弟(太田純真)視点

弟(太田純真)視点・第1話 「視点」

「・・・目標、○○公園前にて確認。少し周りを気にしています。」


「了解。引き続き、西橋は電柱の隅で隠れていてほしい。合図のブザーが鳴ったら、すぐにに移れ。You copy?」


「あ、I copy・・・?」


純真のサッカー部での後輩マネージャー西橋直海にしはし なおみは弱気な返答をすると、すぐに電話を切ってしまった。よほどドッキリ慣れしていないのであろう。太田家の窓からちょろっと見える西橋の足は生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えていた。

西橋は明らかに仕掛け人に回れるほど度胸あるわけではないし、明らかにターゲット側の人間だ。たしか同級生に黒板消しを落とされていただろうか。

あまりに古典的なドッキリにすら引っかかるマヌケを仕掛け人にしたのには、もちろん理由がある。あまり悟られたくない理由が・・・。


純真は窓に向き直り、2階から○○公園を見下ろす。

姉の遊子は不安そうに、ただ立ち尽くしていた。あの視線が怖いのだろう。四六時中付き纏ってくるあの視線が。

その視線の正体はレーザーポインターだ。神経質な人間ですら気づくか気づかないかぐらいの細さ・薄さのものを使っていた・・・今日までは。もう遊子にレーザーポインターは当たっていない。

人間とは不思議なもので、一度感じた不気味な気配を関係のない場所でも感じてしまうそうだ。遊子もその例にもれず、存在しない視線に怯えている。いつも殊勝で大らかで、身長も172cmと大きく『オニ姉ちゃん』と呼ばれていた姉の面影はとうに無くなって、ただ虎に怯える兎のような姉の姿がそこにはあった。


いい気持ちだ。

純真はいつも姉に守られてばっかでいた自分にどことなくうしろめたさがあった。もう高校3年生にもなるのに身長は165cmで、体格も小柄な自分は姉に勝てないという自負があったのだ。喧嘩をしても力でねじ伏せられることは小3のときに知った。口喧嘩をしても論理的な口調でなだめられる自分が空しかった。いつの日か、俺は不平があっても姉に言うことはやめた。勝てないからだ。正面からじゃ絶対に勝てない。


ある日、深夜に目が覚めて気分転換にテレビを見た。内容はよくある犯罪を解決するドキュメンタリーだった。そこで、『カメラ盗撮によるストーカー行為!』という事件を見た。これは普通のヒトなら恐怖を覚える内容だと思った。同時に、これを姉にしてみたらどうなるんだ?という疑問が湧いた。


次の日、通学路近くの工具店に行ってレーザーポインターを購入した。普段使わないせいもあってか店主のおじいさんに若干怪しまれた。その場は「ぼく、ガンマニアで・・・。」という言い訳で事なきを得た・・・ような気がする。

ともかく、俺は○○公園の茂みにレーザーポインターを仕込んだ。そして、姉がいつも通りに帰る時刻に、スイッチを起動した。すると効果てきめんで、姉は帰ると不安そうな表情を浮かべていた。俺が「どうしたの?」と聞くと、「なんでもないよ。」といつも通りのあっけらかんとした態度で微笑んで見せた。姉の頬に冷や汗が流れていたことを俺は見逃さなかった。


毎日、毎月、俺は視線を作った。基本は○○公園に仕掛けるのだが、それだけだと「○○公園に何かがある」と帰宅ルートを変更される可能性があるので、通勤ルートにも3個程度の仕掛けを作った。それらの効果もあるのか、姉は少しノイローゼ気味になってしまったようだった。

初めて、俺は姉に勝っていたのだ。だが、まだ確固たる勝利には至っていない。

緊張からの緩和、からの恐怖。ホラー映画などによくある手段だ。視線からの解放、家は目前、玄関ドアに手をかける、その瞬間・・・。


「太田くん!お姉さん、もう太田家近くまで来てます!」


「了解。すぐに合図を出すので、その瞬間にお願いします。You copy?」


「I copy!」


さて、そろそろリビングにでもいくか。俺はブザーの起動ボタンを押し、机の引き出しにサッと入れた。鳴り響くブザー音。姉の心拍数に同期しているような気がする。ブザー音はだんだん遠くなり、やがてぷつっと途切れる。


俺がリビングのソファーに腰かけていると、姉はハイヒールのまま駆け込んできた。必死の形相を隠す間もなく、俺は遊子に抱きかかえられた。


「姉貴、どうしたの?」

一か月前から練ったコトバ。演技と思えないほどすらすらと言えた。


「絶対に、何があっても、わたしの傍にいて・・・!」

姉の初めて見せたナミダ。これまでに見たことのない表情だった。


「姉貴、痛いって。」

俺の心に燃える程熱い何かがこみ上げた。完勝だ。俺は姉に完勝した。この感情は昂ぶりだ。ああ、気持ちがいい。


俺は姉にぼろを見せない。冷や汗を抑えきれなかった姉のようなへまはしない。姉は俺を守るという気持ちでいるだろう。だが、その見下した感情もすぐに消し去ってやる。


『私を守って』と言うまで・・・。

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姉ストーク 礫ラッカ @Rakka_Reki_YURI

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