キャンディマンの亡霊

Jack Torrance

キャンディマンの亡霊

奴が死んだって誰も悲しむ奴なんていねえ。


きっと、おふくろさんだってそう想うに違いねえ。


人様にヤクを売りまくって廃人同然の人間を生産し続けるキャンディマン。


ディアブロ ポーターはキャンディマンを生業として生きていた。


人を甘い言葉で唆し骨の髄までヤク漬けにしやがる。


俺もディアブロに唆されてジャンキーになった口の一人だ。


だから、俺も腐った人間だからディアブロの事を言えた義理じゃねえ。


しかし、俺が骨の髄までジャンキーでヤクに魂を売り渡していたようにディアブロ(スペイン語で悪魔)は、その名の通り悪魔に魂を売り渡していた。


上等な服を着込んで一端を気取ってやがった。


強い者には媚び弱い者からは吸血鬼や蛭のように吸い取れるだけ吸い尽くして全てを奪い取る。


弱肉強食の憂える今生。


ディアブロは卑劣極まりない反社と言う名の人材派遣会社から遣わされた飛び切り優秀な人材だった。


「ディアブロ、済まねえが今日はツケで分けてくんねえか」


ディアブロは、こっちがヤクが切れて禁断症状が出てるにも関わらずこう言いやがった。


「おい、マック、残念だったな。今日はおめえに渡せるヤクはねえ」


そう言って金の無い俺を無下にあしらった。


そして、ディアブロは冷笑して俺を蔑んだ。


「おい、マック、金持って出直して来な」


俺は日本の伝統文化、土下座よろしく!


米搗飛蝗(こめつきばった)の如き低姿勢で頼み込んだ。


「頼むよ、ディアブロ、今回だけツケで買わせてくれよ。もう、ヤクが切れそうなんだよ」


ディアブロは執拗に要らない商品を売りつけろうとするセールスマンを追い払うような手の仕草をした。


「うっせーな。こっちは現金勝負なんだよ。ツケは利かねえんだよ。解ったか、このウスノロ。一昨日来やがれ」


俺は、この窮地を脱するのにジャンキー仲間のモーリーンに一発きついのをぶち込んでもらった。


お返しに俺のぶっといのを注射してやってモーリーンをヤクとポコチンというWの注射で昇天させてやった。


「あんた、良かったわよ」


ベッドの上で放心状態で寝転がっているモーリーンの声は俺の耳には聞こえなかった。


波打つモーリーンの三段腹。


まるで、波打ち際に打ち上げられたトドかセイウチのように見えちまう。


これはヤクでラリってる訳じゃねえぜ。


ケッ、ブタめ。


それも生粋の牝豚だ。


現実逃避。


今の俺に出来る術はそれのみだ。


俺はモーリーンに背を向けベッドに腰掛け煙草を燻らせながらディアブロの事を考えていた。


チクショウ、あのヤロー、ぶっ殺してやる。


俺の腹は固まった。


ディアブロを襲撃してヤクと金目のもんを奪う計画を企て俺は、それを実行に移した。


奴の家にヤクが届くのは水曜の24時きっかし。


ディアブロはおつむの詰まっていねえ7つの子供並に頭と口は軽かった。


奴に水曜の23時から日を跨いで1時の間に電話をすると奴は決まってこう答える。


「今からサースの奴が24時きっかしに配達してくっからもうちょい後に電話してくれ」


サースって奴はディアブロの弟分で兄貴分がどうしようもない馬鹿なのに対して弟分はそれに輪を掛けたど阿呆だ。


ディアブロのコーク(コカイン)は純度の高さが売りだがサースのヤローがコロラドだかアリゾナだかで知り合ったチンケな売人から仕入れて来やがった売りもんにもなんねえ純度の低い混ぜ物なんかを俺らに捌こうとしやがったとんだ頓馬だ。


24時半が襲撃の絶好の時だ。


俺は帽子を目深に被って配送業者の格好で奴の家の玄関に行く。


一度、ディアブロは昼に荷物を届けに来た配達業者のあんちゃんに「夜に出直して来やがれ」とハジキをちらつかせて追い返した事があった。


夜にヤクを売り捌いて昼間に寝てる奴だからこの時間に配送業者が来ても何とも思わねえヤローだった。


俺は配送業者の格好をして手斧を背後に隠し持ち奴の家のインターフォンを押した。


ディアブロがインターフォン越しに言った。


「何か用か?」


俺はくぐもった声色でミズーリ訛りの喋り方で声のトーンを下げて言った。


「お荷物が届いてますが昼間に来ても応答が無かったので出直して持って来たのですが」


暫しの沈黙。


「ちょっと待ってろ」


ディアブロは用心の為に腰にハジキを忍ばせて玄関の扉を開けた。


その瞬間だった。


間髪入れずにドアノブを握っているディアブロの頭頂部目掛けて俺は渾身の力で手斧を振り下ろした。


グシャ。


人があまり耳にしたくない鈍い音とともにその場に前のめりにディアブロは倒れ込む。


誰がどう見ても即死だった。


手斧が額にまでめり込んでやがる。


俺は玄関が閉まるように玄関の仲に入り両足を抱えてディアブロを引きずり込みドアをロックした。


血溜まりが出来ていて俺のお気に入りの編み上げブーツが汚れた。


どうせ血を踏んで足跡が出来るから事が終わったら処分だな。


一目散にリヴィングに向かい部屋の中を物色した。


あった。


ディアブロが一週間で捌くヤクのパケの山が。


取り敢えず、そのヤクのパケを一つ手に取りテーブルの上に一筋つくって俺は鼻からおもいっきり吸引した。


これだよ、これ。


活性化する脳内。


俺は持参したボストンバックに一人勝ちしたディーラーが客のチップを掻き集めるようにヤクを掻き込みバッグに詰めた。


プラダの靴箱に入っている現生も見つけた。


20ドル紙幣。


50ドル紙幣。


100ドル紙幣。


輪ゴムで縛った札束。


ざっと見て1万5000から2万ってとこか?


それに、ロレックスやオメガの腕時計に宝石やブレスレットの宝飾品。


ピートじいさんの店に持ち込めば金になるな。


あのじいさんは盗品だろうが何だろうが金になると踏んだら質に取ってくれる強欲じいさんだからよ。


俺は金になりそうな物を全てボストンバックに詰め込んだ。


わけえ頃に若気の至りでブスなかみさんと結婚する羽目になっちまったが、そん時にダチが開いてくれたバチェラーパーティーの時のような高揚感に浸った気分だ。


あん時はストリッパーの姉ちゃん呼んでコールガールも5人呼んで6Pしたっけな。


俺が楽しい思い出を回想しながら夢中で物色しているとなんか生暖かい空気を玄関に感じた。


俺は10分そこそこで手に入れたい物をバッグに詰め込みずらかろうと玄関に向かった。


早足で玄関に向かう。


廊下がみしみしと軋み玄関のくたばっているディアブロを跨いで外の新鮮な空気を吸い込んで楽しい俺のドラッグライフが待ち受けていると期待に胸を膨らませてとんずらしようとした時だった。


その時だった。


手斧が頭にぱっくり刺さっているディアブロがすっくと起き上がり俺の方を振り向いてにやりと笑いながら首をポキポキと鳴らした。


その笑みは顔面神経痛の奴が笑った時に見せる左右不対照な歪んだ非常な笑みだった。


「オー、いてえな。おめえ、よく見りゃマックじゃねえかよ。よくも殺ってくれたな。見ろよ、これ。この前、仕立てたばっかの一帳羅が血だらけでおじゃんになっちまったじゃねえかよ。ちょっと、おめえ、この落とし前どうつけてくれんだよ。まあ、そんなに慌てて帰らなくてもいいじゃねえかよ。おめえ、ちょっと、こっち来いよ」


手斧を昔の日本の大名のちょんまげのように頭に刺さったままディアブロが俺の肩に手を回してリヴィングのソファーに連れて行った。


ディアブロがソファーに腰掛けてふんぞり返って言った。


「おい、おめえ、ちょっと、此処に正座しろ」


俺は項垂れしょんぼりしながら言われた通りに正座した。


ディアブロが胸の内ポケットからマルボロを抜き取りジッポで火を点けた。


大きく煙を吸い込むと頭の手斧が刺さっている傷口から漏れ出るように煙がもくもくと立ち上っていた。


ディアブロの後ろの壁に貼られているヌードのピンナップがゆらゆらと蜃気楼のように見えた。


まるでサイエンス フィクション。


俺は自分に言い聞かせた。


これは現実じゃねえ。


悪夢を見ているんだと。


そうやって昔のかみさんやモーリーンとのファックを現実逃避して忘却の彼方に追いやって来たじゃねえか。


ディアブロが虚空に向かって気持ち良さ気に煙を吐き出しながら言った。


「おい、マック、おめえ、大それた事仕出かしてくれたな」


煙草の火をディアブロが俺の頬に押し当ててきた。


ジュュッ。


ステーキハウスで肉が焼ける音がした。


あ、熱い。


マフィアの拷問の初歩的常套手段だ。


後はカミソリで切り刻み塩を擦り込む。


爪を剥ぐ。


葉をペンチで抜く。


金玉や手足の甲ををアイスピックで貫く。


耳を裂く。


鉄パイプ、バット、角材でボコボコにされる。


海、山、川、大地に遺棄され自然に帰る。


マック ストラウト著『マフィアの方程式』より


これは、ほんとに夢なのだろうか?


ペシペシと俺の頬を嬲りながらニヤニヤしているディアブロ。


奴の死人のように冷たい手の感触が頬に伝わる。


頼む、これは夢であってくれ。


そう思った瞬間。


ディアブロの拳が俺の鼻にクリーンヒットした。


折れた鼻柱。


鼻孔からボタポタと点滴のように鮮血が滴る。


滴る鼻血が配送業者の作業着に染みを作る。


今、俺に必要なのは叱咤激励してくれて俺をチャンプにしてくれる優秀なトレーナーとか世界戦を組んでくれるプロモーターなんかじゃねえ。


どんな出血でも止血してくれるカットマンだ。


ディアブロが鼻から長く飛び出た鼻毛を抜きながら言った。


「おー、いってえー。見ろよ、マック。この長い鼻毛。でかい鼻糞が取れた時も何かてんしょん上るよな。ああ、俺、何か腹減ってきたな。おい、マック、おめえ、ビッグマックとフライドポテト。それにジンジャーエール買って来いや。おめえの肉を切り刻んでパテにして売り出したら、おめえは体がちんめえから差し詰めリトルマックになっちまうってか。ハハハ、笑えるよな。マックがマックにパシリってか。これも笑えるな。おい、おめえ、そのボストンバッグ置いてけよ。そりゃ俺のもんだかんな。解ったか。解ったんなら時速100マイルでかっ飛ばして、さっさと買って来いや」


俺は鬼軍曹から睨まれた新米一兵卒のようにびくついていた。


「は、はい。解りました。行って来ます」


俺は一目散に奴の家を飛び出し、おんぼろのピックアップに乗り込んで車をかっ飛ばした。


途中、マックのドライブスルーも文字通りスルーしてやった。


俺は慌てふためき家路に就こうとしていた。


家に帰ればモーリーンから分けてもらったヤクがまだ1パケ残ってた筈だ。


取り敢えず、それを身体にぶち込んで一息つこう。


オーバードース?


今の状況じゃ知った事か。


マックで奴の言った通りにパシリなんてしてるどころじゃねえつーんだよ。


ディアブロの亡霊から一刻も早く脱出するんだ。


頬の煙草の火傷はジャンキーで狂っちまってる俺がトリップして自分でやっちまったんだ。


鼻が折れちまって鼻血が止まんねえのも、きっと何処かで転んじまったんだ。


そうだ。


そうに違いねえ。


ドライブスルーを通り越し街を脱出した。


後は郊外のじいさんが残してくれたマイホームまで5マイルだ。


しだれ柳の木が立ち並んでいる墓地の脇をすり抜け上り坂になっている道路の頂に差し掛かった時だった。


道路脇にヒッチハイカーの姿が見て取れた。


ヘッドライトの光がヒッチハイカーの顔面を捉えた。


俺は生唾をごくりと呑んだ。


其奴は頭に手斧が刺さったままのディアブロだった。


右手を肩のラインまで平行に上げて親指を突き立てていた。


左手に手にしているスケッチブックには〈俺を地獄まで連れて行ってくれ〉と書いてあった。


奴と目が合うとにたりと笑い返してきた。


漆黒の静寂(しじま)に凡庸なオレンジ色の真ん丸い月が浮かんでいる。


月に差し掛かった雲でオレンジ色の月がスマイリーのように笑っているように見える。


夢だ。


これは悪い夢だ。


夢なら早く覚めてくれ。


そうだ。


ラジオでも聞いて気分を換えよう。


サイモン&ガーファンクルの『ブリッジ オーバー トラブルド ウォーター』でも流れているかも知んねえ。


明日に橋を架けるんだ!


ラジオのスイッチを入れた。


ジョン ピールを模倣したようなラジオのDJが次の曲を紹介していた。


「ラジオの前で聞いてくれているお前らに次の曲を捧げるぜ!次はデッドの『キャンディマン』だ」


気を付けろ


キャンディマンに気を付けろ


ここに奴が来て、また行ってしまった


可愛い女の子が友人を捕まえる


キャンディマンがまたやって来る


しんみりする良い曲だったが気が滅入ったのでラジオを切った。


俺はアクセルを踏み込みがむしゃらに夜の帳を突っ切った。


家のガレージにピックアップを乗り入れるなり駆け足で家に駆け込み扉をロックした。


洗面台の蛇口を全開に捻り勢いよく水を出した。


水が床に飛び散るのもお構い無しに顔を洗い蛇口に口を付けてガブガブと水を飲んだ。


鏡に映る血の気の引いた自分の顔を見ていたらリヴィングから声がした。


「よお、マック、遅かったじゃねえか。おめえ、戻る家を間違えてやしねえか」


リヴィングをそっと覗き込むとソファーにどっかしと腰を下ろしマルボロを気持ち良さ気に燻らせているディアブロの亡霊がそこにはいた。


「おい、マック、俺のビッグマックはどうした。ああ、あれか。俺にこの場で切り刻まれておめえがマックの工場に送られるってのはどうだ。捕れたて新鮮ミンチのジューシーマックってのはよ。名案じゃねえか、なあ、マック」


そう言ってディアブロがポケットからバタフライナイフを取り出しシャキーンといい音を鳴らせた。


手斧が刺さった傷口から煙草の煙がもくもくと立ち上り陽炎のように揺らめいている。


銜え煙草でにたっと笑うディアブロが人差し指を突き立てクイクイとこっちへ来いと合図している。


俺は一目散に家を飛び出しピックアップに乗り込み凄まじい勢いでバックさせて道に出るとホイールスピンさせながら急発進させた。


目指すは保安官事務所。


保安官事務所に駆け込むとビッグマックを頬張りながらクロスワードパズルをしている保安官のジェームズ スペイダーが何事だといった表情で俺を見た。


スペイダーは、もうじき60になろうとしていたが髪は潤沢に生い茂り日焼けした褐色の健康的な肌は年の割りには皺は少なかった。


「これはこれは、俺の管轄内に巣くう虫けら以下のマック ストラウトじゃないか。お前さん、一体どうした」


俺は一切合切を隠し立てする事無くスペイダーにぶちまけた。


スペイダーは『フー ウォンツ トゥ ビー ア ミリオネア』の司会者のようにふむふむふむ、なるほどってな具合で俺の供述に耳を傾けていた。


供述を聞き終えてスペイダーは、ふと思い出したかのようにクロスワードパズルの開いているページに目をやって俺に尋ねた。


「グレイトフル デッドの『アメリカン ビューティ』に収録されているドラッグディーラーの事を歌っている曲のたいとるは?お前さん、知っとるか?」


俺は即答した。


「キャンディマン」


スペイダーが目を瞑って30秒くらい何かを考えているかのようにしている。


奇麗に剃り上げられた顎を撫で回すようにして。


スペイダーからはアフターシェーヴローションの仄かな甘い香りがした。


そして、意を決したかのように俺に尋ねた。


「ファイナルアンサー?」


俺は教会のビンゴ大会で後25が出てくれればビンゴよ!とビンゴマシーンから出て来るボールを食い入るように見つめている淑女の眼差しでスペイダーの目を見据えて答えた。


「ファイナルアンサー」


スペイダーは、よく言ったといったような表情でこくりと頷いて俺の両手に手錠を掛けた。


俺は拘置所に留置されて裁判の日を待った。


弁護人も立てずに全ての罪を認めた。


殺人。


強盗。


薬物の使用。


そして、モーリーンのパンティとブラジャーを17歳のはち切れんばかりのダイナマイトバディの女の子の下着だと偽ってインターネットの掲示板で知り合った72歳のじいさんに250ドルで売った詐欺罪。


モーリーンは64歳だった。


俺との年の差25歳。


結審の日。


判事が俺に問い質した。


「被告人は全ての立件された罪を認めるのですね。今日でこの裁判も結審するのですがいかなる判決と量刑においても上告しないと聞きましたが…」


俺は愛する妻と子供がいながらインターネットの掲示板で知り合った13歳の女の子とたった一度の買春(かいしゅん)をしてしまって信用と実績、そして家族と名誉を失った大学教授のような神妙な面持ちで答弁した。


「はい、判事閣下。俺は全ての罪を認めます。罪を贖い全うな人間になりたいと思っています。俺はドラッグに溺れ己を見失い人としてあるまじき行為に手を染めてきました。今はドラッグを断絶しています。打ちたくても打てないというのが本音なのかも知れませんが…留置されて禁断症状も出ましたが薬物更生プログラムを受けながら今は正気を保てています。出所が何時の日か敵いましたら真面目に生きていくつもりです」


判事が俺の目の奥の中を覗き込みながら真偽の程を伺っている。


判事が手紙を取り出して母親が悪戯した我が子をやさしく窘めるように俺に言った。


「ここに一通の手紙があります。これは私宛に届いた被告人の情状酌量を求める上申書の手紙です。今から読んで聞かせますのでよくその心に刻んでください」


「アグネス キーナン判事へ


判事閣下、いや、今日は、こう呼ばせてください。姉さん。マック ストラウトは決して人に誉められた人生を歩んで来た訳ではありません。だけど、マックよりも残酷で人間のクズだと言える人間を私は多く見てきました。ディアブロ ポーターが正しくそういう類の人間です。マックのお陰でどれだけの薬物常習者が救われた事でしょう。私もその一人です。今、私は薬物更生プログラムを受けて近所のスーパーの精肉店で働いています。どうか、マックの罪を情状していただけないかと思い、この上申書を認(したた)めた次第であります。私にはマックが必要なんです。私のあそこがマックのペニスを求めているんです。マックのあそこはマクドナルドのバーガーで例えるのならばビッグマックなんです。私はマック抜きの人生なんて考えられないんです。彼ってテクニシャンなんです。マックとのセックスは私にとって食事、排泄、呼吸と同様に日常に欠かせないものなのです。姉さんも一度、勃起したマックの逸物を観たら頷いていただけると思います。私が姉さんとの関係を断絶して長い年月が過ぎました。こんな私をお赦しください


あなたの妹 モーリーン タガート」


判事がハンカチを取り出して目に溜った涙を拭う。


「モーリーン タガートは私の異父姉妹です。私の父も私と同様、判事をしていました。厳格な父でした。父は家庭を顧みない仕事人間でした。なので母は自分に構ってくれない父に嫌気が差してアルコールに逃げました。そんな母を良く思わなかった父は母と離婚しました。私と母との面会を決して許さなかった父でしたので私は母の居場所すら知りませんでした。私がロースクールに通っていた時にモーリーンが私に会いに来ました。母が死んだと言って…母はアルコール依存症になっていたらしく肝硬変で死んだそうです。モーリーンは出産証明書を持参して来たのでそれは疑いようのない真実でした。私とモーリーンは父こそは違えど血を分けた姉妹。会う機会も自然と増え私達は今まで育む事が出来なかった姉妹関係を構築しようと努力しました。そんな中でモーリーンが薬物に手を染め始めたのです。当初は更生させようと手を尽くしましたがモーリーンの薬物依存は酷くなる一途。私は職業倫理上、彼女との関係を清算しなければならなくなりました。そうして私とモーリーンとの関係は断絶しました。妹の手紙から察するにあなたの逸物はさぞ大きいんでしょうね」


判事はうっとりした目で俺を見つめて続けた。


しかし、その視線の矛先は俺の股間に向いていたように見えた。


「妹があなたを必要としています。殺害された被害者は虫けら以下の人間ですしあなたは法の執行人として正当な行為を行っただけです。私の立場で論じるのには些(いささ)か物議を醸すのかも知れませんが、この世には生に値しない人間がいるのも現実問題として感じております。殺人については無罪とします。強盗も大それた罪とまでは認められず被害者のディアブロ ポーターのように性根の腐った輩どもの家のみに侵入し金品の強奪を行っていただけなので、これも無罪。薬物の使用も人間誰しもが過ちはある生き物なのでこれも無罪。あなたが犯した罪は善良なお年寄りを騙して妹の使用済み下着を売りつけた詐欺罪のみです。ここにあなたの情状を願うもう一通の上申書が届いています。簡単に読みますね


『判事閣下殿へ


わしはオズボーン郡ダウンズで良心的な質屋を営んでおるイアン ピートと申す者じゃ。わしは17歳のねえちゃんのパンティとブラジャーだと騙されて使用済み下着を買ってしまった。わしは知らずとはいえ、その染み着きパンティの臭いを嗅ぎながら十分に楽しまさせてもらい元を取らせてもらった。知らぬが仏とは、よく言った言葉じゃな。かみさんに先立たれ一人寂しくインターネットのポルノサイトでマスターベーションに耽っておったが、あのパンティとブラジャーのお陰で20の頃に戻ったように毎日楽しくマスターベーションに励んでおる。その男に礼を言っといてくれ。


イアン ピート』


このお年寄りの方もあなたに救われた一人なのかも知れません。しかし、人を騙し欺くという行為は決して赦されたものではありません。よって被告人マック ストラウトを懲役1年6ヶ月の刑に処する。検察の求刑は懲役50年ですが大幅に減刑して1年6ヶ月でいいです。紳士な態度で刑に服して更生してください」


モーリーンが判事の妹だったなんて…


精肉店で働いていると言っていたが自分の贅肉とラードを売ってるんじゃねえのか?


モーリーンがそんなに俺を求めてたなんて…


モーリーンの使用済み下着を売りつけたのが質屋のピートじいさんだったなんて…


ピートじいさんのファーストネームはイアンて言う名だったんだな。


自宅に送り付けたんだから判んなかったぜ。


あのじいさんも人を欺いて盗品を捌いてるじゃねえかよ。


何が良心的な質屋だ。


ィアブロがヤクの売人だった事も考慮され俺は1年6ヶ月の懲役を喰らった。


こうして、俺は刑務所に収監された。


そして、その日から奴の嫌がらせが始まった。


独居房にはトイレがあるが使えない。


俺はトイレに行きたい時には刑務官を呼んで別のトイレに連れて行ってもらう。


独居房のトイレには足を組んで煙草をふかしながらプレイボーイを見ているディアブロが便座を占拠しているからだ。


相変わらず煙草の煙が手斧が刺さった傷口からもくもくと立ち上っている。


「よお、マック。あの判事もひでえよな。俺を虫けら呼ばわりしやがって殺されても当然のような言い方しやがってよ。マック、おめえ、拘置所生活も長かっただろう。それに1年半も喰らって女無しってのは辛いだろうが。どっかのじいさんのカマでも掘るか?ひゅ~、これ見ろよ。このねえちゃんのパイオツとケツ。何か俺、涎が出てきたぜ。これでも見てマスでもかけよ」


俺は便座にディアブロが座っている事を刑務官に言った。


俺は薬物の後遺症から来たしている心神耗弱で医療刑務所に送られようとしている。


きっと、奴も憑いて来るんだろうなと俺は想っている…


半年後。


モーリーンが面会にやって来た。


髪を切り少し若返ったような印象だった。


「久しぶり、マック。会いたかったわ。今日はこれにサインして貰いたいの」


モーリーンが取り出したのは婚姻届けだった。


彼女のお陰で俺は詐欺罪だけで済んだんだよな。


俺は黙ってサインしてチャールズ マンソンのように獄中結婚した。


帰り際にモーリーンが俺の上っ張りのポケットに何かを捩じ込んできた。


俺は独居房に戻りそれを引っ張り出して見た。


モーリーンの染み付きパンティだった…


パンティにはマジックでこう書いてあった。


〈あたしを感じて〉


消灯を迎え監獄が静寂に包まれる。


俺はパンティを嗅ぎながらてめえを慰んだ。


何故だか不思議と生きる活力が漲って来た。


その日以来ディアブロの亡霊が現れる事は無くなった…

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キャンディマンの亡霊 Jack Torrance @John-D

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