うさぎ宅配は時を跳んで
夏倉こう
うさぎ宅配は時を跳んで
日曜日の午後、窓から入る心地よい風がカーテンを揺らし、日差しがちらちらと手元に落ちる。母親の作った昼食を食べ終わり、丁度眠たくなる時間だ。明日までに提出しなくてはならないレポートを二階の自分の部屋で書いていると、視界の端でなにかが動いたような気がしたので、顔をそちらにむけた。開け放たれた窓の枠に黒い毛玉がこちらを見ていた。それがうさぎだと気づけたのは、僕が見たことに気づいた瞬間、両耳をぴょこんと持ち上げてからだ。こんなところにうさぎが、不思議に思いながらも近づく。逃げ出す素ぶりも見せないうさぎは、どこからか二つ折りの紙を取り出し、えらく流暢に喋り出した。
「こんにちは。僕は運び屋をしています、うさぎです。あなたにお届けものですよ」
「届け物? 一体だれが」
「未来のあなたからです」
「未来だって?」
「最近始めました宅配サービスです。僕が時を渡り、未来にも過去にもお届けできるようになったのです」
うさぎは自慢げに胸を反らすと、床に着地した。咥えた紙を僕の足元に置く。促されて開いてみると、確かに見覚えのある自分の字のようだ。ただし、内容はひどいものだった。
俺は三十五歳のお前だ。お前がしっかりしなかったおかげで、俺は定職につけず、バイトを掛け持ちし、それでも生活に困る有様だ。こうなったのも全てはお前のせいなのだ。もっと俺が楽できるように頑張ってくれ。
未来の自分はなんと嫌なやつなのだろうか! 僕は手元のレポートを見た。僕は毎日大学で真面目に学び、成績もなかなかいい位置にいるというのに。
「なあ、返事を任されてくれるかい?」
僕はノートを一枚破ると、ペンを走らせた。
今、食いっぱぐれているのは、全てお前のせいだ。お前がまともに努力しないせいで困った事態になっているのだ。その程度の人間であるというのなら、これ以上残念なことがあるだろうか。努力が無駄だったとは!
僕はこの紙を二つに折り、うさぎにわたした。うさぎは真面目にうなづくと、小首を傾げて僕を見た。
「過去の自分にも書いてみませんか?」
「過去の自分か。それはいいな。では大学受験でノイローゼになっている自分へ宛てようか。あの頃は毎日死ぬことばかりを考えていたが、努力が報われることを知れば励みになるだろう」
僕はもう一枚ノートを破ると、再びペンを走らせた。
君は本当によく頑張ってくれている。死にたくなるような夜もあっただろう。消えたほうがましだと思うことが、この先にも何度もあるだろう。だけど、けして負けないでほしい。君の努力は必ずむくわれるのだから。君のおかげで僕は毎日大学で仲間に囲まれながら学ぶことができるのだから。
僕はペンを置き、これも二つに折ってうさぎにわたした。うさぎは任せてください、と鼻を鳴らすと窓の外に消えて行った。不思議なこともあったものだ。今まで夢を見ていたような気持ちになりながらも、僕は締め切りの迫るレポートに向かい直った。
次の日、彼の部屋には彼の姿はなかった。代わりに小さめの仏壇が置かれ、線香が細い白煙を昇らせていた。置かれた写真の中では、やや幼い顔つきの彼が笑っていた。
時間と時間の狭間、
「しまった、手紙を逆にわたしてしまったようですね」
とピンクの舌をペロリと出し、まあこんな事もあるさ、とうさぎは日課の集荷へ出かけた
うさぎ宅配は時を跳んで 夏倉こう @natsukura
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