放課後の自転車

雨野 優拓

放課後の自転車

「家まで送るよ」

 そう言って、少年は跨がった自転車の荷台に手を置いた。

「でも、危なくない……?」

「大丈夫だよ。よく友達を乗せたりしてるし、ゆっくり走るから」

「もし先生とかに見られたら……」

「平気さ。だって、これまで見つかったことなんてないし。それに、そうしたら顔を見られないようにすればいいんだよ」

「そうかな……」

「そうだって! ほら、乗って」

 少女は少年の押しに負け、おずおずと彼の自転車へと近づいた。

「あ、そうだ。これをクッション代わりにしてよ」

 少年は自分の学生鞄を荷台に置いた。それを上からポンポンと手で叩く。

「……うん。じゃあ、お願いします」

 道路の縁石を足場に、少女は自転車の荷台へと横向きに腰掛けた。制服のスカートがタイヤに巻き込まれないよう、手ですくって尻の下へ流す。どこを体の支えにしようかと考え、迷った末、片手を彼の肩に置いた。

「じゃ、行くよ」

 その掛け声を合図に、少年はペダルに体重を掛けて漕ぎ始めた。スピードが乗らない最初はフラフラと不安定な走りを見せたが、やがてスピードが出てくると軌道に乗ったかのように安定した走りに変わった。

「わぁ……!」

 肌に感じる風、流れていく街の風景。どれも慣れ親しんだものであるはずなのに、少女にはそれらが新しいものであるかのように感じられた。それは、それら在る物を感じ受け取る少女の心持ちがいつもとは異なるものであったからだ。

「よーし……!」

 背後から聞こえた少女の声に、少年は調子を良くしてペダルを漕ぐ足を早めた。

 少年たちの乗る自転車を襲う風がその勢いを増した。

 風に煽られて二人の重心がブレる。二人を乗せた自転車がグラリと傾いだ。

「きゃっ」

 少女は小さく悲鳴を上げ、少年の背にしがみついた。

 それが功を奏した。二人の体が密着したことで重心が安定し、自転車は態勢を取り戻した。それから少年はペダルを漕ぐ足を緩めた。少女はまだ、振り落とされまいと必死に少年の背にすがっていた。

「…………」

 少年は真っ直ぐと前を見、黙ってペダルを漕ぎ続けた。

 それから少し経ち、二人の乗る自転車は少女の家に着いた。少女は「よっ」と荷台を降りる。

「送ってくれてありがと。また、明日学校でね」

「うん。じゃあ」

 そう言って二人は別れた。

 帰り道。少年は荷台にクッションとして敷いたままの鞄を手に取った。

「……」

 回りに誰もいないのを確認し、少年はそれを顔に近づけた。鞄からは慣れ親しんだ自分の匂いに混じって、少女の香りがしたような気がした。

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放課後の自転車 雨野 優拓 @black_09

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