第2話

「馨ちゃんご飯食べてきた?」

「食べたけど……。何、左右食べてないの?」

「うん、急いでたから」

 少しだけ強い口調で言うと、左右は多分私から目を逸らしながら呟いた。

 多分というのには理由がある。左右の前髪は本当に長くて目が全く見えない。所謂いわゆるメカクレくんだ。あれで前が見えてるの凄いと思う。

「まったくもう、駄目じゃない。左右は男子高校生なんだからしっかりご飯食べなさい」

「はい……ごめんなさい……」

 左右を引き連れて近くのコンビニに入る。左右は長身なのに薄くて心配になる。それはそれは薄いのだ。ぺらっぺら。

 ご飯を買わせてコンビニの裏手にある公園に行く。奢ってあげようと思ったけど「それはさすがに嫌」と断られた。

 ベンチに並んで腰掛け、左右がおにぎりを頬張るのを眺める。沢山お食べ。育つんだよ……。

「ごめんね馨ちゃん。馨ちゃんの為にここに来てるのに」

「良いのよ。確かに私たちは私のを探すために来てるけど、私は左右に会えるのも楽しみにしてるんだから」

 そう言って笑いかければ左右は安心したように眉尻を下げて笑った。

 私たちは、夜を探している。









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 馨ちゃんは夜を探していて、僕はそれを手伝う為に今ここに存在している。


 僕らが初めて出会ったのは1年半くらい前だったと思う。ネットではもう少し前から知り合いだったんじゃないかな。

 お互いの夜の姿しか知らない。それが僕らだ。太陽が輝いている日中に出会ったことは1度も無い。同じ地域に暮らしているのだから1度くらい会いそうなものだけど。

「左右?どうしたの?」

 馨ちゃんが長い睫毛まつげしばたたかせながらこちらを覗き込む。

「あ、いや何でもないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」

 若干目を逸らしながら言う。前髪のお陰でその事には気づかれていないはずなのに申し訳なくなってしまうのは何でだろう。馨ちゃんが僕のことを何でも分かってくれるからだろうか。

「それならいいけど……。体調悪いなら帰った方が良いわよ?」

「ううん、大丈夫」

 こんな魔物の巣窟そうくつみたいなところに馨ちゃんを置いていけるわけが無い。もし馨ちゃんに何かあったら……なんて考えたくもないし。

 僕は路地裏を歩く馨ちゃんの後ろをなぞる様に付いて行く。今日は路地を中心に探すようだ。昨日は駅周辺で、一昨日は商店街辺りを探していた。

 馨ちゃんの背中でユラユラ揺れる高い位置でくくられたポニーテールを眺めながら明日はどこを練り歩くのだろうか、とぼんやり思考する。

「ねぇ馨ちゃん」

「なぁに」

 なんとなく話し掛けたくて馨ちゃんに声を掛けたけど一体何を話そうか。

「あの……明日も、僕と会ってくれる?」

 馨ちゃんは足を止めて目を見開きながら振り返る。普段あまり表情が変わらない彼女にしては珍しくびっくりしている。

「……左右ったら何言ってるの?私が左右にほぼ毎日会ってもらってるのに」

「あ…………」

 くすくす笑う馨ちゃんを見て全身の血が沸騰したかのように体が熱くなる。

 恥ずかしい……。

「左右こそ明日も私と会ってくれる?」

「え、うん、もちろん!!」


 馨ちゃんは夜を探している。僕は今、馨ちゃんの為に存在している。

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夢見る熱帯魚 坂田メル @mel-sakata

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