12.最終試験
夜、別れ間際に白兎は「今日は早く寝ておくように」といったが、「いわれなくても!」と緋鳥はすぐさま床に就いた。
ふて寝である。
(受かったと思ったのに――呪禁師になれると思ったのに)
完全なる、ぬか喜びだ。
最後の試験がおこなわれたのは、明朝、
典薬寮の外で待つようにといわれて、渋面で立つ緋鳥の前に、白兎はにこやかな笑みを浮かべて現れた。
「それでは、最後の試験だ。〈目〉を宿せたかどうかを試させてもらうよ」
「――できるかどうかもわからないのに」
不機嫌に黙っていると、白兎が苦笑する。
「そうはいっても、試験は試験だ。受けてもらうよ」
そういって、白兎の手がすっとさしだされる。
手には、紙があった。真っ白で、二つ折りにされていたが、裏側に染みる墨の跡がない。なにも書かれていないように見えた。
「この紙が、試験?」
「念を込めて字を書いておいた。〈目〉を宿せていれば、私が書いた字が読めるはずだよ。読んでごらん」
「念を込めた字? そんなものがあるの?」
「うん。さあ、どうぞ」
さしだされた紙に、緋鳥はおそるおそると手を伸ばした。
二つ折りにたたまれた紙をそうっとひらいていく。
内側が覗けるようになるやいなや、冷や汗をかいた。
――まずい。
紙は、真っ白だった。
早朝の光を浴びるとなおさら清らかに、白々と輝いて見える。
とはいえ、白兎がここに字を宿したというのが事実なら、真っ白に見えてはいけないのだ。
その字が見えなければ、呪禁師の〈目〉を宿す素質がないということ。ここまでたどり着いたのに、落第である。
紙をもつ指が震えそうだ。
(どうしよう……)
冷や汗をかいて、紙に湿り気も移っていく。
呆然となった時。はっと目を凝らした。紙の上に、ぼんやりと浮かびあがる光がある。
「なにか書いてある――」
光は文字のように見えるが、揺らめいていて、ぼやけていた。
光の字だなんて、見たこともきいたこともない。
でも、これが読めないと、見極めに及第できないのだ。
目に力を込めて、緋鳥は手元でひらいた真っ白な紙をじっと見つめた。
(見ろ。昨日の感じを思いだして。〈目〉を借りた時のあの感じを――見ろ)
――思いだせ。
――〈目〉を……浄眼を、宿せ。
目だけではなく、頭や肩、胴や、足の先までが、白兎の声に浸っていく感覚を頼りに、懸命に身体に力を込める。すると――。
紙の上にあった光色の字が、じんわりと輪郭を得ていく。
このようなことが書いてあった。
残念でした。昇進にはわずかに及ばず。
また三年後にきてください。
「ええ?」
落第の通告だった。
「緋鳥、なんて書いてあった?」
白兎はにこにこと笑っている。
対して、緋鳥は真っ青になった。
唇も指も震わせ、声まで震わせながら、「残念でした……」と光の字で書かれている内容を読みあげると、白兎が笑う。
「よくできた。及第だよ」
「――え?」
「最後の試験は、私が念で描いた文字が読めるかどうかだよ。書いたのは、『残念でした、昇進にはわずかに及ばず。また三年後に』……」
「まぎらわしいよ!」
落第したのかも――と怯えたのに。
白兎は、冗談のつもりなのか本気なのかがわからない、いつもの調子だ。
「望みと真逆の言葉だから、読もうとしなければ読めないでしょ?」
「――悪趣味だ」
緋鳥の肩にぽんと肩に手をのせて、白兎は「おめでとう」と笑った。
「では、今日からは呪禁師として、がんばって。早朝出勤に、残業続き。病気平癒に、もののけ退治、薬の管理、夜の京の見回り。激務にようこそ」
「おめでとう、だけでいいじゃないの。どうして最初から脅すかな?」
――やっぱり、悪趣味だ。
緋鳥はぶつぶついったが、及第は及第。心は浮ついた。
「やったぁ、受かったぁ!」
両手を振りあげて喜んだ。
激務だろうが、七つのころから憧れた職だ。
なるようになれ、だ。
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ひとまず、連載はここまでです。
お付き合いくださってありがとうございました!
緋鳥の物語は、書籍にしていただけることになりました。
冒頭部分に続き、呪禁師連中が鳳凰京の中も外も駆けめぐる物語になります。
展開も連載版とは少し変わります。
詳しくは近況ノートに書きましたのでご覧ください。
鳳凰京の呪禁師 円堂 豆子 @end55
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