ハロウィンSS:『試食会』『トリックオアトリートx2』

 今回はハロウィン要素(大遅刻)が入ったSSとなります。

 例によって、SSは時系列や細かな個所は気にしない方向でお楽しみいただけますと幸いです……!

 3本連続となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




 ――――――――――



『試食会』



 もう秋で、楽員の敷地内に植えられた木々も表情を変えつつあった。

 クロノアに呼ばれて学院長室を訪れたレンが彼女に茶を振る舞われてから、もう三十分が過ぎていた。空いた窓の外からは、生徒たちが放課後に思い思いの過ごし方をする声が聞こえてくる。



「もう秋だね~」


「ですねー……」



 面と向かって座りあっていた二人。

 レンの目の前に腰を下ろしていたクロノアは、今日もきらきら輝いて見える可憐で、綺麗な笑みを浮かべていた。神秘的とも称される抜群の容貌から放たれたそれが、すぐに茶目っ気を感じさせる笑みに変わる。



「話すためだけのお誘い以前もありましたけど、今日はなんか、クロノアさんの雰囲気が違う気がします」


「たとえば、どんな風に?」


「こう……うずうずしているような」



 クロノアが「ふっふっふー」と笑い、



「ぴんぽーん! 大正解!」



 声を弾ませて言った。



「最近、あんまり目立った催しごとができてなかったから、今年の秋は何かしたいなーって。一応、理事会にも話を通してあるんだよ」


「ってことは、クロノアさんが主導になって何かするんですか?」


「うん。この季節だし収穫祭にこじつけて、みんなが楽しめる催しごとにするつもり!」



 そういうと、クロノアは用意していた企画案をレンに見せた。

 クロノアの手書きで、ところどころに『ここ、目立たせる!』とか、『どっちがいいか検討!』など可愛らしくメモが記入されている。



「魔法で校舎を可愛らしく飾り付けてみたり、いつもと違う雰囲気にしたくて」


「いいですね。でも、この学校の名誉とかに関連して、駄目って言われたりしないんですか?」


「ふふーん。そっちはボクがどうにか交渉したって言ったでしょ?」


「なるほど……理事会にそこまで話を通していたとは」



 学生思いのクロノアらしく、もうほぼ決定らしい。

 企画案をまとめるため、最近は少し寝不足なのだとか。



「ちなみに俺をここに呼んだ理由って何ですか?」


「はえ? 自慢したかっただけだよ?」


「この企画をですか?」


「そうそう! 頑張ったから見てほしくて、つい」



 いますぐにでも褒めてほしそうに笑う魔女を前に、レンは茶化すことなく「すごかったです」と告げた。



 するとクロノアは気をよくしてより一層頬を緩める。

「やたっ!」と明るい声色彼女が言うと、彼女が座るソファに置いていた魔女のとんがり帽子からきらきらした光の粒が宙に浮きはじめた。

 嬉しくて、思わず光らせてしまったとクロノアが言う。



「せっかくなので、食堂でも普段と違うメニューがあるといいかもしれませんね」



 レンが何の気なしに言うと、クロノアが「食堂?」と興味を示す。



「収穫祭と関連した催し事ならいいと思いませんか? 各地の食材で作られた特別なメニューとか、学生が喜びますし、関係のある商会への恩返しにもなりそうで――――」「うん! それいいかも!」「――――お気に召したようでよかったです」



 食い気味に同意したクロノアが杖を取り出して軽く振ると、窓際の机の引き出しが勝手に開いて、紙とペンがふわふわ飛んでくる。

 すぐにメモをはじめたクロノアが、



「レン君はどういう料理がいいと思う?」


「すぐには思いつかないんですが……大通りのレストランでは、秋の野菜を使った料理とかフルーツのケーキが人気らしいですよ」


「うん? そうなの?」


「はい。日に日にそういう店が増えてる感じです」



 リシアやフィオナも気になっている、と話していたのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌日は都合がいいことに学院が休みだったこともあり、昨日の話のつづきをした。

 レンと一緒に学院に来ていたリシアとフィオナの二人は、レンよりも通り沿いの店に詳しい。いま人気のメニューをはじめ、この秋の新作で何が目立っているのかなどを、クロノアは興味津々に聞いていた。



 最終的に、食堂のキッチンを借りて試しに作ってみようとも。

 まずは簡単なものから、どんな味なのかクロノアが気になっていたからである。



 どうせならいまから大通りに向かって買えばいいとも思ったのだが、今日は休日でどこも混んでいるから、まずは自分で作ってみることに決める。大通り沿いの店には、また平日にでも行けばよかった。



 食堂には学生や職員が一人としておらず、三人の貸し切り状態だ。カウンター越しに見えたキッチンに足を踏み入れたレンは、いつも自分が注文するカウンターの外側を見て、不思議な気分になった。



「食材は用意してあるんだ」



 食堂の一角に積まれた木箱の蓋が開いていた。昨日、レンから話を聞いたクロノアがすぐに発注していたものだ。

 木箱の中に見えた秋の恵みをレンが「へぇー」と呟きながら眺めていると、キッチンの中央にある金属製のテーブルを囲んでいた女性たちが話す。



「どれから作ってみましょうか?」


「これはどうですか? 前に似ているお菓子をセーラと食べたことがあるんですが、すごく美味しかったですよ」



 クロノアも「うん! ボクも賛成!」と頷いたところで、必要な材料の容易に取り掛かる。秋の野菜……砂糖……小麦粉……いくつかの材料を計量し、用意したところで調理に取り掛かる。

 レンはと言えば、



 ……俺は邪魔になりそう。



 手は足りていそうだったから、手伝いを申し出ても逆に邪魔になりそうだ。

 かといって外に出て自分だけ図書館で待つのも、どうかと思った。迷ったレンは、選ばれなかったメニューの一つをじっと見た。



「レン君? どうかした?」


「ちょっと気になるものがあって。俺は俺で作ってみてもいいですか?」


「もっちろん! あっ、でも、ナイフを使うなら怪我をしないように気を付けてね!」


「ありがとうございます。じゃあ、俺はあっちのテーブルをお借りします」



 レンはそう言い、調理器具をいくつか借りて歩いた。

 途中、木箱から野菜を貰って、別のテーブルに材料と一緒に置いた。

 作り方を眺めながら、



「……これを切って、煮てから裏ごして――――」



 美味しそうな見た目だったから気になった、そのくらいだったのだが……。



「適度に焦がしたバターに――――」



 作り方を読むと考えていたより細かくて、頬が引きつる。

 しかし、ここでやっぱり止めた、と言うつもりもない。挑戦することに慣れっこだったレンの心は折れなかった。



 幸い、少し簡単なレシピも書いてある。

 はじめから難しそうなレシピにするのではなく、まずは簡単なほうからやってみようと思い立ったレンは、ナイフを手に取り野菜を切りはじめた。



「ミスリルの魔剣のほうが切れる……」



 切れ味に不満を漏らすも、こんなところで魔剣を使うわけにもいかない。

 しかし刃物の扱いは慣れたもの。切れ味に不満はあれど見事に切り分け、レシピに書かれていた通りにこなしていく。



「次は型に入れて――――じゃなくて、先にオーブンを予熱しないと」



 それなりに手際よく進めること、数十分。



 レンはオーブンの蓋を閉じ、作業が落ち着いたところでリシアたちの元へ戻った。彼女たちもちょうど落ち着いたところだった。



「レンはどうだった?」


「レシピ通りにやってみたつもりですけど、オーブンを開けたら妙な物質ができてる可能性もあります」


「もう、変なこと言わないの」


「いやいや……割と本気ですよ」



 冗談交じりだが、きちんと半分本気だった。

 菓子作りをしたことがなかったから、レシピ通りにしたつもりでも不安なのだ。とはいえ簡単な作り方を選んだから、レンが言うようなことにはならない――――はず。きっと。

 問いかけたリシアも、話を聞いていたフィオナとクロノアも笑っていた。



 四十分も過ぎた頃、休憩していた四人がオーブンの様子を見に行った。



「どうかな? ちゃんと焼けてるといいんだけど……」



 クロノアがオーブンの蓋を開けて中を取り出す。板に並んでいた焼き菓子は、無事にそれらしい形に完成していた。



「よかった。大丈夫でしたね」


「ふふっ、いい香り」



 フィオナとリシアも胸を撫で下ろし、軽くハイタッチ。

 あとは味見をして、食堂の季節限定メニューとして取り入れるかどうかの参考にすることになっていた。

 焼きあがったばかりの菓子を皿に置いて休ませようとしていたとき、



「レンの方はどうかしら」



 リシアが気になり、菓子を皿に置いてからレンの傍へ歩を進めた。彼もいまオーブンを開けたばかりで、そこからリシア好みの甘い香りが漂う。



 キッチンミトンを手にはめ、オーブンの中から金属の板を取り出したレンの姿が、意外にも似合っていた。剣を握る凛々しい姿も好きだが、レンのまた違った魅力をリシアが感じた。



「リシア、そっちはどうでした?」


「どうにか形になったと思う。あとは味なんだけど……」



 リシアの目線がレンの目元から降りて、彼の手元へ。

 取り出されたばかりの焼き菓子が乗った板を見たリシアが、



「レンが作ったお菓子、すごく美味しそう」



 あまり凝った見た目ではないが、それでも手先が器用なレンらしく、無難に成型した焼き菓子が並んでいた。



 出来上がった菓子を並べた大きな皿を食堂のテーブルに運び、それだけでは味気ないと思ったレンが皆の分の茶を淹れた。

 四人が一つ、また一つ口に運ぶたびに舌鼓を打ち、笑みを浮かべた。

 やがてレンが作った菓子にも手が伸びる。



「美味しい……っ!」



 リシアとフィオナが声を重ね、



「んー! すっごく美味しいよ!」



 クロノアも同じような感想を口にしながら喜んでいた。

 喜んでもらえてよかった、とレンが密かに胸を撫でおろしていた。

 小一時間もした頃には出来上がった菓子がなくなり、関係のない雑談も交えながらゆったりとした時間が過ぎていく。



 日が傾きはじめる前に後片付けをして、食堂を出て中庭に行った頃には空が茜色だった。



「ボク、こんなに楽しいお休みは久しぶりかも」



 日頃、学院長としての責務に追われるクロノアが晴れやかな顔を浮かべていた。



 帰る前に学院へ荷物が届き、四人がついでにそれらを確認してみる。

 大きな木箱の中には飾りつけに使うためのものが多くあった。大きなところはクロノアが魔法でどうにかするつもりだったけれど、それでは足りない箇所はこうした品を使う予定であるという。

 クロノアが木箱から大きなかぼちゃを取り出した。



「あははっ! 被れそうなくらい大きいね、これ」



 かぼちゃは中身がくりぬかれており、目と口が彫られている。底には大きな穴が開けられていた。大人でも被れるし、中にキャンドルを置いても大丈夫な品だった。



「おー、本当に被れそうですね」


「レン君も持ってみる?」


「よく見てみたいので、いいですか?」



 言ったレンがクロノアの手からかぼちゃを受け取り、穴の大きさを確認した。



「っとと」



 被ってみる。

 一瞬だけふらっとしたが、普段とのバランスの違いで一瞬戸惑っただけ。

 そんなレンがリシアたちを見ると、彼女たちが口を開いた。



「レンったら」


「ふふっ、大丈夫ですか?」



 かぼちゃを被ったレンが普段と違い可愛く思えて、リシアとフィオナが微笑みを浮かべていた。



――――――――――



『トリックオアトリート:リシアの場合』



 秋のある日、獅子聖庁で剣を振ってきたレンとリシアが帝都を歩いていた。

 獅子聖庁最寄りの駅には行かず、散歩がてら通りを歩く帰路の途中に、二人が町の様子が普段と違うことに触れる。

 秋の収穫祭が近づいているとあって、各所で飾り付けがされていた。



「この時期になると、やっぱりいつもと違いますね」


「大通り沿いのレストランとかも、秋限定のメニューが増えてるのよ」


「へぇー……どんなのですか?」


「秋のお野菜を使った料理とか……あと、秋の果物を使ったケーキも美味しそうで――――」



 食べ物に限らず、雑貨屋なども秋の装いをしているという。

 言われてみれば確かにそのような店ばかりだ。街灯に照らされた道の片隅にあった雑貨屋を見れば、飾りつけに力が入っている。



 もう遅いからレストレンに寄って帰るのも……。

 しかし、せっかく話に出たのだからとリシアが思っていたら、



「ねねっ」



 彼女は飴を売っている出店を見つけ、半歩先を歩いていたレンが着ていたコートの袖をそっと摘まんだ。つん、つんとつつくように彼の手首にアピールして、彼に振り向いてもらう。



「どうかしましたか?」



 たまにはこういう言い方をしてもいいだろう。

 リシアは普段と違い、悪戯っ子のように可愛らしく頬を緩めると、



「お菓子をくれないと、悪戯しちゃうかも」



 くすりと楽しそうに、僅かに甘えるように。

 隠しきれない気品に年頃の少女らしさを入り混ぜつつ、リシアはそんなことを口にした。



――――――――――



『トリックオアトリート:フィオナの場合』



 放課後、フィオナがユリシスの伝言をレンに告げてからのことだった。

 二人が話していたのは廊下だった。ここにいると、帰宅の途に就く前の生徒たちの話し声も聞こえてくる。



 ほとんどの生徒が、秋の収穫祭に関連したことを話していた。

 通り沿いの店の飾り付けが――――限定のメニューが――――など、様々なことが話題になっていた。



「今年も賑わってるみたいですね、レン君」


「エレンディルも、最近は飾りつけをした店が目立つようになりましたよ」


「あっ! 知ってます! 楽しそうですよね……っ!」



 そうだ、とフィオナが唐突に、頬を綻ばせた。

 この時期の催しの際には、こうした言葉を口にする例があるという。



 フィオナはちょっとした茶目っ気を出した。

 人気のない渡り廊下に差し掛かったところでだった。



「レン君」



 呼びかけられたレンが足を止めてフィオナを振り向くと、彼女が腰をわずかにくの字に曲げてレンを見上げる。



「お菓子をくれないと、悪戯しちゃいますよ?」



 少しだけ頬を赤らめ照れくさそうにしつつ、年上らしさも漂わせて。

 前に、もっと積極的にならなければと自らを鼓舞したフィオナだからこそ、少し勇気を出して言ってみたのだ。



 そして、レンだが――――



「すみません、いまはお菓子を持っていないので……」


「……え?」



 考えてみれば、レンが都合よくお菓子を持っているとも限らない。

 驚いたフィオナへレンが言うのは、代替案だ。



「というわけで食堂に寄って、お菓子を買ってから行くのはどうでしょう」



 彼を困らせてしまうことはフィオナも本意ではないが、たまには彼の優しさに甘えたくなってしまう。



「い、悪戯はなしです!」 



 顔を赤らめたフィオナの、必死で可愛らしい声だった。



――――――――――



 3本連続となりましたが、お楽しみいただけておりましたら幸いです。

 ここで一つ告知と、ご挨拶を……!


 コミックス版:物語の黒幕に転生して(3)

 11月25日に発売となります!

 是非ご予約のほど、よろしくお願いいたします!


 また、原作4巻&7章も準備を進めておりますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです……!

 では、続く話でまたお会いできますように!

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物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(Web版) 俺2号/結城 涼 @ore2gou

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