救世の一幕

@chauchau

決戦まであと少し


 命を賭けて危険を冒す理由は人それぞれ。

 金のためであったり、名誉のためであったり、


「時間だよ」


「もうそんな時間か。すまないけど、続きは頼んだよ」


「お願いします」


「はいはい」


 野営に準備したテントは三つ。

 二人用のそれに躊躇うことなく男女が二人で入っていく。あれで何も始まらないんだから逆に不健全だと思う。


 男女関係でチームが崩壊するのはよくある話。その点でいえば、あの二人に文句はない。付き合っていようとも、仕事中に男女のあれそれを持ち出すことがほとんど無い。休息の街で彼らが何をしていようとも彼らの自由だ。楽しく生きれば良いじゃないか。

 寿命の短い背高族にんげんの恋愛は花火に例えられる。パッと燃え広がり瞬く間に消え去っていく。年齢的にも職業的にもいつでもどこでも刹那の肉欲を満たしたいだろうにまったくもって僕らのリーダーは、


「人格者であることよ」


「そういうところだぞ」


 わざとらしく音を殺して近づいてくるあたりが腹立たしい。振り返ってやる気も、さっきまで彼女が使っていた毛布を渡してやる気にもならない。


「ええやん」


「何が」


小体族ホビット背高族にんげんに恋しようとも」


「だから何が」


「チームが崩壊しかねん男女関係を自分が生み出そうとしている葛藤こそが語り継ぐべき英傑譚に彩りを添えよる一幕であるこっちゃね」


 小体族ホビットは成人しようとも背高族にんげんからすれば子ども扱いだ。例え、彼らの二倍を生きる種族だったとしても。


「馬鹿じゃないの」


「智を統べるとまで言われとる耳長族エルフたるわたしがバカなはずないやん?」


「今度は何て本を読んだのさ」


「語り口が難解なだけで書いている内容は日々の食事内容という巫山戯た最高の一冊をね」


「寝とけよ、魔法職」


 背高族にんげんより背が低いといっても、小体族ボクからすれば頭二つ分は差がある女は焚き火の傍に近づいてきても座る気配が見られない。おかげで、ボクはずっと見下ろされる。


「何」


「そこは寒いから毛布に入りなよ、と言われるのを待っている」


「風邪でも引いてしまえ」


 彼女の毛布を投げつける。

 鼻孔をくすぐった、くすぐってしまった事実に自己嫌悪が再発する。


「それにしても良く理解したね」


「伊達に百年以上生きていない」


 彼に出会う前は、この旅に誘われる前は世界中を一人で歩き続けた。あの頃に戻りたいかと聞かれたら、即答はきっと出来ない。


「わたしは三百年以上生きているけどね」


「糞婆」


耳長族エルフ的には妙齢の女性だよ」


「妙齢の女性はな。自分で自分のことを妙齢と言わないんだよ」


「一理ある」


 焚き火が爆ぜる。

 彼が後続の見張り役のために用意してくれた温かいシチュー。自分で準備したくせに自分は一滴も飲んでいない。


「良い男だよ」


「彼女を諦めるには充分な」


「そうだよ」


 そもそもがボクらは言葉が通じるだけの別の生物だ。

 子を成すことも出来なければ、本当の意味で通じ合えることもない。種族間での隔たりは今なお深く突き刺さる。


「それは、ただの言い訳ではなかろうか」


「読むな」


「読ませるな」


「良いんだよ」


 薪をくべる。

 炎が天に昇る。心まで燃やしてしまえ。


「二人のことは気に入っている。ボクとしても世界が滅びるのは困る。じゃあ、尽力するさ」


「救世は好いた誰かのためである」


「暇つぶしが理由な誰かさんよりはよっぽどマシさ」


「最近はわたしも理由が変わってきたんだが」


「それは驚きだ」


「知りたいかい」


「別に」


 湯気が立ちこめるシチューに手を伸ばす。

 彼の優しさを飲み込もう。飲み込んで、飲み込んでしまえば良い。


 何もかも。



 ※※※



「なんちゅーか……」


 独り言。

 返ってこない返事。


「一番辛いのはワシなんだがな……」


 隣のテントで寝ている同族の女性に、玉砕したのはつい先日。髭の生え方が好みではないと言われればぐうの音も出ない。


「良いさ、良いさ……、このまま旅を続けていればチャンスはまだ残っているわな」


 仲間の小体族ホビット耳長族エルフが二人だけの世界を創るのを、見て見ぬ振りをする。次の見張りはワシだ。それまでに寝ておかなければ仕事熱心な彼女にまた呆れられてしまう。

 だとしても、もう少しは振られた直後のワシを気遣ってくれても良いだろうに。これだから耳長族エルフとワシら胴太族ドワーフは相容れないとか言われるんだ。


「爆ぜてしまえ」


 呪いを込めた祝福が届けと眠りに就く。

 なんだかんだとワシは彼らが幸せなのが一番嬉しいのだ。

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