第25話 大切

「___ってことがあってね」

「それは大変だったね」


火曜日の準備室。朝休みに駆け込み週末にあった事をカズに話して聞かせる。

今田先生からの説教なんて、終わってしまえば話のネタだった。私が事細かに話すのを、カズは手首を握りしめたり、腕をこすったりしながら、どことなくソワソワと聞く。

「どうかした?」と顔を覗き込めば、

「いや、ちょっと久しぶりだから、緊張してるのかな、」なんて言うから、

「三日四日会わなかったくらいで緊張する間柄じゃないでしょうよー」と、強引にカズが前で組んでいる腕をほどき手のひらを握った。冷たくて薄っぺらかった。


カズはびくりと肩を上げたが、徐々に下りていくのが目に見えてわかった。今田先生の前に立っていた時の私みたいで笑みがこぼれる。

私と出会った初日のカズを思い出す。あの日の警戒心が強いカズが懐かしい。懐かしいと感じられるくらい、今は距離が縮まったのだということだ。


そんなことを考えながら一人ほくほくした気持ちでいると、それが伝わったのか、カズもやんわり微笑んだ。

「手紙、嬉しかった」

手紙なんて言っていいのかわからないほどの紙切れに対してカズがありがとうと言うから、

「うん」とあっさりした返事をしてしまう。


何に戸惑ったのか、カズはこういう人だったじゃないか。

私もストレートに思っていることを言おうと思った。


「会いたかった」


思えば、ここ以外で過ごすときはいつも、それらしい単語を並べていたような気がする。先生の文句や流行りのコスメ、人気の俳優。それらに対する感想は本心だっただろうか。否、周りと口をそろえていただけだ。まずみんなの感想を聞き、みんなが良いと言えば良いと言い、文句を言えば同調した。

近所に新しく出来たカフェだって、麻里奈が「辛気臭いし値段に見合ってなかったよね」と言うからそういうことになったが、私は落ち着いた雰囲気が好きだった。みんながかっこいいという隣のクラスの橘くんだって、顔が整っているのは理解できるけど、といった程度だ。行事のたびにかっこいい先輩を見つけてきゃあきゃあ騒ぐのだって、特別楽しいことではない。

私は一体何が好きで、何を楽しいと感じるのだろう。少なくとも、周りと同じ意見を持つことではない。


カズの目の中に私がいた。私が、ゆらゆらと動く。

その中から、こぼれ落ちそうだった。


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準備室に住むひと、 青田あか @ao_aka

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