ほら、そこに髪の長くない女の幽霊が……

ちびまるフォイ

その職場は髪型自由ですか

「そろそろ美容室しめるから、練習もほどほどにね」


「はい店長」


「じゃ電気お願い」


店長が帰ってからが私のメインの練習時間。

はやくハサミをもたせてもらえるように練習しなくては。


何時間ほどそうしていたのかわからない。

カットマネキンの髪を切って練習していた深夜2時のこと。


カランカラン。

店のドアが開いた。


「いらっしゃ……じゃなかった。すみませんお客さん。

 私はいますが、お店はやってないんですよ」


「髪……髪……」


「え?」


「髪を……髪を……」


「!!」


私は入ってきた人の足元を見て凍りついた。

足がない。髪の長い女の幽霊だった。


がちがちと口が震え始める。

どうしよう。どうしようもない。


「髪……」


「ごめんなさいごめんなさい! 成仏してくださいーー!」


「髪を……切ってください……」


「……え?」


見ると、髪の長い女の幽霊は自分で椅子に腰掛けている。

なんならシャンプー台も引き寄せ始めている。

やる気満々だ。いやそれ客が主導でやるやつじゃないから。


「髪……切ってください……」


変に断ったら呪われるんじゃないかと、私の中の首相が高らかに事なかれ主義宣言をしたことで私はこの人を客として接することにした。

私の最初のお客さんが幽霊だなんて。

ここは無心で耐えるしかない。


「お、お客様。今日はどんなふうにいたしますか?」


「髪を……バッサリ切ろうと思って」


「え゛」


「いやなんか女の幽霊っていつも髪の毛長いじゃないですか……。

 ひとりひとり幽霊はちがうのに一緒にされるの嫌で……」


「こ……個性って大事ですよね……」


「なのでバッサリいこうかと……ベリーショートなんてよくないですか」


私は脳裏で白装束を着て、頭に三角巾をつけた、ベリーショートの幽霊を想像してしまった。



めっちゃスポーティである。


恐怖よりも別の部分が気になってしまう気がする。

幽霊としてそれはどうなんだ。


しかし、幽霊が長い髪であるべきというルールはないし

美容師のはしくれとしても客の希望を店員が断るのは相手の気持ちを無視することになるのではないか。


とか考えているけど実際はへんに怒らせて呪われたくない。

私はすぐに返事をした。



「似合うかと!!」


「でしょう!!」



長い髪の女の幽霊は、耳が出るほどのベリーショートの女幽霊になった。


「いかがですか?」


「うーーん……そうねぇ」


ベリショの幽霊は鏡にうつる自分の顔を角度を変えながらなにか考えている。


「私……最近ね、私のところに肝試しにきたカップルがいるのよ」


「……?」


「でね、その子たちの髪色がピンクと青色だったの」


「はぁ」


「ふたりは私を見て驚いて逃げていったのだけれど

 それは私が黒髪だからってことに驚いたのかと思っているの」


「なんで」


「今の子はピンクや茶髪、金髪に青色……髪色はさまざまでしょう。

 むしろ変えない子のほうがおおいと思うのよ」


「……そ、そうですかね」


「そうよ、そうに決まってる。やぼったい黒髪であるべしなんていう

 昔の価値観を引きずっていては、私が今度現れるとききっと笑われるわ!」


「笑われるって?」


「"うわこいつまだ黒髪のままだよwwwwww"とね!!!」


短髪の幽霊はすでに備え付けの雑誌の「カラーリング特集」ページを見始めている!

気持ちはすでにそっち側に傾いていることは明らかだ。


しかし私はここでどうするべきか。

そもそも暗い場所で幽霊出るからヘアカラー変えたところで暗くてわからないとか思っているけれど。


ここで変に機嫌を損ねて呪われたら元も子もない。

私はハッキリと伝えた。



「今は、レインボーにするのが流行っています!!!」


「それで!!!」



ふたつ返事でベリーショートの髪が虹色になってからも

幽霊の自己表現のすべてを髪で発散する意欲は止まらずパーマを当てたりしていたら明け方になった。


「ありがとうございました……」


カットを終えた幽霊はすぅとどこかへ消えてしまった。


呪われまいと幽霊の出すすべての注文をこなして見せた自分は、

美容師として腕前がいちだん上がった気がした。








それから1ヶ月後、美容室は潰れた。

理由はひとつだった。


「ねえ、あそこの美容室跡って……」


「そうそう。ノリで注文してカット後に冷静になったときに、

 カット失敗したことを後悔する女幽霊が出るらしいよ……」

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