第24話 説教
準備室の前に立つ私たちは美術室の入口に仁王立ちする今田先生に目が釘付けになった。
今の会話は聞かれていたのか。いつからいたのか。今来たばかりか。私たちがここにいる理由を何と言おう。日吉のコンビニ袋は何と言い訳しよう。怒られるかな。怪しいよな。
一瞬で様々な考えが走馬灯のように頭を巡る。
生徒指導の先生に注意を受けるなんてことに無縁だった私の頭は対処法を見つけるすべを持っておらず完全にショートしていた。
隣に立つ日吉もさすがに咄嗟には言葉が出なかったようで、先に口を開いたのは先生だった。
「何してるんだ? 日吉と、二宮か」
全クラスの授業を受け持っているはずなのに名前が出てくることに感心したが、そんなことを考えている場合ではない。
「今から部活で、こっちは見学です」
日吉が一か八かの返答を口にした。私の方を指差した腕は自信なさげにゆっくりと沈む。
「サッカー部のシステムまで把握してないからその真偽はわからないが、俺が聞いているのはそういうことじゃない」
「どうしてここに居るのかということですか」
日吉は早口で口を挟んだ。
何か口を動かしていないと今にも説教が始まりそうな空気を察しての事だろう。
先生は「そうだ」と厳しい顔で頷くが、それに対する正解の返答が見つからない。
「っと、私が忘れ物をして」
私が下手な噓をつこうとするのは先生に遮られる。
「一緒に取りに来る必要はないよな」
これはまだ説教にも突入していない。きっとその入口だ。
それなのに既に逃げ出したい気持ちが止まらない。
先生から見れば私たちは、休日にこそこそと人気のない所に侵入して楽しんでいるカップルか何かに見えているのだろう。そんなみっともない人間として認識されるのはとんでもなく不快に感じた。それに日吉も巻き込んでしまったのだ。どうにかして切り抜けなければ。
「しかもそれ、なんだ?」
先生の視線は、日吉の腕に下げられたコンビニ袋に移った。
「これは、部活の弁当っす」
平然とした顔で答えてみせるが、その袋の口からは駄菓子が見えている。
「サッカー部は、部活中にお菓子は許されているのか」
「いいえ。すみません」
日吉は潔く体を折った。
その時ドアノブにかけられていたビニール袋に腰が当たり、カサ、と音がした。
私たちはおずおずとそちらに視線を向ける。
「それもか」
「いえ、こっちは私ので」
サッと袋を手に取り、日吉に倣って「すみません」と頭を下げる。
意外にもそれは重みがあった。
「二宮、お前は部活じゃないだろう。ピクニックでもするつもりだったのか」
鋭い視線に思わずヒイと声が出そうになった。
「サッカー部に差し入れでもしようかと、」
私の返答に先生は眉をひそめた。それから、
「日吉は今から部活だから、その袋に昼食が入っているというのなら没収するわけにはいかない。今日だけはお菓子の袋にも厳重注意だけで目をつぶるとしよう。いいな?」
ときつく言い放った。
どうやら日吉の袋には、コンビニで買ったおにぎりやパンなどの昼食が入っているのだと認識したようだ。
私はこっそりと肩を下す。説教は山場に入ることもなく最終章へと突入したようだった。
先生も暇ではないようで、
「そっちはお菓子だろう。禁止されているものだからこっちで処分しておく」
とこちらに手を伸ばした。
人の食べ物を、学校に持ってきたという理由だけでゴミ箱に突っ込むなんてあんまりじゃないか、とはちらりと考えたが、この食料は私には何の関係もないものなので大人しく袋を差し出す。
それをひったくるように受け取ると、腕時計を確認し、「今後このようなことはないように」と怖い顔で言い残して去っていった。
先生の姿が見えなくなると、頭上からピンと張られていた紐が切られたかのように力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。怒られる時は焦りしか感じていなかったが、自分はこんなにも気を張っていたのだと知った。
説教なんて体験したことのなかった真面目な私の隣では日吉が、
「今日は今田が忙しそうでよかったなー。いつもだったらこの倍は絡まれるぞ」
と口角を上げて見せた。
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