全田―少年の事件簿 オーギュスト号殺人事件
椎名ロビン
オランウータンシャークVS帰ってきた殺戮オランウータンへ続く
高校生にして数多の事件を解決している名探偵・
そこには嫌味な医者の集団や青年実業家、オランウータン密売人に退役軍人と、変人――もとい、個性豊かな面々が乗り込んでいた。
乗客と多少の交流をして迎えた夜。
魅遊鬼に夜這いをかけようと部屋を抜け出した全田―が目にしたものは、バラバラに引き裂かれた悪徳医者・比嘉の無残な姿だった――
助けを呼ぼうにも、大地から遠く離れた客船の中。
そしてその晩、第二の殺人事件が起きる。
またも医者が殺害され、その亡骸は密室となった自室に横たえられていた。
それも一人ではない。二人同時に、別々の部屋で死亡していたのだ。
「どうだ、全田―。何か分かりそうか?」
共に現場検証をしていたケツ持ち警部に声をかけられる。
ケツ持ち警部は、全田―が初めて解決した『OPERA THE CAN CREW殺人事件』以来の付き合いで、素人探偵をやるうえで生じる様々な面倒事に対してケツ持ちをしてくれている。
推理力はからっきしだが、しかしそのコネとゴリ押し力は本物で、ケツ持ち警部にかかればどのような状況からでも大体現場検証が出来て推理ショーにも皆が協力するようになる。
今回も、ケツ持ち警部がケツを持ってくれるおかげで、こうして現場検証をおこない事件を解明する方向へと事が運んでいる。
「いくつか気になることはあった……けど、まだ判断するには材料が足りない」
今居るのは、半密室の部屋。
"半"というのは、廊下に面する部屋の一角に、拳大の穴があいているからだ。
扉からはそれなりに離れており、その穴から手を差し入れても、施錠された扉の鍵までは届かない。
また、延長コードで絞殺され磔にされた被害者も、その穴の直線状には位置していない。
この穴を利用したことは間違いないのであろうが、そのトリックは今の所見当がついていなかった。
「ケツ持ちのおっさん。容疑者の話を聞きたい。それで何か分かるかもしれない」
「ああ。そう言うと思って、もうメインホールに集めてあるぞ。乗客総勢二千九百四十三人」
「えっ容疑者そんなにいるの?」
「当たり前だろ豪華客船だぞ」
「絶対に関係ない人達省いて良くない?」
「アリバイトリックの可能性があるんなら全員が対象だろ」
度重なる難事件にすっかり慣れて、アリバイ一つで容疑者からは外さないようになっていやがる。
トリック使ってアリバイ持ちが犯人やってるなんてケースはレアなはずなので、どうか今一度初心に帰っていただきたい。
「ああ、勿論船員千百七人も集めてあるぞ。すぐ終わるからイケるイケるとゴリ押しして、自動操縦にしてもらってメインホールに来てもらった」
「一人あたり一秒で話を聞けても一時間以上かかるけど、本当にそれ航海的に問題ない……?」
分からない。雰囲気で豪華客船を書いているので。
「経験則から行くと、全田―。お前が犯人を当てるまでは沈んだりしないから大丈夫だ」
「その経験偏りが激しすぎない?」
しかしまあ、集めちゃったものは仕方がない。
どこかで容疑者は絞る必要があり、それが今だと言うことだ。
もしかするとこれまでの事件でも、国家権力が人海戦術でコツコツ事情聴取をして大多数の人間を容疑者から外してくれていたのかもしれない。
ありがとう国家権力、役に立たないなんて思っててごめんね。
「仕方ないか。とりあえずメインホールへ――」
ケツ持ち警部と、あとは確実に犯人ではないと信じられる魅遊鬼と力を合わせれば、三倍のスピードで処理が出来る。
無理矢理ポジティブに考えながら、地道にやっていくしかないだろう。
倒れたペットボトルを立て直すライン作業のアルバイトと同じ感覚で挑むのがいいかもしれない。
そう思った矢先、デッキの方から悲鳴が聞こえた。
聞き間違えるものか。あれは、幼馴染の魅遊鬼の声だ。
「今の声――魅遊鬼! 魅遊鬼ィ~!!」
幼馴染の魅遊鬼は、これまでも何度か犯人に襲われ、その都度大怪我を負っている。
名探偵の幼馴染として護身用にと空手を習っているためか並大抵のことでは死なないし、これまでだって何度やられても後遺症一つ残ってないのだが、だからといって心配するなというのは無理な相談だ。
大切な人を傷つけられたかもしれないのに黙っているわけにはいかない。
「どうした魅遊鬼!」
「―ちゃん……あ、あれ……!」
魅遊鬼の震える指が示す先へ、ゆっくり視線を向ける。
そして、ハッと目を見開いた。
夕陽に照らされた豪華客船の甲板。
その先で、夕陽のものとは異なる赤が、一面を染め上げている。
悪徳医者集団の一人であった喜瀬の体は、その中央で眠るように横たわっていた――
「なんてこった……四人目の犠牲者が……」
悲鳴を聞きつけたのだろう。
数名の乗客が、「どうしたんだ」などと言いながら駆けつけて、そして目の前の惨状に悲鳴を漏らしていく。
「殺戮オランウータンだ……」
そんな中、誰かが悲鳴以外の言葉を発した。
「これはきっと、殺戮オランウータンの仕業に違いない……!」
(殺戮オランウータン……?)
声の主を確認すると、退役軍人が顔を青ざめ震えていた。
これまで巻き込まれていた数多の事件で、この手の人間には触れてきている。
大体こういうことを突然言い出す人間は殺人犯ではないので、知っていることを聞いておくべきだろう。
人が死んでる現場を見て変なことを言い出す人間が天然物でそこらじゅうに存在しているという事実、それはそれで最悪だし、たまには殺人犯の策略か何かであってほしいものなのだが。
「胸を一突きにして、その後首を掻っ切っている……死んでからそう間もなさそうだ」
軽く検死をしたケツ持ち警部が、―に告げる。
まだ悪徳医者は一人生き残っているのだが、何か後ろめたいことがあるのか、検死に協力的ではない。
最初の事件で検死させた結果、どう見ても人外の力でバラバラに引き裂いたような死体だったのに「自殺です。事件性なし」と言い出したので、以降はずっと検死からは締め出している。
「なるほど……ケツ持ちのおっさんの指示で、ほとんどの容疑者はメインホールに集まっていたんだよな」
「ああ。何人か勝手に出歩いていたようだが……」
言って、ケツ持ち警部がちらりと背後を見やる。
先程の退役軍人など、ここに駆けつけた人間の大半は、何らかの理由でメインホールの外に出ていたようだ。
メインホールの壁は厚く、魅遊鬼の悲鳴は中には聞こえなかったと思われる。
つまり悲鳴を聞きつけここに集まった面々は、事件発生時ホールの外に出ていたということになり、第四の事件のアリバイがない。
この場の全員が容疑者ということになる。
「よし、じゃあまずはメインホールに戻って、途中で抜けた人間を確認しよう」
メインホールから出歩いた者以外は、アリバイがあり容疑者から外すことが出来る。
まずは四千人近い容疑者をさっさと十人程度まで絞りこんでしまおう。
それから殺戮オランウータンについて退役軍人から話を聞いて、容疑者達に事情聴取をすれば、いつもの通りスムーズな推理が始められるかもしれない。
そう考え、ケツ持ち警部に指示を出してもらい、全員でメインホールへと戻ってきた。
扉の前に立つと、不思議と背中がぞくりとする。
それから、嫌な汗が頬を伝った。
この感覚は知っている。
何かヤバいものを見てしまう兆候だ。
友人が死体で発見される前は大体この現象が起きている。
ケツ持ち警部が、ゆっくりと扉を開ける。
その奥に見えた光景は、メインホールというよりは、地獄と呼ぶに相応しかった。
寿司詰めになっているはずの容疑者達の姿はどこにも見受けられない。
あるのはただ夥しい量の赤と、それが何なのか判断のつかない大小様々な赤黒い塊だけ。
その不気味な塊は、床だけでなく壁や天井にも所々へばりついている。
週四ペースで死体を見ている全田―には分かる。
メインホールに充満した死の匂いが。
嗅ぎ慣れたこの悪臭が血液のもので、そして今しがた天井からべしゃりと落下した赤黒い塊が何なのか。
「なんてこった……第四の殺人は……四千人近く殺されちまったのか……」
ケツ持ち警部が背後で顔を歪めている。
その後ろでは、並み居る容疑者が軒並みゲロを吐いていた。
やだこわいくらいの感じで吐く様子が全く無い魅遊鬼、それはそれでどうなんだ慣れてきてないかお前。
「まあ……だが、これで容疑者は絞れたな。全田―」
「待ってくれおっさん。無理。これは無理。もう高校生探偵と警部程度でどうにかなる事件じゃなくてアーノルド・シュワルツェネッガーと軍人とかが必要なレベルの惨撃になってる。俺の推理に委ねていい段階じゃない」
全田―は死体を見て犯人への怒りを燃やせる正義感溢れる男だが、限度というものがある。
一桁人数までならともかく、二桁以上はもうニュースで見る大事故のそれであり、四桁に至ってはもう数字があまりにデカくて何も分からん。
それほどまでに大きい四桁という数字は、全田―に「これはもう手に負えない」と思わせるには十分だった。
「何を言っているんだ全田―! お前が諦めたら誰が殺戮オランウータンの正体を暴くというんだ!」
「いやもうこのレベルの大虐殺を数分でやって死体もバラバラに磨り潰せるやつの正体暴いても告発前に殺されるだけだぜおっさん。俺はこれまで何度も告発前に殺された哀れな被害者を見てきたんだ。今度はとうとう俺にもその番が回ってきたんだ。俺が死ぬか、証拠を見つけず愚鈍な高校生に成り下がるかだ」
「落ち着いて―ちゃん! 証拠掴んでから隙だらけの背中を晒したり犯人を脅さなければ割と大丈夫だから!!」
そもそも話を聞く限り、この大虐殺は小一時間くらいで行われている。
全田―は一人一秒で事情聴取しなきゃなあ無理だなあなどと考えていたというのに、殺戮オランウータンは一人一秒での殺害を容易く成し遂げてきたのだ。
あまりにも、生物としての格が違う。
「殺戮オランウータンだ……これは殺戮オランウータンの仕業なんだ……!」
「ほら全田―! あの退役軍人に名前と過去を聞いて容疑者に入れなくていいのか!?」
「無理だよ! もうこの瞬間あのセリフはミステリーにおける怪人名の発表からモンスターパニックの導入に成り変わってんだよ!!!」
全田―は誰より優れた洞察力と推理力を持っている。
それ故に、もうとっくに高校生探偵の素人推理ショーなんて状況じゃないことを理解してしまう。
理解できてないケツ持ち警部がヤバいとも言える。
「おいおいおい刑事さんよォ! どうすりゃいいんだよこれから!」
「とりあえずここは血の臭いがきついし、ゲロ臭いし、個室に帰っていいかしら」
「一人で自室に戻るのは危険じゃあないのか?」
「へへ……刑事さんよお、俺達のことちゃんと守ってくださいよお?」
「ウキャーッ。ウキャッウキッ。ウッキー」
「全くどうなってやがるんだチクショウ! 最悪のクルージングだぜ!」
「こんなことならこんな島国でクルージングなんてしねえで、さっさとステイツに帰ればよかった!」
そして、その洞察力故に、この場で唯一、気が付くことが出来てしまった。
「今なんか猿みたいなの混ざってなかった?」
皆が顔を見合わせる。
また自己紹介をまともにしていないので、各々の名前も分からない。
医者の集団は警戒していたので相互に名前を呼んでいる所を覚えていたが、他の面々のことは、多少会話をした者がいる程度で、どんな人物なのかもよく分かっていなかった。
どんな人が生き残っているかの確認も兼ね、容疑者の顔を順繰り見ていく。
右から順に、ケツ持ち警部、幼馴染の魅遊鬼、傲慢な所がある青年実業家、これまで交流のなかったグラマラスな美女、殺戮オランウータンとやらを知っているらしい退役軍人、オランウータン密売人、何か赤黒いものをクッチャクッチャしながら鳴き声を発するオランウータン、何だかコミカルな印象を受けるガタイのいい黒人男性、ラグビー部のジョックという感じの日本語ペラペラな白人男性。
それから日本語は喋れないらしく全田―には理解できない言語で何かを喋っているシルクハットの外国人紳士と、ガタガタ震えて黙りこくった最後に一人残った医者だ。
「オランウータンはこの中にいる。お前だ!!」
「うわあああああ、マジだオランウータンだああああああ!!!!!!!」
「待て、待て、騒ぐな、落ち着け!!!」
ラグビー部のジョックが、弾かれたよいに駆け出した。
流石ラガーマン、密売人の静止なんかでは止まらず、一目散に廊下の奥へと消えていった。
他の者もつられて走り出したが、ケツ持ち警部が拳銃を掲げたのを見て、皆蝋人形にでもなったかのように動きを止める。
「おい、貴様。それはお前のオランウータンだったな。何を喰っている」
「へへ……やだな、落ち着いてくださいよ……こ、こいつは確かにオランウータンですぜ……で、でも、それだけで撃とうなんて言わないですよねえ?」
「くっ……確かに罪のないオランウータンを撃つのは心苦しい……だが、如何にオランウータンとはいえ、許可されて乗船している以上立派な客。つまりは容疑者だ」
そう言うと、ケツ持ち警部は全田―へと目配せをする。
非常にまともなことを言っていますという顔をしているが、全田―の方は何してんだよ早く撃て四千人を小一時間で殺せる奴だぞと言わんばかりにジリジリとケツ持ち警部から距離を取っていた。
「どうだ全田―。このオランウータンが、殺戮オランウータンだと思うか?」
「よく見てくれおっさん。人肉喰ってる」
「よし撃つ」
「待て待て待て待て、落ち着け! こいつは犯人じゃない!」
オランウータン密売人が、オランウータンを庇うように前に出る。
ケツ持ち警部が撃鉄を起こした。
オランウータンは美味しく肉を食べ終えて、血のついた指を楽しそうに舐めている。
「こ、これまでの殺人事件はどう説明する!? あの密室をどう作ったっていうんだ!?」
「どうなんだ全田―!」
「……最初の事件はオランウータンの力があれば可能だ。第二の事件の密室もそう。両方共、オランウータンの仕業なら説明がつく」
さっさと撃ってほしいため端折ったが、大体密室の作り方は以下の通りである。
まず最初のシンプルに扉が開かない密室。
これは簡単で、鍵を開けたままドアの外に出てから、扉の一部をオランウータンの力で捻じ曲げ開かないようにするだけでいい。
『ドアを体当たりで壊すことを余儀なくされた』という事実だけで、人はそこに有りもしない施錠の存在を勝手に補完するのだから。
拳大の穴の開いた密室の方はもっと簡単で、オランウータンの長い腕なら穴から鍵に手が届く。
そして離れた部屋で短時間に二人を殺害し誰にも姿を見られなかったことも、オランウータンなら船の外側を移動したということで解決だ。
何にせよ、真犯人がオランウータンなら全ての謎が解決する。
あまりにも簡単すぎて、やはりこれがいつもの連続殺人事件とは違うことを全田―は感じていた。
そう、これはきっと、モンスターパニックとかでたまにある、不可解な事件はそのモンスターにより起こされたやつだったと判明するやつなのだ。
「よし撃つ」
「待て待て待て、本当に違う! アリバイだってある!」
「何?」
「コイツはさっきこのホールで四千人近く殺してたんだ! それに第二の事件のときもこっそり子供を襲ってる! この連続殺人事件とは無関係だ!」
「おっさん撃て! 早く! 可及的速やかに!!!」
全田―が叫ぶより早く、引き金が三度引かれる。
如何にオランウータンの戦闘力と言えど、片手で止められる銃弾は一発までだろう。
軌道をずらし放たれた銃弾は、一発は右手に、一発は左手に収められたが、残り一発は見事オランウータンの顔面へと叩き込まれた。
「ああ……そんな……酷い……こいつは確かにクズだし言うことは聞かねえし人を殺すような凶悪なオランウータンだったし、何なら乗船許可も取れてねえ密輸生物だけど、それでも立派な金のなる木だったんだ! それなのにチクショウ、撃ち殺すなんてあんまりだ!」
泣き叫んでオランウータンを悼むオランウータン密売人。
その首が、ぐるんと百八十度回転する。
視界が逆転し、「はえ」などと間抜けな声を漏らしてから、その体がぐらりと倒れた。
首をねじ切った下手人は、ゆっくりとその上半身を起こす。
にたりと笑ったような口元をよく見ると、歯と歯で弾丸を文字通り食い止めているのが見えた。
「アキャキャキャキャ!!」
高笑いの後、オランウータンが腕を振るう。
冷静ぶろうとして距離を取り損ねていた青年実業家の首が、簡単に弾き飛ばされた。
首を切る立場だった人間が、容易く首を切られる側に回ってしまう。
もうここは日常とは違う、戦場になったのだ。
ケツ持ち警部が引き金を何度も引く。
バン、バン、バン。
オランウータンは左に跳躍、しかしそれはフェイントで再度右に飛び続く銃撃を回避。
バン、バン、バン。
ケツ持ち警部を喰らおう跳躍をしかけるが、ここでオランウータンは踵を返す。
銃弾が切れないことから、一時退却を選んだようだ。
やはり知能も高いらしい。
バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン。
オランウータンの駆けていく通路に向けて発砲するが、当たる様子はない。
その銃装填数多すぎるけど刑事が持ってて大丈夫なやつ?
「くそっ、逃げられた!」
苦々しげにケツ持ち警部が呟く。
これで生き残りは九人。
とうとう一桁まで人数が減ってしまった。
「しかしどうする全田―。ありゃ連続殺人事件の犯人じゃないぞ。あのオランウータンが冤罪だとしたら、一体誰が殺戮オランウータンなんだ?」
「今その話してる場合じゃなくない?」
仮にこの中に四人の人物を殺した殺戮オランウータンがいたとして、四千人近く殺しているオランウータンとどっちがヤバいかで言ったら後者である。
勿論前者を軽視するわけではないが、そもそも後者を放置してたら容疑者全員問答無用で死刑台行きみたいなものだ。
今は何とか身を守らなくては。
「とにかくメインホールに入ろう」
「正気か全田―。四千人近く亡くなった現場なんだぞ!」
「ああ。だけどホールの中央なら、どこからオランウータンが来ても気づくことが出来る」
そう語ると、窓から差し込む夕陽に照らされ顔が隠れていた黒人男性が、一歩前へと歩み出て顔を見せながら言葉を発した。
「だ、だが……メインホールに居た四千人もの人間は、誰一人逃げ切れなかったんだぞ。なのにメインホールに居るのは危険じゃないのか?」
「た、確かにそうよ。四千人で逃げ切れなかったのに、たったこれだけの人数で逃げ切れるはずがないわ!」
確かに、メインホールに集められた者の中で、生き残れた者がいるようには思えない。
しかし、その謎はもう解けている。
「逆だよ。四千人を逃さず殺すのは、この人数を殺し切るより簡単だ。両開きの出口の扉に閂でもして容易く開かないようにするだけでいい」
「でも、同じことをされたら俺達も危険なんじゃあ……」
「確かにメインホールに閉じ込められる可能性はある。でも、この広いメインホールなら、オランウータンから逃げ切れる可能性だってある」
このクルージングは、夜には終わりを迎える予定だった。
自動操縦が正しく機能しているならば、それまで逃げ切れば陸地に着ける。
いや、陸地に着く必要すらない。
携帯電話の電波が入る距離まで陸地に近付けば、警視とのコネをフル動員し、救援要請を出せる。
「でも、四千人でも逃げ切れなかったのに……」
「四千人もこのホールに詰め込まれていたから、誰一人逃げ切れなかったんだよ。満員電車で鬼ごっこをしろ、と言われて逃げ切れる人なんてまずいない。ましてや鬼であるオランウータンは、シャンデリアなんかを使って空いてる上空を移動してくるんだから」
それに加えて、殺された人間がそこら中に転がり逃走の邪魔をする。
死体に紛れて死んだふりをしようにも、オランウータンは死体を損壊して楽しんでいる。
見事死体のふりをしても、死体と間違えて摩り下ろしたり、引きちぎったり、食われたりで、本物の死体になるだけだ。
「でも今なら走り回れる広さがあるし、拳銃もある。何よりオランウータンが中にいないんだ。こちらから扉を封鎖する手がある」
「な、なるほど……確かにそれなら安心そうだな」
ようやく納得をしてくれたらしい。
オランウータンが戻ってくる前に立て籠もりたい全田―は、ほっと胸を撫で下ろす。
だが――
「私は嫌よ。こんな汚くて不潔な所!」
グラマラスな美女だけが、猛反対を続けていた。
「私は自分の部屋に居るわ! それで立て籠もっていれば安心でしょう?」
「よすんだ! 俺はこれまでそう言って死んだ人を大勢見ている!」
「はん、それは普通の連続殺人事件とかでしょう? ミステリーなら兎も角、モンスターパニックじゃ迂闊に動く方が死ぬのよ!」
ヒステリックに叫びながら、腕を激しく動かしている。
それにつられて豊満な胸がバルンバルンと跳ね回った。
こんな状況とはいえ、ついつい目を奪われてしまう。
そんなスケベな男性陣を見て、グラマラスな美女が鼻で笑った。
「それに私は美人だし、金髪だし、アンタ達が見惚れるほどの巨乳! 分かる? これがモンスターパニックなら、おっぱいを出すかセックスするまでは絶対に死なないのよおおおおおおおおああああああああああ!?」
ドヤ顔で語った次の瞬間、通気孔から伸びてきた長い腕が豊満な胸に抱きついた。
これがモンスターパニックものの映画なら、あまりのタイミングの良さに笑いが起きていたかもしれない。
全田―は何とか救出しようと足にしがみつこうとしたが、恐怖に足をばたつかせていたせいでそれも叶わず。
ケツ持ち警部の発砲も虚しく、美女はそのまま通気孔へと連れ去られてしまった。
「くそっ、入れ入れ!」
ケツ持ち警部に促され、一同はメインホールへと雪崩込んだ。
最後に一発撃ってから、ケツ持ち警部もメインホールへと入り、扉を締める。
真っ先にホールへと駆け込んでいた魅遊鬼が、どこからかモップを数本持ってきて、閂代わりに差し込んだ。
同時に、視界の端で何かが動く。
窓の外だ。何かが落下したのだろうか。
そう思うより早く、何かが着水する音がした。
慌てて窓まで駆け寄ると、眼下では、グラマラスな美女が全裸で海に浮かんでいた。
勿論その四肢は弛緩しており、首はあらぬ方向にねじ曲がっていた。
「おっぱいの出し方にはこういうのもあるのかよ、クソッ! 生きてる時に拝みたかったぜ!」
黒人男性の冗談めいた叫びを聞きながら、全田―は考える。
死後全裸になった死体なら、見慣れている。何なら日常茶飯事だ。
その見慣れた光景は、全田―を少しばかり冷静にしてくれた。
あのオランウータンの存在はイレギュラーであるし、太刀打ち出来るはずがないが、しかし推理と洞察力によって、生き残ることは可能かもしれない。
いや、むしろ、生き残るためには、冷静に思考する他ないのではないだろか。
「それで、全田―。殺戮オランウータン連続殺人事件の聴取を始めたいと思うんだが……」
「それもう救助された後、取り調べでやった方がいいんじゃないか?」
この期に及んで、ケツ持ち警部は事件の解明をしたがっている。
これが職業病というやつなのだろうか。
どうか長期休暇でも取って、事件のことなど忘れてどこかで休んでほしい。
その際は、絶対に日頃の感謝を込めて全田―達を誘わないでほしい。
「まあ、ここに閉じこもっていれば大丈夫だろうからな。やれることをやっておきたい」
「そうは言うけど、真犯人を追い込んで面倒なことになる可能性だってあるんだぜおっさん。万が一でもあの芸術家肌の犯罪者が混ざってたらどーすんだよ。絶対ろくなことにならないって」
因縁のある芸術家肌の犯罪者は、変装だってお手の物。
この中に紛れていてもおかしくないし、紛れていなくてもおかしくはない。
何なら普通に紛れていたけどオランウータンに殺されていてもおかしくないが。
「おいおいあんたら、こんなことしている場合じゃ……」
困惑するように声をかけてくる黒人男性と、外国人紳士。
やはり外国人紳士の言葉は、全田―には理解が出来ない。
「そうだアンタ。この人が何言ってるのか、分からないかい?」
「ん? ああ、そりゃ無理だ。こりゃ英語でもない。どこの国の人間なんだろうな、このおっさん」
濃い口ひげの奥で、少し困ったように唇を尖らせ、それから外国人紳士は身分証を提示した。
どうやらアルゼンチンの人間らしい。
「アルゼンチンって英語だっけ」
「知らねえよ。俺は日本に留学するまでは日本語の存在すら知らなかったんだ。世界どこでも英語が公用語だと思っていたからな。全く、世界の中心たる我がアメリカ合衆国を見習って、世界中の公用語が英語になりゃいいのに」
なお、アルゼンチンの公用語はスペイン語である。
当然、黒人男性が英語で話しかけてみても、何の手応えも得られない。
「そういえば――殺戮オランウータンについて、知っているんだったな」
外国人紳士相手に全田―が悪戦苦闘していると、埒が明かないと判断したケツ持ち警部が、退役軍人へと話を振った。
退役軍人が、そして残された最後の医者が、ビクリと体を震わせるのが分かった。
「分かった……聞かせよう……私が知っている全てを……」
退役軍人の口から語られたのは、驚愕の事実だった。
とある国で、オランウータンを使ったとんでもない実験が行われていた。
それは、オランウータンを人間の命令を聞くよう進化させ、殺戮兵器に仕立て上げる実験だった。
しかし国家が介入したことで実験は中止、関係者は逮捕されるに至った。
実験途中だったオランウータンがどうなったのかは、誰も知らないという――
「まさか……今回殺された医者達が……?!」
黒人男性が、信じられないものを見るような目を医者へと向ける。
まあ確かに大体いつもそのパターンなのだが、謎が解ける前に決めつけでそういう目を向けるのはよくないぞ。
メディアリテラシーが低いのかな。
「し、知らない! 俺は、俺は悪くないいいいいいい!!」
ただでさえ恐怖で疲弊していた所で、味方が居なくなったような感覚に襲われたせいだろうか。
とうとうパニックを起こした医者は、視線から逃れるように駆け出した。
「ば、バカ! よせ!」
そして、扉の閂へと手をかける。
静止するケツ持ち警部の方を振り返りながら、医者は扉を開け放ち、そのまま外へと駆け出した。
だがしかし、その首は扉の前から動かない。
扉の上から伸びたオランウータンの腕で首をもぎりとられた医者の体は、数メートルほど廊下を走ってから横向きに倒れた。
絶叫。
それと同時に、何かがメインホールの中へと投げつけられる。
先程逃げ出したラグビー部ジョックの全身を、オランウータンのパワーで無理矢理肉団子にしたものだった。
タッチダウンに失敗し、自分がボールになったらしい。
まあ、交流がなかったので、本当にラグビー部だったのかは知る由もないのだけど。
「う、うわあああああああああああああああ!!」
パニック。
黒人男性は逃げるように背を向けた。
全田―もケツ持ち警部も、目を見開いて生首へと目を取られる。
外国人紳士も生首に視線が釘付けで、退役軍人はカタカタと震えしゃがみこんでしまっていた。
そんな地獄絵図の中、オランウータンと魅遊鬼だけが、視線を切らずに敵だけを見ていた。
「―ちゃん、危ない!」
魅遊鬼は空手を鍛えている。
何度も危険な目にあったことで、学んだのだ。
高校生探偵の幼馴染を続けるには、フィジカルが必要である――と。
オランウータンは強い。
人類の何倍も強い。
殺しの腕なら、人間など比べ物にはならないだろう。
だが、それでも。
人間は、戦うことをオランウータンよりも研鑽して歴史を紡いできたのだ。
弱者が強者と戦う術を、何千年も磨き上げてきたのだ。
力で劣ろうと、殺しの腕で劣ろうと、戦うことまで劣る道理はない。
「ここは私に任せて、―ちゃんは推理を!」
「待て魅遊鬼! もう推理とか言ってる場合じゃ――」
全田―の言葉を無視し、魅遊鬼が構えを取る。
オランウータンの身体能力は驚異的だ。
しかしフォルムは人間に近い。
虎や狼と比べれば遥かに与し易い。
そして空手を鍛えた者ならば、虎や狼とも渡り合えるのだ。
オランウータン如きに、時間稼ぎすら出来ないようでどうする。
「キャーーーーーーッ!」
本来は言語化することも難しい雄叫びを、オランウータンが上げる。
初めて発した威嚇の声は、魅遊鬼を強敵と捉えたことの証左。
そしてそれが、その叫びが、全田―に"気付き"を与えた。
「そうか……そういうことだったのか……」
今の叫び声で、全てのピースが繋がった。
連続殺人犯『殺戮オランウータン』は、確かに目の前のオランウータンではない。
その正体が、完全に見えた。
「真犯人・殺戮オランウータンは、この船の惨撃を生き残った、この中にいる――」
ダメ押しとして、スマートフォンを取り出す。
立て籠もりにより稼いだ僅かな時間によって、電波が僅かに入るようになっていた。
助けを求めて通話しても、途中で途切れるかもしれない。
だが、今は通話よりも、ウィキペディアだ。
推理の裏付けになる情報を確認しなくては。
「謎は全て解けた――――」
推理の裏付けが取れた。
後はそれを披露し、犯人を指名するだけだ。
「本当か、全田―!」
「ああ、関係者全員を集め――なくていいか。もう大体死んでるもんな……」
思わずいつものノリで関係者大集合を要請する所だったが、そんな場合ではない。
何ならトリックの実演をして遊んでいる暇すらない。
今はとにかく、手短に謎を解かねばならない。
「それで、犯人はどうやって密室を作ったんだ!?」
「いや――その謎はもう説明した通りだよ。オランウータンがやったんだ」
「だ、だがな、全田―。その時間、あのオランウータンは子供を襲っていたというアリバイがあるじゃないか」
そう、今魅遊鬼が奥義をバンバン放って牽制しているオランウータンは、あの密室殺人には関与していない。
だが、あの密室殺人の謎は、どう考えてもオランウータンが犯人だとしか思えない。
「ああ。その通り。つまりこういうことさ。オランウータンは、一匹じゃない」
「な、なんだって……!?」
「た、確かに、ジャパンにはヒグマになりたくてヒグマになった猛者もいると聞いたことがあるが……人間がオランウータンになるだなんて、無理じゃないか?」
本当に人類がヒグマになるなんてことは不可能であり、勿論オランウータンになることだって出来はしない。
人間は、どこまでいっても人間なのだ。
だが、しかし。
「確かに人間がオランウータンになることは出来ない。だけど、オランウータンが人間になるとしたらどうかな?」
「殺戮オランウータン実験は成功していたというのか……?」
退役軍人が目を見開いて聞いてくる。
「そうとも言えるが、そうじゃないとも言えるんだ。少なくとも今回の真犯人は、無差別殺戮兵器なんかじゃないし、人間の命令を聞いているわけでもない。人間の言葉を介し、狙った人物だけを的確に殺している、高度な知性と確固たる意思を持った存在だ」
真犯人殺戮オランウータンはあの殺戮を沢山しているオランウータンではない。
結果真犯人殺戮オランウータンは殺戮をしているオランウータンよりも殺戮オランウータンではないということなのだが、言葉にすると全然伝わる気がしない。
「そもそも仮に人間のような知性を手に入れたとしても、それだけで人間社会に溶け込めるってわけじゃない。戸籍だっている」
「確かに……政府が殺戮オランウータン実験を続けていたなら殺人任務のために仮の戸籍を与えたのかもしれないが……中止になった以上、その線は考えづらいな」
「そういった様々な問題を解決する、人間になるため最も大事なものは何か。人間とみなされる最短の道とは何か」
一呼吸溜めてから、全田―が答えを口にする。
「人権だよ」
面倒な団体に怒られたくない。
これが嘘偽りない作者の気持ちなので、是非とも適当な気持ちで読み進めてほしい。
「人権とは、生まれながらに全ての人間が有する基本的な権利。これを有していれば、人間としてみなしてもらえる。当然ある程度最低限度の生活が出来るし、人間社会にも溶け込ませてもらえる。つまり、オランウータンであっても、人権さえ有していれば、最低限度の人間らしさを保証されて人間になれるんだ!」
全田―少年はあまり学校の成績がよくありません。
このセリフのおかしな所は不勉強な全田―少年に全て非があります。
「そ、そうか! 人間がオランウータンにはなれなくても、人権を使えばオランウータンは人間になれるんだ!」
「ああ。基本的人権はあっても、基本的オランウータン権はないからね」
「だが、オランウータンが人権なんて取得できるのか……?」
この小説を読んでいるオランウータンの民ならば、とっくにウィキペディアで読んで知っているだろう。
とある衝撃の事実を。
「ああ。アルゼンチンでは、オランウータンに人権を認める判決が出されているんだ」
「!!!!!」
そう、日本人の全田―達では、人権を持つオランウータンにはなれない。
アメリカ合衆国出身の黒人男性にも無理だ。
残るは国籍不明の退役軍人と、アルゼンチン出身の――
「そう、オランウータンはアンタだよ」
指差す先には、シルクハットの外国人紳士紳士。
黙って全田―を見つめ返すその顔は、確かに人より毛深かった。
だが、決め手はそんなことではない。
ずっと、ずっと露骨なまでにヒントは出され続けていたのだ。
「俺も誰も理解できなかった言葉。あれはスペイン語なんかじゃない。オランウータンの言葉だったんだ!」
「な、なんだって!!!」
魅遊鬼相手に威嚇をする声で、ようやく分かった。
あの外国人紳士が発していた言葉は、オランウータンの言葉なのだと。
「……ケツ持ちのおっさん。先に謝っておくよ。証拠はないんだ。だから、ここでシラを切られても、俺に彼を追い詰める事はできない」
「な、なんだと!?」
「だけど――俺はこの人を信じるよ。この人の良心を信じる。人間には出来ないほど死体を損壊した事件を起こし、一方でただのオランウータンにも難しいような道具を駆使した殺害方法を用いていたのも、誤認逮捕を避けようっていうアンタの優しさだったんだろう!?」
気が付けば、メインホールが何故だか炎上しており、その炎がいい感じに全田―のシリアスな顔を照らしている。
多分オランウータン相手に魅遊鬼が気を練るタイプの必殺技を繰り出して外したのだろう。
オランウータンは三次元の動きをする。
二次元的な動きならば最強の魅遊鬼でも、時間稼ぎが精一杯のようだ。
やはりオランウータンにはオランウータンをぶつけるしかない。
何とか殺戮オランウータンを殺戮大好き一般オランウータンにぶつけられないものだろうか。
「…………うきゃっ……」
観念したのか、外国人紳士がぽつりぽつりと語り始める。
その表情はどこか穏やかで、何言ってんのか分からねえよというツッコミを許さない。
犯人の自分語りを中断するわけにはいかず、しかしどうしていいか分からずに、全田―もただ神妙な顔で押し黙る。
「そうか、これは――モールス信号!」
そんな空気の中、突然退役軍人が叫び声をあげた。
「キーがツー、ウキャがトン……こやつ、我々にオランウータン語が通用しないことが分かって、最初からモールス信号を……!?」
「なんだって!? それで、あの人は何を――」
全田―やケツ持ち警部の視線が退役軍人へと向けられる。
その機を待っていたと言わんばかりに、外国人紳士――いや、殺戮オランウータンが、一同へと背を向けた。
そして、弾かれたように跳躍する。
「あっ、待て!」
慌ててケツ持ち警部が叫ぶが、もう遅い。
もう伸ばした手の届かないまで飛び上がっている。
「……ありがとう。あのオランウータンは、そう言っていた」
退役軍人は不思議そうにそう言ったが、全田―は、さほど驚くことがなかった。
跳躍し、殺戮大好きオランウータンへと飛びかかった殺戮オランウータンの表情を、全田―は見ていたので。
あの顔は、何度も見てきた。
真相を暴かれた後、死にゆく者のソレだ。
(ちゃんと……身分証の名前を見ておけばよかったな……)
殺戮オランウータンは、人権のあるオランウータンだった。
それを人と呼ぶのか、オランウータンと呼ぶのか、きっと難しい所だろう。
復讐として四人も殺したことを、非人道的と呼ぶ者もいるかもしれない。
だが――彼は最後まで、殺人"者"であり、獣なんかではなかった。
人の道を踏み外したと言える程、手を汚したこと以外は、人間だった。
最後も恐らく人間たちを守るため殺人大好きオランウータンに挑む姿は、殺戮オランウータンなんかではなく、殺人を犯した悲しき"者"のそれだった。
(あんたは、オランウータンなんかじゃなかったよ……)
全田―が、まぶたを閉じる。
これがミステリー漫画ならいい感じのモノローグと共に救助されているのだろうが、生憎そんなに世の中は甘くない。
瞼を開けると、変わらずそこは地獄絵図だった。
「それと――こうも言っていた。爆発するから海に逃げろ、と」
「何だって!?」
殺戮オランウータンの拳が炸裂し、殺戮大好きオランウータンの体が頑丈なメインホールの壁をぶち破り追い出された。
しかしすかさず立ち上がり、殺戮オランウータンへと飛びかかる。
援護するように魅遊鬼が気を練った巨大な塊をぶっ放すがこれは避けられ、船に更に火がついた。
「不味い、船が持たないぞ! 飛び込めえええええ!!」
叫びながら、ケツ持ち警部が窓ガラスへと銃を撃ち込む。
割れたガラスから次々に生存者が飛び降りて、最後に渋る魅遊鬼を抱きかかえながら全田―が飛び降りた直後、豪華客船オーギュスト号は爆発した。
こうして数多の血を啜った豪華客船は、四人の命を奪った悲しき殺人者殺戮オランウータンと、四千人近い命を奪った殺人猿ただのオランウータンの命と共に、冷たい海の底へと沈んでいったのだった――――
☆ ★ ☆ ★ ☆
全田―が目を覚ますと、そこは海岸だった。
パッと見で分かる。
先程まで近づいていたはずの港の近辺ではない。
殺戮オランウータンと殺戮大好き一般オランウータンが圧倒的力で腕を振るった結果、渦でも発生して海の流れをおかしくしたのだろうか。
「魅遊鬼。起きろ魅遊鬼」
魅遊鬼の体を揺する。
けほっ、と魅遊鬼が海水を吐き出した。
ほっと胸を撫で下ろす。
それからここはどこだろうかと周囲を見回していると、見知らぬ数人の男女がこちらに駆けてくるのが見えた。
「おおおおおおい、助けてくれぇ!」
「ひ、ひ、ひ、人が死んでいるの!」
猛烈に嫌な予感がした。
「密室となった公民館で、む、村の皆が食い殺されてンだァ!」
「なああんたら、助けてくれよ。駐在さんも死んじまってどうしたらいいかわからないだ」
魅遊鬼を抱き起こしながら、ぼんやりと考える。
やっぱりこれは俺の出番ではないのではないか、と。
俺の領分は謎解きであり、モンスターパニックは専門外だ、と。
「安心してください。こうみえて―ちゃんは、名探偵の孫なんですよ!」
「ほ、本当か! そりゃ助かる!」
全田―には知る由もないが、彼にこの殺人事件から逃れる術など存在しない。
何故なら彼を取り巻く世界をモンスターパニックだとするなら、そのモンスターは殺戮オランウータンなどではなく、死神名探偵全田―なのだから。
諦めたように天を仰ぐと、溜息と共に呟いた。
「……お次はなんだ?」
全田―少年の事件簿 オーギュスト号殺人事件 椎名ロビン @417robin
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