きょうのものがたり

奈津紀

第1話 虹の魔法

虹が架かる仕組みを

誰も知らなかったとしたら、

ただの魔法だったのかもしれない。


(しまった!明日から近くのスーパー

 しばらくお休みなのに、水を汲み忘れた)

バイト帰りの昼間に

一度食材の買い溜めはしておいたものの、

無料で貰える飲料水のことを

すっかり忘れていた。

お店でボトルさえ買えば

永久的に水貰え放題なよくあるアレである。

どうしてこうも、

後から忘れ物に気付くのだろう。

タイムリミットが過ぎた後であれば

諦めもつくのに、

閉店の時間まであと1時間はある。

(しょうがない、行くか)

今日はもう家から出ないつもりで

着替えた部屋着を脱ぎ、

近所へ出掛ける用の

シンプルなワンピースを着る。

専用のペットボトルと財布、スマホを

大きめのトートバッグに入れ家を出る。


外はオレンジと水色がごちゃ混ぜの空を

雲が広めに広がっていた。

(もしかしたら、虹が出ているかも?)

少し前まで土砂降りだった雨が

今は小雨に収まり、

太陽の光も少し出ている。

(あ、あった)

空を360°見渡し、なんの苦労もなく

今にも消えそうな虹を見つけた。

虹が出る仕組みを知っていれば

なんてことない。

雨上がりの晴れた空を見渡せば

虹はあるのだ。


 閉店直前の店内は買い物客で溢れており、レジも長蛇の列となっている。

買い物はすでに済ませいている私は、真っすぐ給水所へ向かう。

トポポポポポポポポ……

2リットル入るボトルに、透明な水が入っていく。

まるで、自分の薄汚れた心が、

穢れのないきれいなエネルギーでいっぱいになる気がして

いつもじっと見つめてしまう。

「この水は、そんなに美味しいの?」

 自分の世界に夢中になっていた私は突然の質問に驚いた。

声のする方を向いてみると、買い物を済ませた淑女が

ボトルに水が入っていく様子をまじまじと見ていた。

「みんなここで給水しているから、どうなのかなって思って……」

 美味しいか美味しくないかと言われたら、正直どっちでもない。

そもそも、水道水を飲むことに抵抗があるからここの水を使っているだけで、

味わったことなんてなかった。

機械のことには詳しくないが、この給水機の水は

不要物を濾過器で取り除いただけで、もともとは水道水なのだろう。

「さ、さぁ、どうなんですかね?」

 突然の問いかけに上手く対応出来ず返答に困ってしまったが、

おばあさんはにこっと笑った。

「たくさんの人がここのお水を飲んでいるから、きっと美味しいお水なのね。

 年寄りにはこのお水運ぶのは少し大変だけど、今度飲んでみるわ」

私は何も答えてないのに、「ありがとう」と言いながらおばあさんは去って行った。

 おばあさんは知らないのだ。私が小さい頃虹が出る仕組みを知らなかったように―—。



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きょうのものがたり 奈津紀 @natuki_story

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