第23話 侵入
土曜日になった。私の土曜日のイメージは、カズに会えない日だ。
少し冷えた空気の中に身を投じ、パーカーのチャックを一番上まで上げる。もう冬がすぐそこまで来ていることを今年初めて感じた。洋服のチョイスを間違えたかもしれない。
ポケットに手を突っ込んでいつも通りの通学路を歩く。
坂道の入口に立つ電柱に日吉の影が見える。
こちらに気付いた日吉は、私が声の聞こえる距離まで来るのを待ってから
「パジャマかよ」
と笑った。
「一応着替えてますー。部屋着ですけど」
だぼだぼした灰色のズボンを隠すようにパーカーの裾を引っ張った。パーカーの下のトレーナーはパジャマだということは隠しておこう。
一方の日吉は部活着のウインドブレーカー。今から部活だというところに時間を合わせて来たのだ。
今日の目的はカズにサプライズをすること。
といっても今日は土曜日。カズはいない。
次の月曜日は、いつものリナちゃんが欠席するらしく、麻里奈に一緒に登校しようと誘われていた。つまり朝休みに準備室に行けないのだ。
麻里奈は電車で通学しているので、駅から学校までの坂道の途中で私と合流する。このようなことは今までも度々あったが、その度にため息が出そうになる。
そんな長い散歩道でもあるまいし、一人で登れよ、と。
こんな感想は前から持っていたが、今回は特に憂鬱に思う。
自分の中でカズの存在がどんどん大きくなっているのは感じていた。
ここ最近はほとんど毎日のように通っていたし、金曜日から土日を挟んで次の月曜日まで、4日間も会えないなんて久しぶりだ。
だからこうやって土曜日に学校に出向いているのだ。
美術準備室の扉の下方には小さな窓が付いている。窓というほどでもない、換気用の隙間だろう。そこには横長い数本のプラスチック製のものが若干斜めにはめられている。
前にカズとそこから美術室の方を覗いたことがあるのだが、顔を近くにもっていけば、明るい美術室の様子は全体的に観察することができた。暇なカズは恐らくここから授業なんかをぼーっと眺めているのだろうなと思った。
今日はそこをポスト代わりにして、手紙でも差し込んでおこうという考えだ。
最後にカズに会った後に麻里奈に誘われたため、月曜日に行けない旨を伝えられていない。だからせめてこうして接触を図ろうというわけであった。
校内はしんとしていて、窓の外からは運動部の掛け声が聞こえる。
「そら、一人で来ればいいのに」
部活にも所属していない私が何となく一人で土日の校門を抜けにくいのを見透かして日吉が笑う。そういう彼の腕にはコンビニ袋が下げられており、きっとお菓子でもあの小窓に投函しようという発想なのだろう。
休日のため先生が校内を無用にうろついている様子はないが、それにしても堂々と持ち込むのがさすが日吉だと勝手に感心した。
私はといえば手紙というほどでもなく、キャラクターが描かれているメモ用紙に月曜は行けないというメッセージを残し、それだけではさみしいかと裏面に簡単な『百々』のイラストを描いてみただけだ。幼稚園生のお手紙だな、と我ながら嘲笑したくなった。日吉の方がよっぽど気が利いている。
誰にも会うことなく美術室の中まで入ることができ、用事があっさりと終わろうとしていた時、準備室の扉にビニール袋がかけられていることに気付いた。
「何これ?」
準備室付近でいつもとは違う景色を見ることには戸惑ったが、別に気に留めるまでもない。
よく見る近所のスーパーのレジ袋に反応する日吉をよそに、私はしゃがみ込んで隙間から手紙を滑り込ませる。
「見て、食材入ってる。うまそう」
勝手にゴソゴソと漁る日吉の手元を覗き込む。レジ袋には、サンドイッチや菓子パン、お菓子などの他に缶詰などがごろごろ詰め込まれていた。
「これカズの?」
「そんな訳ないでしょ。カズのだったとしても準備室の中に置いとくだろうし」
興味をそそられた日吉は首をひねる。
「えーじゃあ、美術部員かなんかの弁当?」
「うーん。それにしては多いかもね、量」
「てか美術部って土日に部活あってんのかな」
「無さそう。ゆるゆるだって言ってたし」
「だよなぁ」
「差し入れ貰ってそのまま忘れたとか?」
「差し入れってあの今田? 顧問あいつだよな」
「そうだと思う」
「今田はこんな事しないだろ。それより差し入れだとしたらチョイスおかしいよ」
そう言ってツボにハマったらしく、クククと声を漏らす日吉につられて笑う。
あのいかつい今田先生が、美術部員に缶詰などの差し入れをし、更にそれを放置されていると考えたら面白くなってきた。
「せめて持って帰ってあげたらいいのに」
なんて突っ込み私たちが楽しくなっていたのも束の間、背中がヒュンとする感覚を味わった。そこに話題の人物が現れたからだ。
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