる時間はあとわずかだけれど、1番綺麗な私を目に焼き付けてほしい。


 背を伸ばし顔を上げ、声の届かないあなたへ、そっと囁いた。



 しばらくして、どこかへたどり着いたあなた。

 腕を動かすたびに私が揺れているのに、あなたは私を見てくれない。


 何をそんなに気にしているの?


 そろそろ喉も渇いてきたからお水がほしいと考えた時、明るい女の声がした。


 あ……。あなたの運命の相手は、あの子なのね……。


 自分だけが運命を感じた事を恥じて、ほんの少しだけうつむく。

 けれどそれに気付かぬように、その女が背に隠していた何かを、あなたに見せつけた。


 あなたの運命の相手は違う相手を――。


 そう考える私は、女の連れてきた彼と目が合った瞬間、魂が震えたのがわかった。


 あなたが、私の、運命の相手、なのね。


 君が……、俺の本当の運命の相手、なんだね。


 私は言葉をかわせる嬉しさを表現しようと、女に連れられ間近に迫る彼へ、顔を綻ばせる。

 そんな私に対して、彼も大きく体を広げてみせた。


 ***


「なんだかこの子達、あたし達より仲良しじゃない?」

「……ほんとだ」


 可愛らしい花瓶の中で、僕が買った赤い秋桜コスモスと彼女の買ってきた黒い秋桜コスモスが寄り添っている姿を見て、心が和んだ。


「それにしてもさ、どうして黒い秋桜にしたの?」


 僕がお店で選んだ時、女性にプレゼントするなら黒以外がいいですよ、って言われたのを思い出し、彼女の様子をうかがう。

 だってさ、黒の秋桜の花言葉が『恋の終わり』って聞いたから、それをわざわざ選ぶ理由に、嫌な予感しかなかったから。

 そんな僕へ、彼女はいつもの輝く笑顔を向けてくる。


 なんで笑えるんだろう……。


 ずっと、優しすぎて物足りないって言われてきた僕が、また振られる日が来たのかと思って、身構えた。


「それはね、ずっと、ずーっと、あたしに恋しててほしいから!」

「……うん?」

「あ、その顔、わかってないでしょ?」

「えっと、だってさ、黒い秋桜の花言葉って、恋の終わりじゃ……」


 そう喋る僕の頬を、彼女が手加減なく両手で挟み込んでくる。


「い、いしゃい」

「あたしの心の方が痛い!」

「ごへぇん」


 たぶん、全然怒っていない彼女は僕の謝罪に満足したように頷き、わけを教えてくれた。


「それ以外の花言葉もあるんだよ!『移り変わらぬ気持ち 』っていうのがね」

「移り変わらぬ気持ち……」

「ずっとさ、君、振られた原因、気にしてるでしょ? だからこれは、あたしの気持ちでもある。だけどさ、あたしだけがそう思うのも、不安になる。だから君にも同じように、あたしを想い続けてほしい……なんてね!」


 いつも元気な彼女にしては珍しく小さな囁きに、僕の胸がどうしようもないぐらい高鳴る。


「大丈夫。僕はずっと、あなたの隣にいるから」


 秋に付き合いはじめた僕らは、記念日に花を贈り合ってきた。

 だけど、今回種類の指定があったのはこういう理由だったのかと思い、安堵したかった。

 けれどここからが、僕の本当の目的を果たす時だから、全身に力が入る。


「それを、僕は証明する」

「……え? え……。う、そ。これって……」

「僕が赤い秋桜を選んだ理由は、花言葉が『愛情』だったから。僕はずっとあなたへ愛情を注ぐし、あなたの愛情を独り占めしたい。だから、僕と、結婚して下さい」


 前に彼女が眺めていたデザインの指輪を差し出すと、彼女の目にたまっていた涙があふれた。


「ずっとね、不安だった。君、やさし、すぎるから。いつか、あたしみたいな、がさつな女なんて、放って、もっと、守ってあげたくなるような、女の子らしい人を見つけて、いなくなるだろうなって……」

「がさつ? 元気の間違いでしょ? それに花が好きなんて、これ以上にないぐらい女の子らしいと僕は思ってるよ。待たせすぎてごめんね。これでもう、不安じゃない?」

「……そっか。そう思って、くれてたんだ。うん。もう、大丈夫!」


 どんな宝石よりも綺麗な涙を流しながら微笑む彼女を、思わず抱き寄せる。

 そんな僕の視界に、僕らが買ってきた秋桜達が入り込む。

 自分達と同じように、さらに寄り添ったように見えた赤と黒の秋桜。今日が特別な日になったのはこの花達のおかげでもあるなと、僕は心の中で感謝した。



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特別な秋桜 ソラノ ヒナ(活動停止) @soranohina

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